第51話 緑の奇跡

 海斗視点


 暗い暗い闇の中、甘く優しい香りが俺を包む。それと同時に沈みゆく体が浮上を開始して、薄れゆく意識が微睡みへと移行する。そして突如感じた不快感が俺の意識を覚醒させた。


「ごほっごほっ!ごほっ!っはぁーはぁー」

「「「海斗!」」」


 目を開ける。そこには心配するような、それでいて安堵したような表情をしたみんながいた。


「みんな?俺は…生きているのか?」

「生きてるわよ。私達と話しているんだから分かるでしょう?」

「は、はは。その通りだ。」

「危なかったんだかんな?あの後お前はーー」


 あの後どうなったかを聞いた。一部言葉を濁したところがあったが別にいいだろう。


「そうか、みんなありがとう。助かった。」


 頭を下げる。


「僕は何にもしてないよ。」

「そんな事ねぇよ、お前が俺の鞄持ってきてくれていなかったら水が飲めなくて死んでただろうしな。」

「あ、あぁ、うん。そ、ソウダネー。」


 なんだ?なんか妙だが…

 まぁいいだろう。しかし危なかった。この場の誰か1人でも居なかったら、判断がちょっと違ったら、俺は死んでいたかもしれない。


 少し前の記憶を思い出す。

 俺は炎魔人イフリートを殴り飛ばし、そして爆発に巻き込まれた。それでも今生きているのはノア師匠のくれたローブを爆発の瞬間に体に巻きつけ盾としたからだ。

 その証拠に今の俺の手には燃えたローブの切れ端が残っている。


 すいませんノア師匠。せっかくの選別、燃えちゃいました。そんでもって、有難うございます。これが無かったら死んでました。


 悔やむように切れ端を握る。


「みんな!っ海斗!」


 向こう側から誰か走ってくる。だんだんと人影は近づいてきてその正体に気づいた。


「サーラ!良かった、お前も無事だったんだな?」

「ん、海斗のお陰で助かった。海斗も無事そうで良かった。」

「いやまぁ、さっきまでは無事とはいえなかったみたいなんだけど…ま、生きているからいっか。」


 口ではこんな事を言ったものの二度とこんな死ぬ一歩手前の体験はしたくないものである。


 あれ?でも俺この世界来てから死にかけてばっかじゃね?


 死にかけすぎて段々と慣れてきた自分に気づき戦慄する。


「海斗大丈夫?」


 サーラが俺の様子を見て心配する。


 女の子に心配させちまった…止まれ俺の体の震え!


 気合いで体の震えをなんとか止める。精一杯の虚勢だ。


「問題無いって。それよりもごめん、村、守れなかった…」


 サーラが守ろうとした村は今、あちこちで火の手が上がっている。

 炎魔人が現れた時に出た火の粉が森を燃やしてしまったのだ。


「いいや、小僧。諦めるのはまだ早いぞ。」


 後ろから声が聞こえてくる。この声はーー


「村長!?」


 村長エルフはいつものような凛々しい表情で燃えた村を見つめる。


「我等をあまり見くびってくれるな。我等の傷が治るように、森とて治る。そして我等は樹木魔法の使い手だ。森の傷など治してくれる。おい!お前達!」

「「「「「はっ!」」」」」


 村長エルフの声に合わせて近くにいたエルフ達が集まってくる。


「これより村の復興を始める!まずは炎を消せ!早急にだ!」

「「「「「はっ!」」」」」


 命令を受けたエルフ達は散って行った。


  ズドドドド!!


 ズドドドド!!

  ズドド!! ズドドドド!!


 すぐ後、村のあちこちから木々が伸びる。それは燃えた木を覆い尽くした。


 シュー


 覆い尽くされた燃えた木は酸素の供給が止まり、炎が消えたのか煙が吹き出る。


 また別の所では、爆発で一切合切が吹き飛んだ更地に木が生えてきて森が再生されていく。


「すっげ…」

「だろう?我等エルフは森の者、森から恵みを貰い、代わりに緑を残していく。そういう種族なのだ。」


 思わず漏れた声に村長エルフは反応する。


 森の者、か。今のこの光景はエルフだからこそ作ることができる特別なものなんだ。


 俺は、その光景をじっと、ただ見つめていた。


 赤く染まった森を、緑が塗りつぶしていく。元の世界では決して見ることの出来なかった奇跡的な光景。


 それはまさしくーー










 緑の奇跡。

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