第一話 人が消える話 8
ガソリンは使い切ったと言っていたのを思い出す。
それに今、自転車で町々を走り通過していくのにも、リスクが大きい。
一つは食料や荷物に関してで、自転車一つでは多くを運ぶことが出来ない。食料だけを運搬するのならば、一か月とかも可能をかもしれないが、テントや衣類等荷物は様々。だから、一週間程度の量が精一杯だろう。それ以降、道中食糧を確保出来ればいいのだが、実際そうしようとしても知識なく行うことはリスクを大幅に上げることになる。
魚を獣を仕留めることが出来ればいいのだが、そうも行かない場合は、草花や菌類に頼ることになるだろう。
この選択は正しいのだが、知識なく行うと死に直結する。
彰さんに図鑑でどちらがツキヨダケでムキタケなのかというクイズで私は一回死を見る羽目になった。実際に食べたわけではないのだが、間違えて食してしまう可能性は高い。それに医療機関がないので、死亡例が少ないと言っても、今では死ぬ危険性が高い。
それにもう一つは野生動物の存在だ。
ペットだった生き物が野生化して、そこらの野山を闊歩している。風の噂で聞いたことあることだが、動物園で飼育されていた動物たちも一部逃げ出して野生化しているとかも聞く。
そのために野宿をするのにただのテントでは万が一襲われた際に一溜まりもない。逃げるにしては自転車の速度では振り切れるかどうかも分からない。
野犬でも私の自転車を漕ぐ速度は振り切れるのは難しいと思う。だから、山を迂回するように移動したり、危険そうなポイントの情報が必要になってきそうだが、情報は得られる可能性がかなり低い。運頼りの旅になってしまう。
こう言った大きな二つの理由がある。
そう考えると私は相当に運がいい。
寝床はしっかりとしているし、物資の運搬も相応に出来る。
「ガソリンがあった時に、ここを出て行かなかったんですか?」
皐月さんがふふっと短く笑った。
「ここしか知らないの」
ずっとここで生きてきて、これからもそのつもりだったのか。
それともいつかは出て行こうと思っていたのか私には読み取ることが出来なかった。
「あと、去年だったかな。あなたたちみたいに都市部から来た人が教えてくれたんだけど、物盗りとか多いんでしょ?あとは女性一人だと、ね。他にも危ないことあるんじゃない?」
「今はもうそういう人たちは見かけなくなりました。その教えてくれた人が言っていた去年あたりはまだ一部にいるという話を私も聞いたことがある気がしますけど……」
私たちは運良くそういう人に遭遇はしなかった。
もしかしたら、彰さんが遭遇しないように色々注意してくれていたのかもしれない。
町の人とかとたまに話し込んでいたのはそういう情報を得るためなのだっただろうか。
今になってしまえば、それも確かめることが出来ない。
教えてくれた人たちは、もちろん、やっていた人たちの多くはいなくなってしまったのだから。
「危険が多いから、出ていこうって考えたことがない、なんてことはないんだけどね。本当はね、こんな辺鄙な町、出て行こうと思ってたの」
「え?」
思わず、皐月さんの方に振り返る。
「意外って顔してるわね。そんな意外なことじゃないことない?」
声を殺しておかしそうに笑われた。
「だって……」
そんな感じが全然しなかった。
口に出しそうになった言葉を飲み込んだ。
「いえ……意外でした」
同じ女性であるが皐月さんの表情からは心情が読むことが出来ない。
彰さんだったら、私より上手く色々話を聞けるのかなとちょっとだけ落ち込む。
「人がいなくなっていったけど、食べるものはそんなに困ることはなかった。ここって昔から漁とかしてるし、船が出せなくなればみんな、貴方達みたいに釣りを始めたの。それに釣りばかりじゃなくて他の漁の方法を試したりしていた」
遠い目をした皐月さんが口元に笑みを浮かべながら、昔を懐かしむように語る。
「小さい町特有の団結力みたいな物かしらね」
それは私の目からは羨ましく映る光景だ。
「けど、それもあまり長くは続かなかった。人がどんどんいなくなっていくんだもん、当然よね」
世界規模でどれだけの人が消えたのか分からないし、消えたことで起きた災害等でも人は死んでしまっている。
「それで出て行こうと……?」
皐月さんが首を横に振った。
「今までの話はこの町の出来事。私の事情とはそんなに関係のあることじゃないわ」
そういうものなのだろうか。
私の感覚では良く分からない。
「どういうことですか……?」
「そうねぇ……」
そう言いながら、皐月さんが天を仰ぐ。
「もう日が高くなってきたから、話の前にそこの元海の家に移動しない?」
いつの間にか、太陽が大分高い位置に来ていた。
それに対して私は断る理由がない。
「はい、そうしましょう」
私たちは釣り道具を片付けて、移動することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます