第一話 人が消える話 12


 〇


 釣った魚を私と皐月さんで捌いて、火で炙って夕飯にした。

 刺身もいいのだが、生は万が一があってはいけないからと止めておくこと。

 医者もいないから、生ものや川水をそのまま飲むのは止めようという彰さんと昔から決めたルールだから。

 このルールも彰さんが川水を沸かさずに飲んでお腹を下した時に作られたものだ。

 そして、今は三人で夕飯に使用した焚き火を囲んでのんびりとした時間を過ごしていた。

 ホームセンターから頂いてきた真空タンブラーをそれぞれ持ち、中には白湯が注がれている。

「ねぇ、何で貴方たちはこんな放浪をしているの?」

 答えたのは彰さんだった。

「うちの嫁さんが色々なところを見たがってたからな、それで色々回ってる」

 首を傾げて、皐月さんが私を見る。

「夏美ちゃんが?」

「ち、違います!」「違う」

 彰さんと否定の言葉がシンクロした。

「消えちまった俺の嫁さんだよ」

 彰さんはいつも自分のお嫁さんのことを話すとき、辛そうにしたりしない。

 どう思っていたかも、全然私には話してはくれない。

「そう……貴方もそういう人を亡くしていたのね」

「今残ってる奴のほとんどがそうだろうよ。こいつだって大切な人を亡くしてそれでもしぶとく生き残ってる」

 そう言って私の頭に手を置く。

 そう言われてしまうと、何だかちょっと気恥ずかしい。

「それもそうね」と皐月さんが小さく笑ったあとに、私たちふたりをジッと見つめてきた。

「何か付いてますか?」

 そう問いかけると否定とするように首が横に振られた。

「貴方たち、色々な場所に行ってるのよね? それなら、どうしてこんな事が起きているか原因の究明はしないの?」

「……私たちがですか?」

「ええ。貴方たち以外適任はいないはず」

 そう言って真剣な目で私たちを見つめている。

「貴方たちは移動する足もあるし、私以外にも残っている人たちとの交流もあるのよね? だったら――」

「無理だ」

 皐月さんの言葉の途中で彰さんが否定の言葉を割り込ませた。

「どうして?」

「そんな学がねぇんだよ」

 本当に恥ずかしいことだが、その通りだ。

 私か彰さん、どちらかが稀代の天才などと呼ばれるほどの頭を持っていたりしたら状況は多少変化をもたらせたのかもしれない。

「こいつは中卒……じゃないな、中学の途中でこの現象にあっているから中学も卒業してない、最終学歴が小卒だぞ? 義務教育すら終わってないガキに出来るか? 出来るわけねぇよ」

「なっ! なんでそう言うの勝手に言うんですか! それに中学三年も半分ぐらいいってましたから、中卒でいいじゃないですか!」

 私がそうやって噛み付くと、いつものように彰さんに鼻で笑われた。

「小卒は小卒だ。何度も言ってるがな、中卒にして欲しかったら、高校受かって、卒業証書受け取ってからにしろ」

 無理な話だ。

 もう高校なんてこの世界にないし、義務教育も破綻してしまっている。

 勉学を学ぶ場なんて、残された図書館の蔵書とかぐらいだ。

「貴方はどうなの?」

「俺か?」

 彰さんの言葉に皐月さんは頷きで応えた。

「無理だ。大学は出たが、現場の人間だ。高校の数学だってもう怪しいからな」

 この人が大学を出ていること自体驚きなのだが、すごい頭が良かったりとかは全然感じさせない。

 感じないぐらい、やり方が横暴なのだ。

 何でも叩いて直そうとするし、鍵が閉まっているドアに対しても鍵が上手く開けられなくなれば、思いっきり壊して入っていく。

 私がどれだけ肝の冷える思いをしたのか、この人はきっと知らないだろう。

「本当にただ放浪して、お墓参りしているだけなのね」

 呆れたような笑みを皐月さんが浮かべている。

 私だってこんなのんびりとしていていいのか考えてしまうことはある。

 だけど、私たちに出来ることを考えたとき、この現象をどうにかしようなんてのは荷が重すぎる上に解決できる問題でもない。

 それに、こうして二人でただ放浪しているだけの生活も私はとても気に入っている。

 中学までの私はこんなに世界が広いことを知らなかった。

 様々な世界の光景が映し出されても、それはテレビの中だけ。

 現実感はなく、そんなのあるのかなと信じてはいなかった。

 だけど、こうして彰さんに手を取ってもらって、世界に連れ出してもらえて一気に世界が開けた。

 そして、同時に私たち一人の小ささも知った。

「あぁ、俺たちにはそれぐらいしか出来ることがないからな」

 そう言う彰さんを皐月さんが海のように深い青い瞳で見つめていた。


 皐月さんと別れて、車に戻る。

 荷台にはマットが敷かれていて、タオルケットと硬い枕が二つ並んでいる。

 何も言わずに二人、それぞれのタオルケットを体にかけて背中合わせになる。

「明日はどっかに行ってろ」

「……分かりました」

 彰さんが邪魔だからとかそう言う意味で言ってるんじゃないってことは頭では分かってる。

「私はその場にいたら邪魔ですか?」

「そんなこと言ってねぇだろ」

 少しだけ間が空いた後に、彰さんがぽつりと呟いた。

「……直接見ない方が良いんだよ。あんなのは」

 本当にこの人は横暴だ。

 だけど、本当に優しい。

 何度この人は人が消える時を見てきたのか私は知らない。

 私とこうしているようになってからも、遭遇したことは何度かある。

 けど、その度に私が直接見ないようにその身を盾にしてくれたりする。

 だから、この生活の中で私はまだ直接人が消える瞬間を見たことがない。

「終わったら、いつものように合図はする。どっか行ってろとは言ったが、あんまり遠くに行くなよ」

「……そんな子供じゃないですから、大丈夫です」

「ガキだよ、まだまだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る