104 退魔腕2-12


       5


 ヨシカゲはため息を付いた。


 感情はない。ただし疲れや面倒くささは人一倍だ。


「おいおいおい!」


 木戸がリサを越えてヨシカゲにつめってくる。


「まあ、知ってたけどな……」


 今日は朝からずっと他人から監視されていた。その目は3つ――時々感じるものが2つに、ずっと見られていたのが1人。前者はリサとビビのコンビで、後者は木戸だった。


「なに一人で言ってんだてめえ!」


「お前さ、貴重な休日を1日無駄にしてるんだぞ。――そっちの二人もだ」


 リサはうつむいた。


 ビビの姿はまだ見えないが、リサと一緒にいるという事はよくわかった。なにせここまで女物の甘ったるい香水の匂いが漂ってきたのだから。


「だってご主人様が……」


 その言葉で委員長はいきなり現れたゴスロリ女が誰か気付いたようだ。


「あれ、もしかして麻倉くんのメイドさん?」


 リサはペコリと頭を下げる。


「ごきげんよう。そうです、私はご主人様のメイドのリサです」


 委員長はジトーっとした目でヨシカゲを見つめる。


「なんだ?」


「麻倉くん、いくらなんでもご主人様って言い方はどうかと思うわ」


「しるか、リサが勝手に言ってるだけだ」


 蚊帳の外に置かれた木戸が怒り出した。


「おいおい、俺のこと無視すんじゃねえ!」


 激高した勢いでそのまま殴りかかってくる。


 だがヨシカゲは軽くそれを躱した。


 ――なんだ、ビビとの毎日の鍛錬がいがいと役にたってるな。


 あきらかに体の動きがこれまでと違う。こんなに軽やかに体が動いたのは師匠と修行していた時いらいだった。もっとも、その後はずっとサボって体は鈍っていたのだが。


「てめえ、男なら一回くらいは拳を受けやがれ! 避けてばっかりいやがって!」


「悪いな、不老不死でも痛みは感じるんだ」


 死なない、というだけである。痛覚はきちんとあるのだ。


 木戸は怒って地団駄を踏む。まるで子供だ。


 まったく、とヨシカゲはため息をついた。こいつと話しをしていると疲れて仕方がない。


「というかなんでキッくんがいるのよ!」


 委員長はもちろん監視者のことには気付いてなかったのだろう。木戸に対して文句を言う。


「そ、そりゃあおめえがこの優男に変なことされねえか心配だったんだよ!」


「変なことってなによ!」


「そ、そりゃあ今みたいなことだよ! おめえ、普通段階ってもんがあるだろ。まずデートして、お手々つないで、それから接吻ってあとは流れで――それが普通だろ。なに一足飛びにキッスを――キスををおおお!」


 自分で言っていて恥ずかしくなったのか、木戸は顔を真っ赤にする。こんな不良みたいな外見をしているが、案外うぶなのかもしれない。


「そうです、ご主人様! いきなりキスなんて!」


 リサもこれ幸いにと追撃してくる。


「はあ……誰がキスしようとしてたんだ」


 いったい何のことを言っているのか。


「キスなんて、すすす、するわけないじゃない!」


 委員長もどもりながら答える。もっとも、委員長の場合は嘘である。本当はキスしてくれたら嬉しいなー、なんて思いながらヨシカゲに身を寄せたのだ。


「つうかてめえ、もう我慢ならねえ! こんなマブい女がいるのにユイに手ぇだしたのか!」


 いちいち時代錯誤な感じのある不良だ。もっとも、田舎の不良なんてこんなものだが。


「手は出してないと言っているだろ」


「またその話しか、誤解だってこの前も言っただろう」


「うるせえ、誤解も妖怪もあるか! もう我慢ならねえ、俺と勝負しやがれ!」


「ふむ……」


 いま、木戸は面白いことを言ったなとヨシカゲは思った。それで今度自分でもパクってみよう、とも。ヨシカゲは他人と笑いのセンスもずれていた。


「ちょっとキッくん! それはこの前もやったでしょ!」


「うるせえ、おめえは黙ってろ! ほらどうした、麻倉ヨシカゲ! 男なら俺とタイマンはれや!」


「それは構わないが……」ヨシカゲはそう言って、刀に手をかける。


 うっ、と木戸が一歩下がる。


「ご主人様――」と、リサの声が鋭くなった。


「なんだ、お前も気付いたか?」


「さすがにこう長いことご主人様といれば、イースターエッグのにおいにも敏感になりますよ」


 ヨシカゲは抜刀した。それに驚いて委員長と木戸が悲鳴を上げる。


「リサ、そいつらを下がらせろ」


「はい。お二人とも、どうぞこちらへ」


 一瞬で仕事モードだ。


 二人は何があったのか分からないのだろう。だが、陽が落ちてあたりに暗い陰が落ちると


 やがてそれが見えた。


 ヨシカゲたちの周りを青白い亡霊が浮遊していたのだ。


「な、なんだこいつらっ!」


 木戸が叫び声をあげる。大の男が情けない、とは言えないだろう。なにせ木戸はこの腑卵町の人間ではないのだ。こういった怪異には慣れていない。


「ゆゆゆ、幽霊っ!」


「大人しくしてください。大丈夫、ご主人様がどうとでもしてくれます」


 幽霊の数はたったの3人、ヨシカゲならば楽勝だ。


「ったく、お前らのどっちか。幽霊と相性良いだろ」


 ヨシカゲは委員長と木戸を見て言う。だがどちらも首を横に降った。


 ヨシカゲが軽い動作で幽霊を1人斬る。


「ぐえー、カップルしねー」


 幽霊は断末魔の雄叫びをあげて消え去る。


 その怨嗟の声は、なんだか情けない。


「なるほど、お前たちが悪さをしていたから、この公園に来たカップルは別れたのか」


 つまりこの幽霊たちは持てない男の僻みの集合体のようなものなのだ。


「うぉー、モテる男は敵だー」


 幽霊が突進してくる。ヨシカゲはそれをひらりと避けて、流れるような動作で斬り捨てる。


「リア充爆発しろー!」


 これであと1人。


「なんて可哀想な幽霊たち……」


 リサの言葉が聞こえたのだろう、幽霊は怒ったようにリサに向かってきた。


 だが、その幽霊に対してダーツの矢のように小太刀が飛ぶ。


「あべし!」


 頭をぱっくり裂かれて、最後の幽霊は消滅した。


 投げられた小太刀は近くの木に刺さる。ヨシカゲがそれを引っこ抜き、投げられた方向に全力で投げ返した。もうこれで死んでしまえ、とはさすがに思っていない。そもそもビビはその程度で死ぬ玉ではない。


 おそらく、ビビはヨシカゲたちの見えないところで小太刀をキャッチしたのだろう。そしてその気配が消えた。一足先に帰ったのだろう。


「まったく、さっさとあの世に行けば良いものを。未練がましい」


「な、なんだったんだ今の……」


 木戸が顔を青くして委員長に聞く。


「私に聞かないでよ。私だって訳わかんないわ」


「フラ高のやつらとケンカすんなって先輩に言われてたけど、こーいう事だったのか。お前ら、バケモノかよ」


「そうだよ」と、ヨシカゲは答える。その目はわざとらしく笑っている。


「てめえみたいなやつにはユイは渡せねえぞ!」


 ヨシカゲはリサに退魔刀を渡した。


 そんな事は初めてだったのでリサはびっくりした。


「なんですか、これ?」


「持ってろ」


「え?」


 ヨシカゲが木戸に向き直る。そして――構えをとった。それはビビがよくやる、右手をだらりと下げて、左手を引いた中国拳法の構えだ。


「ほら、来いよ」


「んだと!」と、木戸は叫び、だがその次にちょっとだけ嬉しそうな顔をした。「タイマンか!」


「あいつら退治したらやるって約束だったろ。ただお前も今回は素手らしいからな。俺も素手でやってやる」


「ステゴロだな!」


「ちょ、ちょっと!」と、委員長が止めに入る。


 だが、リサがむしろその委員長を制した。


「やらせて上げましょう」


「だって……ケンカよ?」


「男の子ですから。そういう事もたまには必要ですよ」


 リサは嬉しかった。なにせヨシカゲに退魔刀を預けられたのは自分なのだ。この清楚そうな女の子ではない。自分だ!


 心に余裕ができたリサは、何時も通りのマネキンめいた冷笑で委員長を見つめた。

 殴り合いが始まった。ヨシカゲは躱すこともせずに拳を受けた。それをかわそうと思えばどれだけでもかわすことなんてできたのだ。しかしそれがマナーだと思っていた。


 やはり木戸は何やら格闘技をかじっているようで、その動きにはキレがあった。だがヨシカゲはここ数日、もっと強いオカマと毎日戦っていたのだ。それに比べれば楽なもんだった。


 しばらく殴り合いが続き、立っていたのはヨシカゲの方だった。


 当然だ、殴られてもそのそばから傷が治っていくのだ。一方の木戸は顔面がボコボコだ。唇のはしなんて切れて血が出てきている。ヨシカゲの容赦の無さがうかがえた。


「くそ、俺の負けだよ!」


 しかし、まだまだ口の方は元気なようだった。


「これで今後、俺を追ったりするなよ。邪魔くさいから」


「分かった、お前とユイの関係を認めてやる!」


「だからそういうんじゃないってば!」


 委員長が倒れている木戸の頭をけった。


「ぐえっ!」


 おそらく、本日いちばん効いた攻撃だっただろう。


「本当にキッくんって人騒がせなんだから!」


 ヨシカゲはどうでもよさそうにその二人を見ていた。リサが手を引く。


「なんだ?」


「あの二人はどういう関係なんですか?」


「幼馴染だとさ」


「というか、飼い主とペットに見えますね」


「言い得て妙だな」


 二人を見ていると、ヨシカゲは自分こそが異物であるように思えてきた。


 きっとこの二人は腑卵町的ではない普通の人間なのだ。


「あ、もうこんな時間だ! 麻倉くん、あとメイドさん。電車の時間があるから帰るね。今日はありがとう、楽しかった!」


 いつの間にか電車の時間が近くなっていたのだろう。


「あ、ちょっと待てよユイ! 俺も帰るから、電車で!」


 二人は嵐のような慌ただしさで公園を去っていく。


 けれど、何を思ったか木戸が最後に振り返った。そして手を振る。


「またなっ!」


 リサはクスクスと笑いだした。


 この無表情女が笑うなんて珍しいな、とヨシカゲは自分のことを棚上げして思った。


「面白い二人でしたね」


「そうか?」


「はい。普通の人たち、って感じでした」


「たしかにな」


 それはヨシカゲも思ったことだった。


 さて、とヨシカゲは退魔刀を返してもらう。


「俺たちも帰るか」


「はい、ご主人様」


 陽はもう暮れていた。


 なぜかリサがヨシカゲの手に触れた。しかしすぐに恥ずかしそうに手を離した。


 なんだったのか、ヨシカゲには分からなかった。


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