夜に逃げる。逃げる。あと少しだけ。逃げたい。
夜に逃げる。
逃げる。
あと少しだけ。
逃げたい。
海の底なんて、底の底の底なんて誰もみたことないのだろう。
そんな事を考えながら、水の揺れるのを眺めていた。
ぴちゃっ…ぴちゃっ。
ぱちゃぱちゃ。
波が立つ度に泡が生まれる。
そして泡は弾けてまたいずれ波にのる。
「プリンセス、またここに居たのか。」
「コウテイ…えぇ、まあ。」
そんなよそよそしい顔しないでくれよ。
そういいながら彼女はワタシの隣に座った。
「お腹、空いてないか?」
「別に。」
「そうか…。こないだのライブで、ちょっと疲れたんじゃないか?」
「…。疲れたわよ。あなたも、でしょ?」
ハハ…まぁな。
コウテイはほっぺたをぽりぽり搔いた。
なにがまぁなよ。
センターに立って、躍って歌って。
ワタシより絶対にたいへんなハズなのに。
まぁなってなによ。
こんなことを言いそうになるワタシは醜い。
こんな
「プリンセスが今日は健康そうで良かったよ。ここに来ているって聞くと心配なんだ、鈍感な私でも、プリンセスの事はよく分かってるつもりだ。なにかあったら、言ってくれよ。」
そう言って、ひょいと立った。
手に持ったジャパリマンを見て、
「やっぱり一つちょうだい」
とワタシは言った。
「わかった。どっちがいい?」
ワタシには色の違いしかわからなかった。
右のピンクにした。中はチョコだった。
「私も食べようかな」
彼女は水色のジャパリマンを食べていた。
あんこが入っていた。
結局立ったのに何処にも行かないのね。
いじわるに言っても、
「確かに。でも、プリンセスと話せるのは嬉しいから悪い選択じゃ無かった」
彼女はけろりと言った。
そういう所、ちょっとキライ。
でも、くすぐったいこの感じはキライじゃ無い。でも、キライだ。
「プリンセスの目、赤くて格好いいな。」
「は?何よいきなり。」
あっごめんごめん。
彼女は、困った顔をした。
垂れ下がった眉毛と、茶黒く纏まった落ちついた目が痺れるほどに彼女にぴったりだ。
「そういうあなたも、なかなか魅力的な目をしてるわよ?」
言うと恥ずかしそうにする。
人のことをアレコレしっかり言うくせに、人にアレコレ言われるのは苦手とか、かわいい所あるじゃ無い。ホントに元々オスだったのかしら。(ヒナを育てたとか言ってた)
「コウテイこそ、何か悩んでない?言いだしっぺはワタシなんだから、ちょっとは頼ってくれて良いのよ?」
「うーん、悩みか。あんまり無いけど…」
しばらく下を向いて、腕を組んで考えていたが、ふっと顔を上げて言った。
「プリンセスが可愛すぎてつらい」
水筒の中の水をクイッと飲んだワタシに襲いかかる爆弾は、見事にワタシの口内でビッグバンを起こし、目の前の波の中に霧がかかった。コウテイは驚いていたがあなたのせいだぞ。そんなヒナが大人にいきなり雪吹っかけられたみたいな顔してこっちを見るな。
「唐突過ぎて噴いたじゃないのよっ!」
「そうか?プリンセスは可愛い可愛いっていつも言われているじゃないか。私も可愛いって言われたいな。セクシーも大人っぽいもかっこいいも嬉しいけどワタシだって可愛いって言われたいんだよ…毛皮を変えるべきか」
なんだかよくわからないことを言っているけれど、とりあえずファンのみんなが言う可愛いとあなたに言われる可愛いはワケが違うのよ。あと自覚あるなら毛皮変えなさい、ライブは仕方ないとしてせめてオフは。上下黒のジャージのワタシを見習え(おしゃれしろ)
「もう日が暮れてきたわね、そろそろ戻ろうかしら。」
ワタシは水が赤くなってきたことに気付いた。泡が弾けている。
「もう戻るのか?」
立ち上がったワタシの隣に座るコウテイは、静かに下を向いて言った。
「嫌?ワタシと離れるの。」
「あぁ、とっても。」
「じゃあ、今日は満月らしいから、月が見えるまで一緒に居る?」
「え?月はもう見えてるぞ?ほら、白いの」
…ニブ過ぎでしょあなた。
「そうね…。
あの月みたいに、綺麗になれるかしら。」
「…もうなってるじゃないか。月が綺麗だけど、プリンセスも綺麗だ。」
ワタシの脳はI LOVE YOU.と訳した。
でも彼女の脳にあるのは、
「真っ白な肌が月みたい。耀いてる」
ただそれだけだろう。
なんだか可笑しくなってきた。
泡がまたぱたぱた弾けた。
ワタシはコウテイの肩に頭をのせた。
「眠いのか?」
「ううん、別に。」
夜に逃げよう。
夜空は全部を飲み込んでくれるから。
泡が金色に光った。
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