第一話 人が消える話 6
「いいの、あれ?」
「ええ、まぁ大丈夫です」
女性の方に向き直る。
「そういえば、まだ名前も言ってなかったわね。私は片岡皐月。皐月でいいわよ」
初めて目の前の女性、皐月さんが私に笑顔を見せてくれた。
良く焼けた肌に、腰近くまである長い髪が痛んでいる様子はない。少しだけ吊り上がっている眼には力があり、なぜか少しだけ身構えてしまいそうになる。そして、光の角度によって青く見える瞳は美しさを感じる。
皐月さんの表情、広がる海原に青い空、とても絵になる光景だなと一人見とれていると皐月さんから笑顔が崩れた。
どうしたのと言うように小首を傾げられて、慌てて現実に引き戻された。
「あ、わ、私は川上夏美って言います!えと、さっきの男の人は御子神彰って言います」
「よろしくね」
皐月さんが右手を差し出してきたので、私も差し出して握手をする。
「はい!」
自然とお互いの手が離れると、皐月さんは私の背後を気にしているみたいだった。
「追いかけなくても大丈夫?」
先に車に向かっていった彼が、私を置いていってしまわないかと心配してくれているのだろうか。
「それなら大丈夫です、彼はあぁでしたが今まで一度も私を置いていったりはしなかったので」
こう言うわがままは今回が初めてというわけではない。
これまでにも何回かこうしたわがままを言ったことはあるが、不満そうにはするけど置いていったりはしない。
そういうところは彰さん、とても優しいんだよね。
「彼のことよほど信用してるのね」
「こんな風に世界がなってからですけどね、それでも一緒にいた時間が長いですから」
この二年間いなくなることなく、一緒にいてくれた人。
あんなにもぶっきらぼうなのに、手を差し伸べてくれた人だ。
「いい人に出会えたのね」
こんな世界になって良かったことの一つだ。
悲しみとか、負の感情で溢れた世界に対して、神様がお情けでくれた幸福の一つかもしれない。
だけど、それには感謝する。
こうして、私たちを出会わせてくれたのだから。
「それと、さっき信用しないって言ったのは訂正するわ。あれだけの物と車を見れば、ここにあるのは些細なものだろうしね」
「ありがとうございます」
この時代、信用を得ることはとても難しい。
だからこそ、こうして信用してもらえるのはとても嬉しく感じる。
「また明日も会えるかしら?」
「ここら辺で釣りをしてると思いますので、会えると思います」
皐月さんが砂浜を歩き出したので、私はその姿を目で追った。
「消えてなくて、雨じゃなかったら、また明日会えるといいね」
彼女が後ろ手に手を振るのを見て、私も背を向けて車に向かい歩き出した。
車に着くと彰さんは座席を倒して寝ていた。
助手席に乗り込むと、寝ていたと思っていた彰さんが口を開いた。
どうやら、熟睡していたわけではなく、目を閉じていただけみたいだった。
「お前、分かってるのか?」
「……分かってます」
彰さんが座席を戻して、車のキーを回す。
エンジンが動き出して静かだった世界が一気に騒がしくなる。
「何にも分かってねーよ。あいつはもうダメだ」
そう、私達は何も出来ない。
その変化が起きてしまえば私達では手の出しようがないし、阻止することも出来ない。
「あの女、消えるんだぞ」
そう彼女はこの世界から姿を消す。
二日後には確実に。
「誰にも気づかれずにいなくなるなんて寂しすぎます」
消えてしまう瞬間に意識があるのかは分からない。
けど、知らないうちにいなくなってしまう悲しみはもう何度も味わった。
だからこそ、最後ぐらい、消える瞬間ぐらいはしっかりと看取ってあげたい。
誰のためでもない、私のわがままではあるが。
「これぐらいしか私達出来ないじゃないですか」
渇いた笑い声が私の口から漏れた。
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