109 退魔腕4-1


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 才賀平八。通称『鬼平』。


 刑事部捜査零科に務める37歳。階級は警部補。戦果はたてているがその分素行が悪いとされていて出世には恵まれていない。だが、もしその功績が全て認められていれば今頃は前線にいなかっただろうことから、本人としては現状に満足している。


「才賀警部補。全体、配置についたそうです」


「そうか……」


 現在、才賀はフラン美術館の警備にあたっている。というのも、この場所に展示品を盗みに来るやつがいるというタレコミがあったからだ。


 タレコミ、と言ってもその相手がこの町の現役町長だから信憑性はかなり高い。


「それで、敵は?」


「まだ姿を見せません」


「ふむ……」


 才賀はタバコを取り出そうとした。


 しかし、部下がこちらを見ている。当然だ、美術館内は禁煙なのだ。好きな場所でタバコも吸えない。世知辛い世の中になったと才賀は思った。


「来ますかね、敵は」


「来るだろうさ。お前も準備しておけよ」


 うっす、と答える部下は同じ捜査零科の山里だ。ボクサー崩れの警察官として採用されてから霊感があることが判明して捜査零科に回された。山里コウスケの持つグローブは特殊で、霊だろうがなんだろうが殴りつけることができる。


「才賀さぁーん。買い出し行ってきましたぜ」


 気の抜けた声で才賀を呼ぶのはこれまた捜査零科の針金アボロ。こちらは捜査零科のために警察に採用された筋金入りのイースターエッグだ。なんでも実家は鍼灸師らしいが、その治療というのがかなりオカルトじみているそうな。


 かなり効くというので今度行ってみたいと思っているのだが、そうこうしているうちにこの腑卵町に移動になった。


 もっとも信頼のおかえる部下を二人引き連れてだ。まったく問題は感じていない。


「飯にするか」


「はいこれ、才賀さんのおにぎりと。ほれ、山里。お前には菓子パンだ」


「なんだと、俺はしょっぱいパンだと言っただろう! こんな甘い物が食えるか!」


「あれー、そうだったか? 忘れちまったなあ」


「これだからお前は信用できん、使いっ走りもろくにできないとは!」


「使いっぱだぁ! てめえ、この針金様に対してよくもそんな口が聞けたな!」


 針金の武器は鍼灸に使うような長い針だ。それを懐から指の間に挟んで4本、取り出す。たいして山里も拳を固めた。


「おい、お前たち。ケンカはするな。山里も、俺のおにぎりをやるから」


 二人は才賀に言われて黙った。


 こうして水と油の二人ではあるが、こと戦いとなれば意外なほどのチームワークをみせる。二人ともまだ荒削りだが、将来が楽しみだった。


「とりあえず交代で晩飯だ。誰から行く?」


「才賀さんがお先にどーぞ」


 軽薄そうに笑いながらも針金は先輩をたてる。


「いや、俺は最後でいい。山里、お前どうだ?」


「あ、じゃあ遠慮なく」


 山里が警備室に下がっていく。さすがにこんな展示館でご飯を食べるのはいくら警備中とはいえはばかられる。そもそも周りに古代アフリカの出土品なんてものがゴロゴロあれば食欲も失せるというものだ。


「にしても才賀さん、せっかくだからあの退魔師とやらの協力を仰げばよかったんじゃないっすかね?」


「バカいうな。俺たちはこんなオカルトな部署だがれっきとした警察だぞ。民間人の手なんて借りられるか!」


「民間人っかねえ、あれが? さっき外で見ましたけど、ありゃあバケモンですよ」


「ほう、どっちを見た?」


「どっち? 二人いるんっすか?」


「ガキとオカマだ。この町の退魔師はガキの方だ」


「えーっと、オカマの方っすね。外の警備員になんか言ってましたよ。これは私の仕事だから警備を手伝わせろ、ってね」


「たしかそのオカマがもともとはこのアフリカ展の警備をやってたんですよね?」


「ミイラを奪われた無能だよ。おそらく手柄を横取りされると思って慌てて来たんだろう」


「俺たちが敵を倒したら、赤っ恥ですもんね」


「そういう事だ」


 しかし才賀の見立てではあのオカマもかなりの実力者だ。


 報告によると古代の王とかいう敵と一度対峙しているらしい。あれほどの男――あるいは女であろうか――が負けた相手。


 一筋縄ではないかいのは明白だ。


 しばらくして山里が戻ってきた。晩ごはんを食べてきたにはかなり早い。急いできたのだろう。


「ただいま戻りました」


「ああ、外の様子は見てきたか?」


「異常ありませんでした」


「オカマは帰ったかい?」と、針金が聞く。


「オカマ? なんの事だ」


 どうやら帰ったようだった。


 この展示室の警備をしているのは捜査零科の三人だけだ。イースターエッグではない普通の警察官は全員、外を見回っている。あくまで偵察のようなものだ。実際に敵と戦うのはここにいる三人。


 しょうじき、それ以外がいても足手まといにしかならない。


 ここの警備の責任は才賀が全てを担っていた。実際には階級としてそのような権限はないのだが、対イースターエッグ戦闘において一日の長がある才賀が指揮を任された。


 腑卵町の警察は怠慢であると才賀は思う。


 これまで退魔師がいることにかまけて警察組織としてイースターエッグに対する手立てをなにも打っていなかったのだから。


 仮にもここは京都御所や富士樹海に並ぶSSS級のデンジャラスゾーンなのだ。日本国内でそのような評価を受けている場所などほとんどない。


 だから自分がここに赴任されてきたのは当然だった。


 来たからにはそれなりの活躍はする所存だった。





 ――突然、電気が消えた。


「来たぞ」


 才賀は懐のホルスターから銃を取り出す。


 S&W・M686。当然のごとく日本の警察では通常使われていない型のリボルバー拳銃である。ステンレス製の銃から打ち出される357マグナム弾の威力はかなりのもの、バッファローさえも一発で仕留めるとは有名な話だ。


 しかも才賀の銃は中に魔弾を仕込む特別製だ。これまだ幾度となくこの銃でイースターエッグを屠ってきた。


 暗闇の中で才賀は銃を構える。


 外からは雷鳴が聞こえてくる。いつの間にか土砂降りになっている。


 空気が冷たくなった。まるで冬のように。


 外ではなにが起こっているのだろうか、雷の音でかき消されて悲鳴も聞こえない。もしかしたら外を見張っていた警察官はもう全滅しているかもしれない。


 ――来るなら来い。


 才賀は銃を握るグリップに力を入れる。


 電気がついた。


 どうやら非常電源に切り替わったらしい。


 見れば山里と針金も臨戦態勢だ。


「来るぞ」と、才賀は二人を鼓舞するように言う。


 二人が無言で頷いた。


 その時、闇の中から何者かが姿を現した。


 最初に目についたのはその毛深い体だ。服は着ておらず、その変わり体には金属片のようなものがまとわりついている。鎧、のつもりなのだろうか。


 そして長大な尻尾がまるで衛星のようにその毛深い猿の周りを回っている。


 目はおちくぼみ、唇はかさつきひび割れている。


 一見すればただの猿人だ。


 しかし、その威圧感は半端なものではない。


 金縛りにあったかのように三人は動けずにいた。


「わたしの剣を取りに来た」


 その言葉の威厳だけで、捜査零科の三人は平服しそうになる。


 しかし、


 ――タアンッ。


 という音が鳴った。


 警察官の持つ銃の一発目は空砲だ。それは才賀であっても例外ではない。


「悪いな、俺たちはお前を止めるのが仕事なんだよ」


 空砲を天井に向かってうち、それを気付け薬にする。他の二人も我を取り戻したようだ。


「ふむ……つまりはわたしの行く手を阻むと?」


「そういう事だっ!」


 山里が前に出る。


 軽やかなステップだ。さすがは元ボクサーである。フェイントを含みながら前に出る。そこに針金が支援に入る。


 針金の飛ばした針は空中で鳥のように形を変え、突進していく。


「小手先だ」


 古代の王は心底がっかりしたようにつぶやいた。


 尻尾が揺れた――と、思った刹那には、


「えっ?」


 山里の体が上下に真っ二つになっていた。同時に針鳥もへし曲げられる。


「てめえ!」


 針金が我を失ってがむしゃらに走り出す。


「待て、早まるな!」


 才賀の声も聞いてない。


 しょうがない、と才賀も銃を構える。


 魔弾を二発、連続で撃つ。


 だが、それは尻尾で防がれる。その尻尾のおかげで針金が肉薄した。


 針金の持つ針には毒が塗ってある。普通ならばかすっただけで市に至る猛毒だ。しかしその毒針がそもそも当たらない。


 古代の王は足すら動かしていないのにそられを避けていく。どういった動き方をしているのか才賀にも分からない。


「小賢しい」


 古代の王の両手に、黒い玉が浮かんだ。そこに周囲のものが吸い込まれていく。


 ――あれは、重力の球?


 あたりをつけた才賀はその球から少し離れた場所に銃弾を打ち込もうとする。だが、それは重力に則って球の方へ気道を変えて吸い込まれる。


「ふんっ」


 古代の王が重力の球を投げつけた。


 針金が避けきれず飲み込まれる。その姿は跡形もなく消えた。


 才賀はなんとかその一発目をジャンプして避ける。だが、球は両手にあったのだ。時間差でもう一発の球がこちらに来る。


 才賀は空中で銃弾を打ち出す。だが、それは黒い球に向かってではない。空中から二段ジャンプをするように、地面に向かって銃弾を打ち込みその爆発で体制を変えたのだ。


 だが、無駄だった。


 才賀の体は半分が黒い球に飲み込まれる。


 ――強い。


 薄れ行く意識の中で、才賀は思う。


 ――こんなやつには誰も勝てない。


 古代の王が剣の飾られたショーケースを拳で割る。


 むなしく警報が鳴り響く。だとしても、誰ももう止めることなどできない。


 剣を手に入れた『王』は底冷えするような笑いを浮かべた。


 ――これ以上強くなるというのか。


 才賀の意識はそこで途切れた。


 死、である。


 人はいつか必ず死ぬ。それが才賀に訪れた、ただそれだけだった。


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