第一話 人が消える話 7

 

 〇


 翌日の朝、昨日皐月さんが座っていた波止場で私も釣りをしていた。

 今日も一日天気が良さそうで、空には雲一つない。

 人が出す音がないため、鳥の声や、波の音と言った自然のリズムを強く感じ取れる。

 昼になる前には切り上げて、日陰に入っていよう。

 昔は日焼け止めをしっかりと塗っていた。

 しかし、今ではどこかの民家を探せば見つかるかもしれないが、すぐに手に入る代物ではなくなっている。

 だから、夏が訪れる度に焼かれるがまま、肌を黒くする。昔の自分だったら考えられなかったことだ。

 他にも夏を快適に過ごすグッズの多くを私たち人類は失った。

 エアコンに扇風機といった家電製品は電気が供給されていないので使い物にならないし、アイスや氷といった冷たいものは冷やしておく場所がないため口にすることは出来ない。もう少し私と彰さんに知恵があればそういうものを作ることが出来たかもしれないが、今更それを嘆いても仕方のないことだ。

 徐々に日差しが強くなってきた。

 太陽を睨み付けるようにして見る。

 地球温暖化という問題もこうして人が減っていけば、時が経つうちに解決しそうな気がしてきた。

 物も手に入らないが、それ以上に人がいない。

 病気や怪我をしても手当てしてくれる人がいないため、自分たちで適切な処置をしないといけない。

 夏のこの時期だと、特に怖いのが熱中症だ。

 熱中症にならないように水分は多めに取るようにしているが、症状が出てきたら初期の段階で抑えないと手が施せない。

 昔なら救急車を呼んだりと様々な手段があったが、病院なんていつか前に廃業している。

 建物は残っているが、中で働く人がいない。

 これは病院に限った話ではないのだが。

「今日は一人?」

 後ろから声をかけられて振り向くと、黄色のワンピースに腰にベルトを巻き、日傘を差した皐月さんの姿があった。

 昨日も思ったのだけど、皐月さんの服装は身だしなみに気を遣っているように感じる。半面、私は過ごしやすさを重視して、今日も水着。だから、夏になるといつも日焼け跡が水着になっているわけだが。

「はい、彰さんはここじゃないところに行っちゃったので」

 朝早くに起きた彼は釣り道具一式持って、「行ってくるわ」と一言残して、どこかに歩いていってしまった。

 女の子一人車に置いていくのはさすがに危ないとか考えないのだろうかとよく思う。

「そう……隣いいかしら?」

「はい、いいですよ」

 私が左手で隣にどうぞというように向けると、

「ありがとう」

 彼女が座ろうとした。

 あ、そうだ。

「こんなので良かったら使ってください」

 小さなボロボロに使い古した段ボールを彼女に手渡す。

 地面の上に直接座り続けるとお尻が痛くなるのはずっと前に経験してから、こうして敷いて座るようにしている。

 幸いお店や、家の中には綺麗な段ボールが多く残っているから、ありがたく使わせてもらってるわけだが。

「使わせてもらうわ」

 そう言って、皐月さんは段ボールを受け取り、地面に置いてその上に座った。

 日傘で見え隠れてしまうため、顔が、瞳が非常に見難い。

 だから、彼女の横顔を盗み見たつもりだったが、あっさりと私の視線に気づかれてしまい微笑まれてしまった。

「何か顔に付いてた?」

「いえ、そんなことありません!」

 手をブンブンと勢い良く振り否定する。

 顔を見たかった訳ではなく、昨日見た皐月さんの目の色が本当に変化しているか確かめたかっただけだ。

 今皐月さんは私の方を見ていてくれるから、はっきりと分かる。

 昨日よりも青の割合が強く瞳に出てきていて、今日のように青く澄んだ空のような色をしている。

「可愛い子だね」

 仕草を見て、そう取られてしまったのか。

 子供っぽかったかと、ジワジワと恥ずかしさが込み上げてくる。

 視線を外して、海の方を眺める。

「そんなこと……ありません」

 やはり大人の人には敵わないなとまだ自分が子供であることを痛感する。

 二人旅をして内面的に成長しているはずなのに、子ども扱いを止めてもらえない。やっぱり、胸とか、体の成長がないせいなのかなと自分の貧相な体を見ながら思った。

「……皐月さんはここを離れないんですか?」

「足がないからね」

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