第56話 新たなる街へ

 ガタガタゴトガタ


 音を聞き振り返ってみれば馬車が後ろから来る。


 エルフの村から出て早1週間が経った。

 森を抜けるまでに3日、道を歩いて4日の計算だ。

 ここに来るまでに何度か馬車が過ぎて行ったが問題は無かった為に今回も無いものと思っていたが今回は違った。


「ちょっと止めてくれ。」


 いつも通り横を通り過ぎるものと思っていた馬車が止まる。そしてそこから1人の男が現れた。


「やぁ君達。そんな奴等と居ないで僕達と一緒にオラリアに向かわないか?なんならご馳走するよ?」


 男はキラキラとしたオーラを纏い不敵な笑みをその造形の良い顔に浮かべて言った。


 ラノベならば女は断るか主人公が憤慨するだろう、事実俺ならキレる。

 だがどうだろう、俺は今男を前に後ずさっている。女性陣を置き去りにしてでも逃げ出そうとしている。

 あれは駄目だと本能と理性が訴えかけている。


「なんならオラリアの街で夜を共に過ごそう。僕が直ぐに気持ちよくしてあげるからさ。」


 男は一歩踏み出す。

 俺と同じ様に怯えている翔太が短剣を取り出し戦闘体勢に入った。

 俺も無意識に拳を構える。


 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!

 女子達を置いて?


 心の中で自問自答する。


 それでも逃げろ!女子達なら大丈夫だ!


 男は手を広げ真っ直ぐ突っ込んできた。






 |に。


「ああ!素晴らしい!その付き始めの筋肉が!凛々しい顔が!きっと下も素晴らしい事だろう!さぁ僕と一緒にオラリアでひと時の夜を過ごそゔっ!?」


 殴り飛ばした。男の勢いに合わせてイケメン顔の横っ面を、流石に技は使わなかったが男は軽く吹き飛び地面に転がった。


「はぁっはぁっ…なんて恐ろしい敵だ…」


 鳥肌の立った腕をさする。


 別に同性愛者に嫌悪感を抱く訳では無い。ただ俺はノーマルなのだ、女が好きなのだ。男に迫られても恐怖しか感じない。


「ぼ、僕も流石に切る所だった…」


 見れば翔太も青い顔をしている。

 下手したら男は斬り殺されていただろう。


 俺は未だに動かない男をチラッと見た。やっぱり男は動かない。


「死んじまったんじゃねぇか?」

「いや、そんな感覚は無かった。多分気絶しているだけだと思うけど…」


 メイアねぇさんの言葉に少し不安になったので確認の為に俺は近づいた。


「あぁごめんなさい。迫られて怖かったでしょう?」


 瞬間、聞こえてきた声に驚く。

 声は馬車から聞こえてきた様だ。


 馬車を見れば1人の女性が降りて来る。


「すいませんね。あの人は変な性癖を持っていて…それさえ無ければ凄く良い人なのだけれど…」


 女性は困った様に笑う。


「あ、いえ、俺も殴り飛ばしてしまいましたし…」

「良いのよ。偶にはお灸を据えてやらないと。」


 なんだこの人は?なんか常識人っつうか良い人?


 話した感じとても良い人に感じた。


 女性は倒れた男に近づき軽く顔を叩く。

 しばらくすると男は目を覚ました。


「う…あれ?僕はなんで倒れているんだ?」

「あなたが彼等にいつもみたいに迫って殴られたのよ。思い出した?」

「あ、ああ!思い出した!思い出したよ!っ!まだ居てくれたんだね!嬉しいよ!」


 男は首をグリンッとこちらに向ける。

 またしても鳥肌が立ち、俺は後ずさった。


「彼等困っているでしょう?さっさと行きますよ?」

「ス、スフィア!?待ってくれ!僕はまだ彼等をーー」


 スフィアと呼ばれた女性は男を引きずって、 馬車の中に連れて行った。

 その後また出て来て俺達の元へとやって来た。


「ああごめんなさい。お名前を聞いても宜しいかしら?」

「あ、あぁ。俺は市原海斗。」

「僕は柊翔太。」

「私は火野美香よ。」

「メイアだ。」

「ん、サーラ。」

 

 順々に名前を言っていく。


「えっと、海斗君、ソウタ君、美香ちゃん、メイアちゃん、サーラちゃんで宜しいわよね?」

「「「「うん。」」」」

「いや待って!?僕翔太!ソウタ違う翔太!」

「私はスフィア、さっきのは夫のレイス。お詫びをするわ、オラリアでまた会いましょう。」


 スフィアさんはそう言い残し馬車に乗って去っていった。


「え?……………………」

「僕翔太だからぁぁぁぁぁ!!」

「あの男が夫ってマジでぇぇぇぇ!?」


 俺達の叫びが辺りに響いた。答えはもちろん返って来なかった。


 〜〜〜〜〜


 高い壁が見えてきた。街を守る為の巨大な壁だ。石造りだろうか?街一つを覆えるほど巨大に作れるのは魔法の有る世界ならではの物だろう。


「デッケェなぁ…街に着いたらどこ向かおうかなぁ?」


 俺達はあれから3時間程歩き、オラリアの街の壁を見上げるくらいの所まで来ていた。


 壁は20メートル程あり道の先には門があった。5メートル程の門だ。

 門の前には2人の門番が立っている。


「俺一番乗りぃ!」


 俺は1人走って門に向かう。


 それに2人の門番が気づいた。


「やぁ、歩いて来るなんて珍しいね?オラリアの街に来たのかい?」


 門番の1人が声をかけて来る。


「えぇ、そうなんです。」

「通行証はあるかい?無いなら3000レクトになるが…」


 おおっと?問題が発生したぞ。レクトは王国で説明してもらったがお金の単位だ。だが俺達はお金を持っていない、無一文だ。

 メイアねぇさんもムルドベルク村を出る時にお金を貰っている様子は無かった。サーラもおんなじだ。


 これは…どうする?

 どうすれば…っそうだ!


 閃いた。ラノベで似たような展開になった時があった。こういう時は…


「実は盗賊に襲われて…荷物を置いて来てしまったのです…」

「何!?その盗賊はどんな姿をしていた!?知っていることを教えてくれ!」

「え?いや…その…えっと…」


 まさかそう返されるとは思わずにしどろもどろになる。

 それを見て門番はいぶかわしげな顔になった。


「君は本当に盗賊に襲われたのか?」

「…………………………」


 言葉に窮する。


「取り敢えず話は牢屋で聞かせてもらう。着いて来な。」


 〜〜〜〜〜


 ガシャン


 部屋の隅に何かが居る。俺だ。


「………………捕まったぁぁぁぁぁ!?」


 街に着いて一番先に向かったのは牢屋だった。

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