オフショット。
秋風が、ワンピースをふわふわと揺らしたことに気が付いて、
私は、慌てて手で抑えた。
今日は一段と厳しい風が吹いている。
「わわっ……」
赤や黄色の木の葉が目の前を抜けていった、私のワンピースを揺らした風は木まで揺らしたらしい。
待ち合わせ場所の建物のガラスに映る自分を見たり、カバンの中身をもう一度みたり、とにかく落ち着かなくて心が騒がしい。腕時計を見ると待ち合わせの約束した時間よりも15分くらい早かった。確認の為にスマートフォンの画面を見たけど、結果は変わらなくて、無意味にロックを解除したあと、無意味に電源ボタンで画面を閉じた。
今日は久しぶりのオフ。
そして、彼とのデート。約束をしてから一週間、私がまともに寝られた日は何日あったかしらと数えてしまうほどに楽しみだった。健康に害が出ない程度に彼とメッセージを送りあったり、電話したりして夜更かししたりも……。
普段はしっかり取り組むレッスンも、あんまり身に入らなかったくらい。
それくらいに楽しみだった。昨日だって彼を結局長い間スマホの前に引き留めてしまった所だった。呆れられていないといいけれど…。
普段は衣装で隠れる手で、建物のガラスを覗き込みながら髪型を直したり、また鞄の中をみたり、腕時計を見たり、ガラスに映った自分を見たり、ゆっくりターンしてみて服を靡かせてもみた。決めポーズ的にターン終わりにウィンクをした瞬間、ガラスの向こうの店員さんと目が合った。あわてて顔を隠して、恥ずかしさで爆発しそうになったけど、待ち合わせの場所にしたレストランの、その店員さんは笑顔だった。
とにかくさっきから落ち着かない。
けど、この時間が長いほど、
会うのが楽しみでならなくて。
けど、この時間が長いほど、
会うのが少し怖くなって。
とにかくさっきから落ち着かない。
普段はニーソックスだけど、今日は短め。風が入ってくるとなんだか脚回りがスースーする。お気に入りのワンピースも淡くピンク色で、薔薇の柄。普段の格好と違いすぎて、あの人は驚くかな。見せるのは初めてだし、気に入ってくれるといいんだけれど。
そんな事を考えていたら他の事まで気になり出した、ヘッドホンは無かった方が良かったかなとか…髪型変えた方が良かったかなとか、
その他…もろもろ…。
今日は久しぶりのオフ。
街も、お昼前のふわふわ暖かい風に撫でられて、丘の人々はみんな豊穣の時を祝っているように笑顔で、その笑顔の中に私が会いたい顔を探したり、でもちょっと顔を見たくないようにも思ってキョロキョロした。
「あっそうだ…、鏡持ってたんだ。」
鞄を漁ると出てきた。鏡。私はそれをパカッとひらいて前髪をさっと直した。けど、風でまたへんなのになって、可笑しかったので一人で無意味に笑顔になって無意味だった鏡を鞄の中に仕舞った。
もう一度時計を見た、集合の10分前だった。
秋風が、私のこころをふわふわと揺らしたことに気が付いて、
私は慌てずに深呼吸した。
今日は一段と強い風が吹いている。
「香水、もう、使おうかな。」
お洒落はバレたら意味がない、
気付いてもらえ無きゃ意味がない。
だから、集合五分前の今に使っちゃおう。
ピンク色の瓶に入った高貴な香りを、建物の柱の影で薄く使った。風で飛ばないようにしながら、ほんの少し。あんまり使いすぎるのも良くないというのがルールみたいな物として存在している、気を付けていかなきゃ、クサイとそれはそれで嫌われちゃうし……。
そのとき、レストランの入り口が開いて、さっきの店員さんが出てきて黒板を置きに来た。そこにはチョークで丁寧に書かれたメニューが書かれていた。
「あ……パスタにしようかな?」
メニューを決めておいた方がいいだろう、
と思って呟いたら声をかけられた。
「フフフ、もしかしてデートですか?」
「ふぇっ!?あぁ、えと、そうです……。」
さっきの店員さんが私に話しかけてきたので、ひっくり返りそうになった。
「やっぱり。あのウインク、素敵でしたよ。」
「あぁ、すみません……ありがとうございます……。」
素敵だと言われて、少し嬉しかった。
けれどそれ以上に、何倍も何倍も恥ずかしかった。
熱くなった顔を冷ます秋風が、みずみずしい香りを届けてくれたのでそちらを見ると、店先には花壇があって、バラが咲いていた。自分が浮かれすぎてしまっていた、そのせいで気付かなかったんだと思うと恥ずかしい。最初、自分のつけた香水の匂いかとも思ったけれど、そうではなかった。
「……もし後で当店へいらっしゃるなら、私が対応しますね?個人でやってる店ですので、パンをおまけさせていただきます。」
私のことを気に入ってもらえたのか、アイドルということを知ってくれているのか、エプロンが似合う店員さんは、花壇のピンクの薔薇に水をあげながらそう言った。待ち合わせの3分前だった。イキイキと輝いている秋の薔薇は、春時のような華やかさはないけれど、一本一本が懸命に生きていて、私の背中を押してくれるようだった。
3分がちょうど経ったころ、彼は丘の下から歩いてきた。
「ごめんなさい、おまたせしました。」
「い、いえ。大丈夫です。」
まだ敬語で喋ってしまう、デートは久しぶり。なんてったって最初のデート以来二回目なのだから……。
あぁ、緊張する……、好きな人の前じゃ話せないかも、それに、その、服気に入ってくれるかな、電話でなら、メッセージでなら、敬語かもしれないけど、もっと楽しくおしゃべりできるのに……。
「……。」
あぁやっぱり、ダメだったかな。
反応を見てると、なんだか言葉を失っているようで、絶句されてしまうほど私のセンスはなってないのかもしれない。もっといろんな人に確認してもらった方が良かったかな……。
でも、ジェーンさんも、コウテイさんもジャイアント先輩もフルルさんもみんなかわいいって言ってくれたけどな……イワビーさんが言うロックが足りなかったかな…。
「あっ、あの!」
「あっ、はい!」
怖くなって声を掛けてしまった。
「あの……私…」
「ごめんなさい!そ、その、いざ目の前にすると…その、かわいすぎて、見惚れちゃってて!ハハハ、ぼ、僕が貴女の手を引かなきゃ行けないのに、やらかしちゃいましたね!?」
かわい…い?
「も、もう!怖かったじゃないですか!」
「ほ、ホントごめんなさい!」
「「て、手、繋ぎましょうか?」」
お互いに顔なんて見れなかった、ステージの上から見る景色はもうすっかり慣れたのに、私はさっきの薔薇を見ることくらいしかできずに歩いた。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
彼が木のドアを押してくれた先の空間は静かに涼しくて、私の知らぬ時にかいた汗が冷めていく。
「2人です」
もっとも落ち着いた姿勢で、
彼はピースを作りながら言った。
「わかりました、奥へどうぞ。」
手は握ったままにした。
おまけのパンは美味しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます