107 退魔腕3-3
3
その電話がかかってきたとき、ヨシカゲはさっさと布団に入っていた。しかし寝ていたわけではない、布団に包まって本を読んでいたのだ。
「えーっと、なになに。神がいるかいないかではなく、いてもいなくても私という実存は変わらない、か。なんとなく良い事いってるなあ」
外からリリリ、と音がしたのが数分前だった。
なんの電話だろうかとは思ったが、すぐに気にならなくなった。なんせあんまりにも難解な本だったから、他のことなんて考えていられなかったのだ。
「パリかあ……そういやリサが言ってみたいって言ってたな」
トントン、と部屋がノックされた。
「ご主人様、おやすみのところすみません」
「悪いと思うならノックしないでくれー」
「それが、緊急事態なのです」
ヨシカゲはベッドから飛び起きる。そして退魔刀を手にとった。
すぐに部屋から出る。
「悪い話か?」
「……まだ分かりません。しかし状況は切迫しているかと」
「内容は」
ヨシカゲは寝巻きのスウェットを着ていた。これもリサが買ってきてくれたもの。上下で799円だ。
「腑卵町の中心街にほど近い交差点で事故が起こりました」
「ふむ……イスターエッグが起こしたのか?」
「いえ、それがそうではないようなのです。トラックと大型セダンの衝突事故なのですが、問題はそのトラックが運んでいたものなんです……」
「なんだ?」
「ミイラです。古代のアフリカ展における目玉展示品」
「――あの展示されていなかったやつか」
「そうです、私が見られなかったやつです。そのミイラが、盗まれたようです」
「……ふむ」
廊下のあちら側からビビが走ってきた。
その表情はかなり険しい。
「聞いた?」と、開口一番。
「いま聞いているところだ」と、ヨシカゲは敏感にビビが言いたい言葉を察する。
「あんたも聞いたのか」
「私の仕事よ。あの美術展を成功させる、そしてそれを狙っているフンババを止める」
「そのフンババですが……どうやら生きていたようです」
「生きていた?」と、ヨシカゲ。
「死亡は私たち全員が確認したはずだけど、どうやらそのようなのよ」
「あるいはゴーストにでもなって大気中を漂っていたか……なんにせよこちらのミスだな」
「まったく王家の呪いも当てにならないわね」
「そもそもあれは王家の呪いだったのか? もしかしたら俺たちをあざむくための芝居だったのかもしれないぞ」
「一杯食わされたわね。だからアフリカの原始呪術って嫌いなのよ、自分の体を生贄にして呪いをかけたりするからややこしいのよ!」
ビビは騙されたわけであるから、八つ当たり的に怒っている。
「つまるところ今回の緊急任務は――」
「そのミイラの奪取です」
「そしてフンババの討伐といったところか。ターゲットはどこにいるんだ」
「それが……町長さんの話では地下に行く反応があった後に行方不明らしいです。おそらく下水道の中に逃げたのでしょう」
「おいおい、今からまたあの下水道に入るのか」
「まずいわね、相手の目的はおそらく『王』の復活よ。まだ諦めてなかったのね」
「時間がないですね、私たちがモタモタしている間にその『王』とやらが蘇るかもしれません」
「ちょっと待て、そもそもその『王』とやらの復活と盗み出されたミイラに何の関係があるんだ?」
ビビは言いにくそうに顔をそむけた。
だが、観念したのだろう。
「運ばれたミイラは、その古代の王のものよ」
「なんだと?」
「つまりこの騒動の渦中、その中心アイテムがあのミイラなのよ……」
「あんたそんな大事なことをなぜ言わない!」
「あのね、ヨシカゲちゃん。ちょっと考えてみなさいよ。分家とはいえ退魔師の家系で絶賛売出し中の私が駆り出されるほどの任務よ。そう安々といくものじゃないわ。そりゃあ古代の王その人のミイラでも展示しないと、ここまでの警戒はしないでしょ」
「そのわりに盗られてるじゃねえか」
「それは、あの町長さんが結界魔術を仕掛けておくって言うからよ」
「お二人とも、ケンカはおやめになってください。今は一刻も早くミイラを取り戻すことを考えましょう」
三人は頷く。
「とりあえず行くか」と、ヨシカゲ。
「その前にご主人様。お洋服を着替えてくださいまし」
ああ、とヨシカゲは同意しながら考える。
――フンババ、やつはどこにいる?
いったん部屋に戻り、服を着替える。といっても下をメンズ用スラックスに履き替えて、上からジャケットを羽織っただけだ。なんにせよ時間がない。
――やつがいるとしたら、やはりあの地下の中心地だろうか?
水張りの、広い空間だ。だが今からあそこにたどり着くまでどれだけの時間がかかるものか。
「おい、ビビ。あんたはどう思う?」
ヨシカゲは部屋を出ると、同業者であるビビに意見を求めた。
「フンババの居場所はおそらく下水道の中央部ね。普通に考えればあそこが儀式の祭場となるはずよ」
「俺もそう思う。問題はどうやってそこまで行くか、だが」
リサが無表情で手をあげた。
「あの……」
「なあに、リサちゃん」
「あの場所が下水道の中心であるなら、それはこの町の中心だということになりませんか?」
「だとしたらどうなの?」と、ビビ。
しかしその言葉だけでヨシカゲははっと察した。
「でかしたぞ、リサ。たしかにその通りだな」
「え、ちょっとちょっと。ぜんぜん分からないわよ」
「つまりこの屋敷だ。この屋敷は腑卵町の中心だ。そして下水道の中心があるとしたら――この真下となる」
「と、私は思ったのですが。でもそううまく行きますでしょうか。自分で言っておいてなんですが分かりません」
「けれど試してみる価値はある」
ヨシカゲは刀を抜く。それを地面に突き立てようとする。
「ちょ、ちょっとご主人様。外、せめて外でやってくださいませ」
「ん、それもそうか」
「慌ててるわよ、ヨシカゲちゃん」
周りからの声をうるさいなあ、と振り払いながらヨシカゲは外に出る。
屋敷の玄関からは石畳の道が続いており、それは門扉まで伸びている。屋敷の周りを囲う幅の広い柵はところどころが錆びている。数ヶ月前に斬り裂いたのだが、それは修繕されておりその部分だけが真新しい。
3月の若草の上に、ヨシカゲは立つ。
この下だ。
「行くぞ」
斬れる――その思いだけが退魔刀の力になる。
腑卵町はもともと妙な町なのだ。土着した怪異たちがその土地にすら影響を与えている。だからこの町全ては、退魔刀によって斬ろうと思えば簡単に斬ることができる。
ヨシカゲは全力で刀を振る。
一太刀だった。
それだけで地面には深々とした地割れのような穴が開いていた。
「行くぞ、ビビ!」
「まかせなさいっ」
「リサはここで待機していてくれ。終わったらこちらから呼ぶ。ロープでもたらせ」
「承知しました」
ヨシカゲは暗い深々とした穴に飛び降りていくい。
それはまさしく深淵だった。
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