突然のお誘い
帰り支度をしていると成田美鈴がカバン背負い机の前に立っていた。今日は、特に予定も入っていなかったので、うなずいて空いてると伝える。
「なら、うちに来ない?少し話したいことがあるから」
予想外のことに、思わず持っていた数学の教科書を落としてしまった。成田美鈴は、あらあらと言いながら、それを拾って机の上に置いた。
「急に。びっくりしたよね。ごめん、今度の機会にでも――」
「そんなことないよ。行くから。少し待ってて」
いつの間にか、無意識にそんなことを言っていた。言い終わった後に、そのことに気づいた僕はかをが燃えるように熱くなるのを感じた。でも、もう後には引き返せない。こんな心の中を見透かせまいと、淡々と荷物をカバンに詰め、成田美鈴と家路についた。
成田美鈴の家は、僕の家から徒歩五分の八百屋の曲がり角を反対に曲がったところだった。少し前までは、売地、の看板が立っていた気がしたが、立派な茶色い屋根の家が建っている。
車庫のような建物には、車が止まっていなく、奥にある作業台が見えた。
「パパとママは仕事で遅くなるって言ってたから、9時過ぎくらいまで帰ってこないから気を使わなくて大丈夫だよ」
カバンから取り出した鍵で玄関を開けながら成田美鈴は言った。淡々と。僕が、大変な事実に気づいたのは、玄関を開けて女の子の家特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐった時だった。思春期の男女が、家で二人きり。
「私の部屋は二階だから。ついてきて」
もう、どうにでもなれ。僕は半ばあきらめのような感じで成田美鈴の後についていった。そういえば、うちの母も今日は帰ってこれないかもしれないと言っていたような気がするな。
成田美鈴の部屋はいかにも女子らしい部屋だった。いや、正確に言えば、僕は同年代の女子の部屋にはあまり入ったことがないので、女子らしい部屋な気がするというのがほんとのところだ。
部屋に入ると、成田美鈴は、飲み物持ってくるね、と言って部屋から出て行った。急に部屋に取り残された僕は、あたふたするしかないだろう。座っていいのかもわからず、視線がさまようが、クローゼットからちらりと顔を出した猫の書かれたピンクの布切れを見つけてしまい、視線をさまよわせることさえできなくなった。
「飲み物持ってきたよー......って何してるの?」
制服から部屋着に着替え、麦茶とビスケットの乗ったお盆を持った成田美鈴が部屋に帰ってきたときの僕は、部屋の真ん中で、目の周りの筋肉が痛くなるくらい固く目をつむり、直立不動で立っていた。
成田美鈴は、僕の体の向きに気づき目を向けると、見る見るうちに顔を赤く染めていった。
「千葉君も男の子なんだね」
「うん、ごめん」
テーブルの上にお盆を置き、ピンクの布切れ、もとい、下着をクローゼットに押し入れながら、通常よりも半音高い声で話しかけてきた。そりゃあ、僕も高校生だ。興味がないと言ったらうそになる。
「.....エッチ」
擦り切れそうなほど小さな声だったが、僕の耳に届くには十分すぎた。これで、明日以降、変体下着マンの名前で呼ばれることになるのか。
「......どう」
「え?なに」
何かを言っていたようだったが聞き取ることができなかった。おそらく、軽蔑の言葉だろうと容易に想像することができた。
「何でもないよ。それじゃ、ちゃんとお話ししようか」
少しほおをぴくつかせながら、成田美鈴は強引に話題を変えてきた。これ以上この話題について話していても意味がないと思っていた。原因を作った僕が言うのもなんだが無駄な時間だった。
小さなテーブルをはさんで、僕と成田美鈴は対面になって座った。成田美鈴は、入れてきた麦茶をちょびちょび飲んでいる。僕もクッキーに手を付けて、麦茶を飲む。
「千葉君、私が何の話をしたくて、君をここに呼んだかは、もう、見当がついてるよね?」
「あぁ......死神とかそこら辺の話だよね」
成田美鈴は、コクっとうなづくと、僕の心まで見透かしそうな瞳を向けてきた。そして、僕は、淡々とそのことについて話し始めた。
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