045 完全なる世界3-6
クルマは山の中腹にある、土産物屋の前で停まった。周りには警察のクルマが二台。白と黒でパンダのようだ。それと白いクラウン・アスリートが一台。このクルマには見覚えが合った。
げ、なんであいつが居るんだ。俺は露骨に顔をしかめる。
リサの運転するオープンカーは、ご丁寧に白いクラウンの隣におかれた。
俺がクルマから出ようとするとリサが待ってくださいと言った。
「なに?」
「トランクに長靴がありますから、それを履いてください」
気が利くじゃないか、と思いトランクの靴を履く。ふと気になってリサの足元を見たら、彼女が履いていたのは編み上げの高級そうなブーツだった。この前見たものとは少し違う。同じようなものを持っていたのであれば、店であんなに悩むこともなかったのではないだろうかとも思う。
俺が長靴に履き替えていると、土産物屋の中から二人の男が出てきた。
「退魔師、遅かったな」
町長と、
「あ、退魔師! 俺、俺が見つけたんだぞ!」
五反田だ。
まるで褒めてほしそうな犬のように俺たちに近づいてくる。
「それで、死体は?」
俺が聞くと町長が答えた。
「ここから五分ほど歩いた場所だ、行くぞ」
この男が苦手なのはどうしてかいつも考える。だがどうもうまく説明できない。生理的に無理といえばそれまでだが、何かもっと違う言い方がありそうだ。
若いくせに似合ってもない髭を生やしているから?
違うな。
なんにせよ嫌いだった。
五反田はリサに対して、自分がいかに頑張ってもう一度陰陽師としての技を習得したのかを話している。リサは無表情でそれを聞いている。時々相槌を打っているが、それは社交的なものだ。
「おい、退魔師」
町長が、小さな声で俺に話しかけてくる。
「なんだ」
「あの陰陽師と、リサさん。仲が良いのか?」
「そう見えるか?」
「いや、まあ見えないが」
「だろう。俺も仲が良いようには見えない」
俺の言葉で安心したのか、町長は先頭を歩いていく。まったく、そんなにリサが気になるのなら彼女と話でもすればいいのに。俺はまったくもって気にならない。だから、リサのことをこれっぽっちも知ろうとはしてない。正直、興味がないのだ。
山道から少しそれた場所に向かって、木と木に道しるべのテープが張られていた。それをたどって歩いていく。少し雪が深くなる。
人が何度も通った足跡がついている。体重で踏み固められた雪。靴の後ろについていたであろう泥などとまじりあって、ところどころ黒々している。
少し開けた場所に出ると、そこには警察官が二人待機していた。町長が会釈すると、二人の警官は最敬礼を返した。
「ここだ」
掘り返されたであろう死体にはブルーシートが張ってある。
近くにはもともと死体が埋まっていたであろう大穴があいていた。その穴は雪と血で紅白に染まっている。そこに泥が混じるものだから本当に汚らしい。
「リサ、お前は見るなよ」
俺は先に断ってからブルーシートをめくる。
隣にいた五反田が顔をしかめた。なにも初めてみるわけでもあるまいし。
「細切れだな」
俺はまず、思ったことを口にする。
「そうだな」
町長の顔も、心なしか青白い。
リサは俺が言った通り、目を閉じている。賢明だ。
死体の腐敗は始まっていない。昨日の夜から氷点下になっていたので、おそらく凍っているのだろう。冷凍保存状態だ。俺は500ミリのアルミ缶くらいに切られた太ももらしき部分を見つける。なんだかボンレスハムのようだ。
「これ、一人分か?」
俺は尋ねるが、誰も答えようとしない。
だから、俺は死体の頭部を探す。案の定、二つ分の頭部がある。だが、それはどちらもグチャグチャにつぶされていた。おそらく怨恨ではないだろう。ただ運びやすさのために、かさばる頭部をつぶしたのだ。
どうやらこれをやった人間はとんだサイコパスらしい。人を殺すことを何とも思っていない。俺と同じだ。
「それで、どうして俺を呼んだ?」
「なにか、手掛かりにはならないか」
「さあ、だがこの二人……見たところ高齢だな。皮膚に劣化が見られる。この皺の量からみるに、若くて五十代。いや、六十代か?」
「それについては身元が判明している。この二人の歯、知ってるか? 金歯だ。それも上下の歯が全部な。こんな人間、腑卵町には二人しかいない」
俺は死体のグチャグチャになった顔を掴み、口であろう部分をこじ開ける。確かに、中にはくすんだ黄金の輝きを放つ、石ころの一種が入っていた。
「ああ、屋敷に住むジジババか。いつか死ぬとは思ってたが、まさか殺されるとはな」
「たしか、孫と一緒に暮らしていたはずだが……」
町長の言葉に、俺は軽い驚愕を覚える。
「孫?」
たしかあの屋敷には二人の老人しか住んでいないはずだが。
俺の記憶違いだったか。
「名前は……そう、『綾小路フサ子』だ!」
町長は失念仕掛けていた名前を思い出せたからか、えらく合点が行ったようだ。
だが、俺はそう手放しで喜べなかった。
――フサ子がこの二つの死体の孫? 嘘だろ?
フサ子は今どうしているのだろうか、と思った。家にいるのだろうか、それも一人で。あの広い屋敷で。それはきっと、寂しいことだ。
今まで興味がなかったから気にしなかった。だが、この町の人間を殺した以上、ここからは退魔師の仕事だ。俺の仕事は町長に依頼されたからやるのではない。最終的には自分で、町を守ろうとしてやることなのだ。
「どうだ、退魔師。なにか手がかりになったか?」
「さあ、どうだろうな」
俺は適当に答える。
リサが俺をじっと見ている。何か言いたげだ。だが、何も言葉には出さない。
「まあ、もう見つけたも同然さ。犯人なんて」
俺はリサを見て言った。
リサは、冷たい目をしたいつもの無表情だった。
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