第一話 人が消える話 10
〇
彼は松岡道真っていうの。
生き倒れてた青年の方ね。
道君って私は呼んでたけど、ここに来たときはやつれてたわね。
三日ぐらい何も食べてないとか言ってたけど、あの食べっぷりを見たらそれを信じてもいいと思う。
けど、やつれてはいたのを差し引いても、線が細い子だなって言うのが第一印象。
いなくなった彼がしっかりした筋肉質な体だったからか、頼りなさそうに感じたわ。
それに道君は童顔だったから、余計にね。
それから二日後ぐらいかしら、
「何か自分に出来ることはありませんか?」
命恩人らしいからね、私。
けど、私はたまたま彼を助けただけ。
道君が砂浜で転がってなかったら、私はそもそも発見してなかった。
助けたのも私の気まぐれだったしね。
だから、私はこう言ったのよ。
「自分が生きていく分には困ってないから、好きにしなさい」
道君、相当困った顔をしてたわ。
それもそうよね、私が彼のことを突っぱねちゃったから。
普通こう言うのって、お願いされる物じゃない。
だけど、私はそうはしなかったから。
生きていたのは良かったことだし、元気になったのも良かったけど、それ以上にはその時の彼には興味がなかった。
彼のことを引きずっていたし、惰性で生きていただけだから。
本気で生きようとも思ってなかったの。早く私も消えてしまって彼と一緒の場所に行きたいと思ってたぐらいだからね。
そして、その翌日、私は驚くべき光景を目にしたわ。
私がのんびりと準備して海岸に行くとね、道君が先にいて、たくさん魚を釣り上げてたの。
それでまた困った顔で、魚が入ったバケツを差し出してこう言ってきたわ。
「俺、捌けないんで……頼んでいいですか?」
釣ったはいいけど、捌けないってどういうことなのって思って、お腹を抱えて涙浮かべるぐらい大笑いしたんだよね。
彼がいなくなってから、こんな笑ったの初めてってぐらい笑ったわ。
道君とはそれからずっとここで暮らしていた。
二人でね。
町の人たちはいなくなってしまったから。
そして、私たちは恋に落ちたわ。
不思議そうな顔ね。
どうしてって顔してるわよ。
夏美ちゃんは……あぁ、まだ中学の時になんだ。それじゃあ、ちゃんとした青春も恋も知らないまま過ごすことになったんだ。
そんな暗い顔しなくても大丈夫よ。
青春なんて過ごさなくても恋は出来るし、人を好きになれるわ。
矛盾している?
そんなことないわ。
気付けるのが早いか、遅いかの違いだけよ。
話を戻すわ。
道君と恋に落ちたところまで話したわね。
二人で求め合ったりしたこともあったけど、そこは割愛するわ。
私の大切な思い出だから、私の胸の内に秘めておくことにする。
そう、貴方達がここに来る三ヶ月程前。
日付はごめんなさい、曖昧なの。
彼はこの世界から消えてしまったわ。
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