Soul Gear

@naruga825

第1話

遥か昔、太古の時代。国もなく人と人ならざる者たちの争いで大陸に血の海と屍の山が広がり続けていた時代。

戦えない者たちは憂いていた。同じ生者でありながら思想や容姿、言語の違いだけでここまで分かり合えぬものなのか。愛する者が切り裂かれ見知らぬ地の土に還るのを止められず、ただ無事を祈ることしか出来ないのか。

人々は願った。誰でもいい。神や悪魔でもいい。この哀しみを止めてくれと。

その願いは腕となり、世界の不浄を刈り取った。


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クロース王国 12月9日 朝7時


冬の早朝。仄暗い空から雪がしんしんと降っている中、とある屋敷の庭では木刀が空を切る小気味良い音が響いていた。


「998…999…1000!」


音の主である黒髪の少年は朝の日課を終え、頰を伝う汗を手ぬぐいで拭いた。すると屋敷から出てきた壮年の男性が少年に声をかける。


「お疲れ様でございます、アーサー坊っちゃま。浴場の準備も整っておりますよ。」


「うん、ありがとう。やっぱりジェイソンは手際がいいね。」


「ご朝食ももうすぐ出来上がります。お早めに食堂にお越しくださいませ。」


「分かってるよ。父上を待たせるわけにはいかないしね。」


アーサーはそう言いながら執事のジェイソンに手拭いと木刀を手渡して屋敷の中に入る。外ほどではないが屋敷の中も冷えている。早く風呂で汗を流し暖かい食堂に行こうとアーサーは早足で浴場に向かった。


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汗を流し終えたアーサーは用意された部屋着に着替え食堂の扉の前で一度立ち止まり少し乱れた髪と息を整える。父を1秒でも長く待たせまいとここまで小走りで向かってきたからだ。準備が出来たアーサーは扉を開ける。暖かい空気に全身が包まれていくのを感じながらアーサーは満面の笑みで挨拶する。


「おはようございます!アーサー、ただ今参りました!」


アーサーが挨拶したのは彼の父エドガーだ。彼と同じ黒い髪を肩まで伸ばし髭を蓄えており、まるでライオンのたてがみのようになっている。その雄々しい見た目とは裏腹にエドガーは柔らかい笑みを浮かべアーサーに挨拶を返す。


「おはようアーサー。朝食の時間ぴったりだな。」


「当たり前です!王国騎士団一番隊隊長の息子たる者、時間通り行動するなど出来て当然ですから!」


「ほう?その割には随分と慌ただしい足音だったぞ?」


「き、聞こえていたのですか?!」


動揺するアーサーを見てエドガーや側に仕えていたジェイソンとメイド達が笑みを浮かべる。


「さあ、早く座りなさい。せっかくの朝食を冷ましてしまうわけにはいかないからな。」


「はい!」


こうして2人の朝食は始まった。2人の食事中の会話は騎士団か剣術の話が殆どだ。2人が住んでいるクロース王国には国王直下の5つの騎士団が存在する。クロース王国の騎士団は他国の兵達と比べても個々の力、統率力共に屈強と言われている。

その猛者揃いの5つの騎士団の中でも一番隊は特に優秀とされ、その隊長であるエドガーは元々平民でありながら優れた剣術とそのカリスマ性で今の地位に就いた。他国からは『剛剣』と恐れられ、国の中では兵士達だけでなく元平民ということで国民からも憧れの対象となっている。


「父上!今日も剣のご指導をお願いします!僕は早く上達して父上を超えるような騎士になりたいのです。」


「ふふ、お前が私を超えるか…今の実力では神秘鍵ソウルギアでもないと無理な話だぞ。」


「そ、それはいくらなんでもあんまりです父上。確かに今は遠く及びませんが…」


神秘鍵ソウルギアとはこの大陸に伝わる御伽噺に出てくる強大な力を持った武器のことだ。

神秘鍵ソウルギアは所有者の魂と結びつき、手に入れれば例え戦ったことのない者でも一騎当千の力を手にすることが出来ると言い伝えられている。


「冗談だよ。だがもしお前が神秘鍵ソウルギアに頼るなどと努力を怠るようなことを言ったならば一喝していたがな。」


「そんなことは分かってます!だからこそ稽古をつけてもらいたいのです!」


アーサーはエドガーを真っ直ぐ見つめ己の真剣さをアピールしてみせた。その言葉にエドガーは嬉しそうに微笑んだ後、こう続けた。


「それなんだがなアーサー。今日は緊急の会合があると招集があって、帰りが遅くなるんだ。だから今日は自主稽古をしておくように。」


「そんな!ではその会合が終わった後にでも!」


「若い頃から夜遅くまで起きていると生活のリズムが狂うぞ。立派な騎士を目指したいのなら、自分の健康管理を怠ってはならん。」


「うぅ…はい。」


食後のコーヒーを飲みながらエドガーはそう言い放つ。アーサーの母親は幼い頃に病気で帰らぬ人となった。アーサーに寂しい思いをさせまいとエドガーは自分の息子を優しく、時に厳しく、たっぷりの愛情を注いで育ててきたつもりだ。その愛情に応えるようにアーサーも父を慕い、2人での剣術の稽古を何よりの楽しみとしているのだ。だがその稽古が今日は出来ないと言われ、アーサーが残念がっていると玄関の方から野太い大声が響いてきた。


「隊長ー!お迎えに上がりましたー!」


「ギースが来たようだな。では行くとするか。」


「あ、お待ちください父上!」


アーサーは朝食の残りを急いで平らげ見送りのために、ジェイソンを伴って部屋を出たエドガーの後を追うような形で食堂を出た。

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エドガー、アーサー、ジェイソンの3人が共に玄関に繋がる階段を下ると大きな玄関扉が全開になっており広間に冷たい風が雪を伴ってビュービューと入り込んでいる。そんな風を意に介さず堂々と広間のど真ん中に立っているのは王国騎士団一番隊の副隊長ギースだ。短く切りそろえられた白髪と一番隊特有の銀鎧が外の雪景色と妙にマッチしていた。そしてドアの方にもう1人、不機嫌そうな顔をしてドアの近くに寄りかかっているのは二番隊の隊長ワグナーである。


「おはようございますエドガー隊長!それにアーサー坊ちゃんも毎朝の見送りお疲れ様です!あとジェイソンさんも!」


「ギース…早朝にお前の大声は頭に響く…もうちょっと加減出来んのか。」


「大きいっすか?自分では普通ぐらいのつもりなんすけどね。」


「ギースさんは声量の調整が出来るようになれば完璧だよね。」


「おはようございますギース様。ワグナー様。」


ジェイソンの挨拶でエドガーとアーサーは視線をワグナーに切り替える。


「おはようワグナー、今日も冷えるな。」


「…そうですね。」


エドガーの挨拶にワグナーは目を合わせず小さな声で返答する。ワグナーは普段から不機嫌そうに顔をしかめ、何かとエドガーを敵視している。そんな彼にアーサーは苦手意識を持っていた。


「今朝はワグナーさんも一緒なんですね。」


「…何か問題でも?」


「いえ、そんなことは…」


他意は決して無かったがワグナーの射抜くような視線にアーサーは思わず動揺してしまう。


「ワグナーさん、年下いじめちゃダメっすよ!あ、そーだ坊ちゃん。今日会合があるから隊長との稽古は出来そうにないっすよ!」


「もう父上から聞いてるよ。改まって言わないでよぉ。」


「ありゃりゃ、すんません!そんな落ち込まんでくださいよ。出来るだけ早く帰れるよう自分もなんとかしてみますから。そんじゃ!行きましょうか隊長。」


「あぁ、そうだな。ジェイソン、アーサーを頼んだぞ。」


「はい、いってらっしゃいませ旦那様。」


ギースと共に歩き出したエドガーは後ろを振り返る。ジェイソンの横に立っているアーサーの顔はなんとも寂しそうな表情に満ちていた。その顔を見てエドガーは立ち止まり、なるべく普段の口調と変わらないよう気をつけながらアーサーに話しかける。


「アーサー、明日はいつもより早く起きておくように。」


「え?」


「最近は隣国との情勢も安定している。私が1日警らの任務から外れても問題はないだろう。」


「そ、それじゃあ!」


「あぁ、好きなだけ稽古をつけてやる。覚悟しておけよ。」


「はい!ありがとうございます!お待ちしております父上!」


満面の笑みを浮かべるアーサーを確認してからエドガーはギースと共に屋敷を出て馬車に乗りこんだ。ワグナーは待ちくたびれたのか、先に馬を走らせていた。馬車の中でギースがニヤニヤしながら話しかけてくる。


「大国が恐れる黒獅子も子供の前じゃデレデレっすねぇ。」


「やかましい。」


アーサーはジェイソンと共に馬車の姿が見えなくなるまで見送っていた。

いつもと変わらぬこの日常の光景が崩れさる音に気づかないまま。

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