1年目春 全員集合

 幸岡ゆきおかまこと。

 柳沢迷路やなぎさわめいろ

 金谷茶湖かねたにさこう

 木咲桃薫きさとうかおる

 水谷川閃みやかわせん

 月宮悟琉つきみやさとる

 土浦つちうらヤマハ。

 緑智りょくち大学附属高等学校のテニス部員は4月の終わりに全員顔を合わすこととなった。


「あー。挨拶前にいきなりで悪いんだけどさ、ええと、幸岡だっけ」

 閃は多少遠い目をしながら。

「うん。幸岡まこと、よろしくね」

「ああ。あのな、これ部室だよな」

「そうだね」

「外のあれはテニスコートだよな」

「そうだね」

「……何で?」

 誰もが思っていた真っ当すぎる疑問を、口にした。

「え、テニス部だから」

「いやいやいやいやいや」

「水谷川君、テニスコートなしでテニスするの?」

「そういうことじゃなく。仮に作るにしたって整うまではどこかのテニススクールや開放している公共施設を使うもんだろ!」

「あったほうが部活しやすいでしょう?」

 まことはひたすらきょとんとした顔をしている。あれば便利なものを拒否する理由がわからない、と。拒否しているわけではないのだが。

「可愛い顔して、って言葉がよう当てはまるやつだな…」

「あ、ひどい。女顔利用してるのに」

「それを言うなら気にしてるのに、だろ!!」

「してないもん」

「さよか…」

 閃がぐったりしはじめたところで、ようやく薫が口を開いた。比較的、冷静さを取り戻しやすいらしい。というより、はじめから失ってはいなかっ たようだ。

「テニスコートや部室があるのは助かる。早速部活動がはじめられるのだから、裏事情はともかく、感謝しよう」

「裏事情とか言っちゃ切るのかよ…」

 はあ、と部室の1番端でため息をつきかけたヤマハに悟琉は不思議そうに視線を向けたが特に何も言わずまことに向き直った。

「それで。今回は部員の顔合わせと今後の部活動のスケジュールと言うことでよろしいのですか」

「うん、そうだね」

「顔合わせはともかく、スケジュールは少人数で決めた方が決まりやすいのではないか」

 茶湖の補足に薫も同意して頷く。

「ん、と。コートはああいう風にもう作ってもらったから基礎練習以外ならいつでも部活出来るんだ。基礎練はグラウンドとか使うからしばらくは 他の部活と調整してからじゃないと無理かな」

「ふむ…」

「では顔合わせと部長や係を決めたらいいだろう」

 薫の提案に、皆そうだなと頷き、そのまままことに視線を向けた。

「取りあえず、自己紹介はテニス部を作ろうと言い出した幸岡あたりがいいだろ」

「あ、じゃあ。えーと。幸岡まことです。知ってる人もいるかもしれないけど、迷路と幼なじみで、一緒に暮らしてるんだ。テニス経験は小学2年のテニススクールからで、中学校は公立で部活にはいってた。全部硬式で。テニススタイルとしては、んー。オールラウンダーなんだろうけど、結構力任せ、かなあ 」

「そりゃ意外だ」

「よく言われるんだよね。えっと、じゃあ次は迷路ね」

「…」

「迷路、ね」


「……柳沢迷路。テニス歴はゆきと同じ」

 ひどくめんどくさそうに端的に説明する迷路の次の言葉を待つが、それ以上は説明する気はないようだ。

「情報とか集めるの得意なんだよ」

「つーか、母親の後ろに隠れる人見知りっこじゃないんやから、もうちっと喋られんのか」

「……」

 閃の溜息混じりの声に、やはり迷路は反応しない。

 そもそも、はじめから部員、特に茶湖と閃を視界に入れようとしていない。

「おいおいね。照れ屋なんだよ」

「あ、そ」

「名前は、『めいろ』で良いのか」

「うん。迷路は迷路だよ」

「特殊な読み方じゃなくて、まんまなのか…って、幸岡が応えてどうする」

「だって、迷路を呼ぶのは迷路じゃないもの」

「…分かるような分からんような」

「でもそれなら薫君も珍しいよね」

「そうですか?」

「ああ、よく『きさきももか』と読まれるな」

「……違うのか?」

 茶湖とまこと以外がその言葉に不思議そうに視線を向けた。

「ああ、やはり思われていたか。これは『きさとうかおる』と読む」

「…区切る部分が違っているか。変わった苗字なのか」

 ヤマハの言葉に変わってるだろう、と面々が頷く。

「えっと、それだと、金谷くんも?」


「金谷茶湖だ」

「あ、『さこう』って読むんだ」

「俺もどう読むのかと思っとった」

「私もです」

「ちゃこ、とかかと。外見に似合わず可愛えーのーと思ってたとこだ」

「外見は関係ないだろう!」

 反論する茶湖に、皆が妙に視線を浮かせた。

 閃の言葉に同意するのは悪いが、茶湖の言葉にも頷けないと言うところだ。

 ささやかに表現しても、茶湖は身長は1人だけ頭が出ており、身体つきも逆三角形に近い。

「そうだよね。ちゃこの方が似合うよ。顔も名前も可愛いもん」

「それは、幸岡。ちょっと趣味が変わっていると思うぞ」

「花似合ってたのに」

 まことは似あいそうな色を選んだんだよ、と嬉しそうに笑い、完全な善意からだからか茶湖も困ったように改めた礼を口にした。

「…壮絶に変わっとるな」

「あれは既に害獣と化していたぞ」

「えー?」

「自己紹介の途中だ!」

「あ、そうやった」

「そうでしたね」

「……中等部からの緑智生だ。テニスは物心ついた時にはやっていたが…。スクールなどに通っていたのは小学4年になってからだ。スタイルと言ってもな、これと言って…まあボレーヤーではないな。もう良いだろう。薫、次」


「木咲桃薫だ。先程説明したとおりの読み方だ」

「これできさきももかじゃないってのもなあ…」

「よく言われる」

「ももかちゃんでも可愛いよね」

 まことは思いついたというように指を上げ、部員は小さく首を振った。

「まあどう呼ばれても構わないが」

「でも薫くんがいいや」

「そうか」

 別方向にマイペースな2人の会話に、悟琉と閃が困ったような顔を浮かべる。

「ああ、すまない。中等部からの持ち上がりで、テニスは小学5年頃からテニススクールに通っている。スタイルはそうだな…。ボレーヤーに近 いかな」


「月宮悟琉です。藤内町ふじだいまちの3丁目で呉服屋を営んでおりますので、御用向きの際はお声がけください」

 丁寧に立ちあがって、悟琉はそう口を開いた。

 藤内町とは学校の2つ隣の町に当たる。基本的にバス通学の距離であるが、自転車で来れないこともない。

「いきなり商売っ気のあるやつだな」

「テニスでは不要かと思いますが。中等部からの持ち上がりで、テニスは同じくスクールに通っておりました。昨年は持ち上がりとは言え試験もありましたし、家の手伝いもあって、特にスクールには通っていなかったので多少ブランクがありますね」

「身体は鍛えられているようだがな」

「自主練習は続けておりましたので」

「なるほど。良い心がけだな」

「…何か高校生の会話じゃねーな」

 固い話し方に敬語。

 閃は呆れたように肩を竦めたが、比較的高校生らしい口調がそもそも閃以外いないに等しい。

 まことや迷路は比較的普通だが、妙に子供っぽい口調が混じる。

「気にするな。茶湖はいつもこのような態度だ」

「いやお前も結構あれだけどな」

「あれとは何だ」

「日本語だ。気にするな」


「土浦ヤマハ。ソフトテニスを経験する、したから、テニスは未経験になる」

「あ、軟式だったんだ」

「そうか。初めは多少苦労するかもしれないが、体力などは問題ないだろう」

 初心者よりは有利だが、軟式から硬式への切り替えはそれなりに難しい。

 まことは少し視線を浮かせて、そのまま迷路に目配せをした。

「土浦って両親さあ」

「勤めている」

「分かりやすっ」

「聞かれたくさん。それと、ここに入学するまで外国で暮らしていたので日本語がすこし不自由」

「ああ、やはりそうでしたか」

 悟琉が納得したように頷いた。さきほどの言葉に首を傾げていたようだ。

「あ、そうなの。こっちの言葉は分かる。分かりにくかったら言って」

「無問題だ」

「そこは『問題ない』の方がいいですね」

「理解した。問題ない」


「あー。俺もか。水谷川閃。編入組つーか、転校組だな。中学3年ぎりぎりでこっちに出てきたから、都会のことはよう知らん」

「あ。何か方言かなあ、と思ってたけど」

「本気で方言はいるとまったく分からんと思うから気をつけるけどイントネーションは勘弁してくれ」

 普通に話せなくもないけどめんどくさい、と閃は小さく肩を竦める。

 妙な面子の関係で多く話をしているが、もともとそれほど話す方でもない。

「ちなみにどこから?」

「南東北の西」

「……どこ?」

「東西南北全部入ったな」

 薫はすぐに納得したように頷き、まことやヤマハは視線を浮かせている。

「中学問題だ、考え。で、テニス経歴は、正直そんなないな。中学にはいって近場でやっとったくらいだ。その前はバスケやらやってた気がする」

「気がする、とは」

「人数の少ない学校じゃったし。これと言って部活動も分かれてなくてなー。試合とかあるたんびに、運動得意なやつが集まって何か試合してた」

「ああ、あるな。そのようなところは」

「だから、テニスもしてたと言えばしてたけど。中学の部活は陸上部だったな」

 余計なことだけど、と呟いた閃の言葉にまことは手を打った。

「あ、そう言えば短距離で全国出たとか先輩が言ってたよ。グラウンドの話してた時、部員にくれとか言われたもん」

「断ってくれ」

「うん、断ったけど。でも何で短距離もうしないの?」

「あー。特に深い理由はないよ」

 打ち切るような態度にまことは頷きかけたが、陸上部の先輩が多少口うるさかったと続けた。

 中途半端な状態でいると、いつまでも声をかけてくる輩は多い。

「ふぅん? でも先輩達だからまた色々声掛けられると思うよ。ここ、兼部出来るし」

 ほんの僅か、閃は真顔で視線を落としたが、すぐにめんどくさそうに手を振った。

「…何か、飽きた。あの程度で全国行ける競技なんかつまらん。それだけ」

「水谷川君、そういう言い方は良くないのではないですか」

「本当のことだろう。不正働いて全国行ったわけじゃない」

「そういうことを言っているわけではなくてですね。全国を目指して努力していた他の生徒達に失礼でしょう」

「は。俺は全国を目指して努力していなかったってことか?」

「…いえ、でもご自身であの程度、と」

「ああ、もう絡むな。はじめから聞いてきたのはそっちだろう。大体もうやめたって言ってる」

「…ではテニスもですか」

「は?」

 悟琉の妙に絡む低い声に、閃も不愉快な声で視線を向ける。

「テニスも、飽きればやめると」

「…そうだな。この1年だけで全国行けたらやめるかもな」

「水谷川君!」

「はいはいはい。ちょっと待ってね」

 張り上げた悟琉の声に、まことが割って入った。

 他の部員は、まことに任せて成り行きを見守っている。

「あ、失礼しました…」

「うん? いらんとか?」

「ううん。あのね、水谷川くん。『この1年だけ』って言うのは、このメンバーでって意味?」

「うん?」

 説教か何かと思っていた閃はまことの突然の質問に、眼を瞬かせた。

 意味が瞬時に理解出来ず、軽く首を傾げる。

「あー、だから。このメンバーが2年の時だったら?」

「ああ、1年目でって意味じゃ」

「あ、ならいいや。良かった」

「は?」

「だって行くもん」

「え」


「全国」


 言い合いを忘れてぽかんと口をあける2人に。

 至極あっさりと、けれどはっきりと高らかに、まことはそう宣言した。









*


「あ、部長話がうやむやになった」

「てか、幸岡で決まりだろう」

「そうだな」

「うむ」

「ですね」

「えー」

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