050 完全なる世界 ~エピローグ~


 朝起きた時、屋敷の中はしんと静まり返っていた。


 なんだろうか、と思って俺は窓から外を覗いてみる。


 一面の銀世界、見渡す限りの深雪。夜の内にこんなことになっていたのかと驚いた。


 俺はさっそくキッチンに行き、水に砂糖を溶かす。どこかにシロップがなかっただろうかと探す。まったく、リサが来てからというもののキッチンは俺のあずかり知らぬ領域となっていた。


 やっとイチゴのシロップを見つけて、駆け足で外に出る。


 ああ、雪だ。そうだ、雪だ。雪は大好きだ。


 だが、屋敷から出た瞬間、庭にリサが居るのが見てとれた。


 リサは独り、寂しそうに雪の中に立っている。


「なにしてるんだ?」


 俺が聞くと、リサはこちらを見た。


「ああ、ご主人様。おはようございます」


 リサはペコリとお辞儀をした。


 雪はもう降っていないようだ。ジメジメとした曇り空が広がっている。俺はそこら辺の真新しい雪にイチゴのシロップをかけると、手ですくって食べた。


「汚いですよ」


 リサが新雪を踏みしだきながら、俺に近づいてくる。


「良いんだよ、美味しければ」


 美味しければ、という言葉にリサは顔をしかめた。それが美味しいんですか、とリサは疑わしげだ。


「食べてみるか?」


「甘いだけじゃないですか」


「その通り」


 それ以外に何が必要だ?


 こんなクソタレな、苦々しい世界で甘味以外の何が必要だ?


 リサは疲れたように笑った。


 もしかしたら、と俺は思った。彼女は記憶をなくしているのではないのか。フサ子の記憶をなくして……そして今こうして生きているのか、と。


 だが、それは違うようだった。


 リサは悲しそうに微笑むと、「フサも、冬が好きでした」と言った。


「そうか……」


「別に、ご主人様を恨んでいるとかそういうのはありません。むしろ感謝しています」


「そうか」


「ただ、そう思っただけです」


 リサはわざとらしく笑った。そもそもいつもが無表情なリサだ。笑う時はどこか無理をしている。


「そうだ、町長から新しい仕事が」


「断っておけ」


「そうはいきませんよ」


「……だな」


 俺はそこら辺の雪にシロップをかけてたくさん食べる。頭が痛くなってきて、それでやっと無理やりやる気を出した。


「行くか、リサ」


「はい、ご主人様」


 リサがクルマを出しにガレージに行く。


 この雪でもクルマは動くのだろうか? まあ、そこはリサの運転スキルを信じよう。


 リサが無表情でクルマを出してくる。


 俺はそのオープンカーに飛び乗る。


「さあ、行こう」


 その言葉はまるで雪の中に吸い込まれていったようだ。


 リサは何も答えなかった。


 俺達は孤独だった。孤独が二人で寄り添っているだけだった。


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