077 悪魔3-3


 店内はコンビニくらいの広さだろうか、思ったよりも広かった。けれど洋服が所せましと置かれているせいか窮屈に感じる。


 そもそも服を全てマネキンに着せて展示しているのだ。これではどれだけスペースがあっても足りないだろう。


 頭も、手足もないマネキンだ。そのくせスカートのところはパニエでも入れているかのように最初から膨らんでいる。まるでロリィタ服を展示するためだけにあるようなマネキンである。


 そんな四肢を欠損したマネキンに囲まれて、金髪の少女が仰々しい王座のような椅子に座っていた。


 尊大な態度で花園とヨシカゲをまるで闖入者ちんにゅうしゃのように見つめる。


「よく来たのう、退魔師よ」


 その容姿通りの幼い声だった。


 当然のごとくゴスロリだ。まるで幼い頃遊んでいたお人形のよう。そのくせメイクだけはどす黒い程に濃い。なんだかちぐはぐな少女だった。


 少女は絹のように細い金髪をかきあげると、立ち上がった。


「妾の館へようこそ、麗しきフロイライン」


「この人が、対悪魔用のアドバイザー?」


「そうだ」


 少女は鼻を鳴らしてふんぞり返る。その顔には自信が満ち溢れている。


「妾はエクソシストじゃ。悪魔の事ならそこの退魔師よりも詳しいぞ」


「エクソシストって、あの映画の?」


「そうじゃ、知っておるなら話は早い」


 けれど映画のエクソシストってこんなのだったかしら? と花園は思った。たしか映画では渋めのお父様二人だったけれど……。そもそもこの少女が神父であるようには思えない。


 うろんな目を察したのか、少女が地団駄を踏み出した。


「なんじゃ、失礼なやつじゃな! これだから最近の若いもんは。人を見た目で判断してはいかんのじゃ!」


「若いもんって、失礼だけど貴女何歳ですか?」


 こっちは花も恥じらう17だ。年下だったら敬語をやめようと思いながら花園は訪ねた。


「聞いて驚くな! 妾は今年で113歳じゃ!」


「はい?」


 何を言っているのだろうかこの子は。花園には意味がわからない。だがヨシカゲが無言で頷くので、嘘ではないようだと認識を改めた。


「その人はフラン・アイシャーヌ。俺と同じようなイースターエッグを持っている」


「まあ、そこの退魔師のものよりかは不便じゃがな。妾は不老なんじゃ。じゃから歳をとらん。そのせいでいつまで経ってもこんなチンチクリンの姿なんじゃよ」


「不老って、ヨシカゲとはどう違うの?」


「俺は不死なだけで歳はとる。外的要因では死なんが、寿命がくればその内に死ぬ。だがフランは俺とは逆で寿命は絶対に来ないが、怪我なんかで普通に死ぬ」


「そうじゃよ、だから妾の場合は悪魔との戦いはいつも命がけじゃ」


「そうなんですか」


「もちろん良いところもあるぞ。いつまでもうら若く、歳を取らぬというのはそれだけで女性として幸せな事じゃ。惜しむらくは後五年、不老になるのが遅ければ良かったのじゃがな」


「そんな話は置いておいて、本題に入らせろ」


「せっかちじゃのう、退魔師。そんなんではリサ嬢にも嫌われるぞ」


「うるせえ。とにかく――」


「悪魔じゃな。お主ら二人とも、悪魔に魅入られておる」


「分かるのか?」


「もちろんじゃ。妾はエクソシストじゃぞ。それくらい一目見ただけで分かったわ」


 どうやら腕は本物のようだ。


「なんでもいい、とにかく悪魔を倒す方法を教えろ」


「無理じゃよ」


 とことこと、その短い足をゆっくりと動かしてフランは部屋の中を歩き回る。


「なんだと?」


「悪魔を倒す事などできん。例えお主のその――刀を使おうとな」


「それでも、だ。何か倒せる方法はないのか」


「そちらのお嬢さんはどうなんじゃ? お主も悪魔を倒したいのか? そもそもどうして悪魔を倒そうなどと思うのじゃ?」


「だって、悪魔をどうにかしないと私の魂が取られてしまうんです」


 頷く花園にフランはそりゃあ大変じゃな、とそうでもなさそうに言った。


「うーむ、確かに悪魔を滅せばその契約は破棄されるが。そもそも悪魔を倒すなど……いや、机上の空論ではあるが、方法がないわけではないぞ」


「なんだよ、あるのかよ。最初から言え」


「口の悪い退魔師じゃのう。妾もできるかわからんぞ? 話を聞いた事があるだけで実際にやった事はないからのう」


「して、その方法とは?」


「ちょ、近い近い! 妾の近くに来るでない!」


「なんだ、加齢臭なんてしないぞ」


「うるさいのう!」


 ぽかっ、と叩かれるヨシカゲ。


 それを見て花園はむっとした。なんでこの人はこんなふうに女性に接近するのかしらと不思議に思った。それでドキドキしてまう自分が馬鹿みたいに思えた。


「それで、その方法が知りたいんじゃな」


「当然だ」


「そちらのお嬢さんも、よろしいな。危険は伴う。もちろん妾も手伝うが……妾はお主らと心中は嫌やぞ」


「当然だ」


「もちろんです!」


 ニヤニヤとフランは笑いだした。そして二人をそれぞれ見ては、うんうんと頷く。


「なんじゃ、退魔師。リサ嬢から乗り換えかい?」


「ふざけるのも大概にしろ。さっさと方法を言え」


「そうかい? 案外お似合いに見えるがのう」


「そ、そうですか?」


 思わず聞いてしまう花園だが、二人はそれ以上その話をしなかった。


「さて、方法じゃがの。簡単じゃ、悪魔を倒せぬのはそもそも奴らが肉体を持たぬからじゃ。この世界にその実体を持たぬもの、いくら斬りたくても斬れぬ。じゃから実体を持たせてやればよい。つまり受肉させるのじゃ」


「そんな事できるのか?」


「分からぬが、古今悪魔が人に取り憑いた例は枚挙にいとまがない。その中には悪魔が実体を持って人についたというものが……まあ、数えるほどにはあるんじゃが。その時に悪魔を呼び出した方法を真似れば良いんじゃ」


「ふむ」


「簡単そうじゃない」


「して、その悪魔。名前はなんと言ったか?」


「ヘルマントトスです」と、花園は答えた。


「ヘルマントトス……どこかで聞いた名前じゃのう。どこだったか……うーん、思い出せんのう」


「ボケてんじゃねえのか」


「うるさいのう。まあ、そこも合わせて調べてやるわ。バチカンの記録にそのヘルマントトスの事が残っておれば良いのじゃがのう。まったく、それを調べるのはもちろん妾の仕事じゃなぁ……ああ、面倒じゃ」


「頑張れババア」


「ババアと呼ぶな! まったく、今度リサ嬢を連れてくるんじゃぞ。着せ替え人形にして遊んでやるからのう」


「おうおう、ついでに掃除もしてもらえ。あの女はそれが好きだからな」


「そうしてもらうかのう。よし、そうと決まれば今から調べに掛かるかのう」


 よっこいしょ、とわざわざ声を出してフランはフリルのような暖簾で隔てられた奥へと行く。そちらが生活用のスペースなのだろうか。


「やっぱりおばあちゃんなのかしら?」


「まあ、そうだろうな」


「聞こえとるぞー」


 奥からフランの声がする。


「俺たち帰るからな!」


「うむ。そうじゃな、来週の土曜日にでもまた来るんじゃ」


 花園はくいくいとヨシカゲの服を引っ張る。そうだな、とヨシカゲは頷く。


「おい、フラン。来週だと遅い。明日までに調べておいてくれ」


「明日じゃと!」


 フランは奥から顔だけを出す。


「無理を通せば通りが引っ込むというのは主らの国の言葉じゃぞ!」


「そうは言うが、花園はあと10日程で魂をとられるんだぞ。早いに越したことはない」


「明日はさすがの妾でもちと無理じゃ。2日、いや、3日必要じゃ」


「じゃあそうしてくれ。頼んだぞ」


「むむ……なんじゃか上手く丸め込まれたのう。まあ良い、時間がないのう。主らさっさと帰れ。妾、これから徹夜で作業じゃ。あ、出ていく時店の看板クローズにしといてくれのう」


 フランはまた奥に引っ込んだ。


「さて、じゃあ帰るか」


「本当に大丈夫なのかしら?」


「なあに、フランに任せておけば万事がうまくいくさ。後は俺が悪魔を斬るだけだ」


 斬れると思ったんだけどなあ、と呟きながらヨシカゲは店を出る。ポケットに手を入れているヨシカゲはどこか苛立っているようにも思えた。けれどそれは花園の思い込みだ。


「ねえねえ、カフェ行きましょうよ」


「なんでだよ」


「ちょっとくらい良いじゃない」


 好きにしろとばかりにヨシカゲは歩き出した。花園はそれについていく。先程見たカフェはすぐそこだ。


 今だけは、この人を独り占めできると花園はそう思っていた。


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