その花は
教科書を見せたり、授業の話などをして午前中の授業が終わった。この短期間に分かったことがある。成田美鈴は学業優秀らしい。進度などを教えていたはずなのに、逆に間違いを見つけられることがしばしばあった。さらに、先生の好奇心で指名されても間違えることなく答えていた。
かわいらしい容姿、学業優秀ともなればクラスメイトが放っておくわけがないだろう。現に、成田美鈴の机の周りには、クラスのリーダ核のグループの女子が数人集まって話している。早く話したいと熱い視線を送っている男子生徒もいる。居場所を追いやられた僕は逃げるようにして教室を後にした。
売店ではいつものようにパンの争奪戦が行われていた。たくさんの生徒がお互い押しあっている。ここの売店には、いわゆる看板商品というものがある。限定百食の「こだわりメロンパン」。すぐに売り切れてしまうので1度しか食べた覚えがない。今日残っているのはカフェオレパンか。ん? なぜか奇跡的にこだわりメロンパンが残ってるぞ。人ごみの中に無理矢理手を突っ込む。いらゆる角度から圧迫されて曲がってはいけない方向に曲がりそうになったりしたがこだわりメロンパンをつかんだ感触があった。
カウンターに四百五十円を出して教室に戻ろうとすると、成田美鈴を囲んでいたリーダー核グループの柴田とすれ違った。彼女がここにいるということは、話が終わったということだろう。女子の会話とはこんなに早く終わるものなのだろうかと疑問を抱きながら、教室に向かう足を速めた。
明らかに先ほどと雰囲気が違う。教室には隔離された空間のようなものができていた。喧騒の中から成田美鈴だけが宙に浮いている。何か腫物には触れてはいけないという雰囲気。いったいこの短時間に何があったのか。
「今日の放課後、校舎の案内してもらえないかな?」
居心地の悪さを感じながらも、自分の席に座り、何をから食べようか迷っていると遠慮がちに成田美鈴が話しかけてきた。断る理由もないので、カフェオレパンをかじりながら首肯すると、成田美鈴は、ありがとうと言って教室を出ていった。
授業の始まる数分前に返ってきた成田美鈴は笑顔を張り付けていた。授業が始まると午前中のように机をくっつけてくる。授業中の態度もあまり変わりがない。何かあったような気がしたが気のせいだったのか。いや、それが気のせいじゃなかったということは曇った成田美鈴の瞳を見れば一目瞭然だった。
放課のチャイムが鳴る。山崎先生は話が長いことで有名だが、今日は県会議員がどうのこうのという話を五分近く話して終わった。部活生がカバンをもってダッシュで教室を出ていく。
「それじゃ行こうか。って言ってもそんなに広くないからすぐに終わるよ」
できるだけ明るい声で言って教室の後ろの扉に向かう。
「あの……いや、よろしくね」
それだけ言うと成田美鈴は僕の隣に並んだ。その肌の触れそうな距離と女子特有の香りにドキドキしたのは言うまでない。
僕と成田美鈴は、北校舎、南校舎、図書館という順番で校内を歩き回った。図書館にまつわる七不思議の話をすると、成田美鈴は、そんなのあるわけないじゃんと笑い飛ばしたが、急に本棚から本が落ちてくると、その笑顔が一瞬にして凍り付いた。
教室は夕焼け色に染まっていた。難しい数式の書かれていた黒板もまっさらになっている。昼間までの喧騒とは無縁のように、夏の終わりを告げるツクツクボウシの声が教室ににこだましている。
「この花って?」
教室に入るなり成田美鈴が聞いてきた。そう、いつも僕が手入れをしている花だ。最初はユリの花一本がぽつんと挿されているだけだった花瓶も、今では、赤から黄色と華やかなものになっている。しかし、それに反比例するかのように僕の心は沈んでいく。
「この花たちは、償いだよ」
せっせと荷物をカバンに詰め込みながら言う。おそらく、成田美鈴の頭の上には大きなビックリマークが浮かんでいることだろう。帰ろう、と言って廊下に出ると、成田美鈴も隣に並んでくる。こうやって二人で廊下を歩いていると懐かしい気分になるが、数秒後、とてつもない喪失感に襲われる。それを紛らわせるかのように成田美鈴に話しかけるが、僕の中に渦巻くものは消え失せるどころか、より色濃くなり、僕を蝕んでいく。成田美鈴もそれを知ってか、次第に瞳を曇らせていった。
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