第一話 人が消える話 5

 先程まで距離があると思っていたが、私が一人短時間だけど思考の海を泳いでいる間に顔が分かるぐらいまで近づいてきていた。

「観光客ってわけでもないわね……流石にこのご時世で」

 遠目からではよく分からなかったのだが、彰さんより少し小さいけど、同性の私からしたら羨ましいほどの身長だった。

 私に頭一つ分とまではいかないが、その半分ぐらいの身長を譲って欲しいぐらいだ。

 私は女性への回答に助けを求めるために彰さんを見るが、お前が説明しろとでも言いたそうな目つきをした後に首を横に振られた。

 そして、思いっきり背中を叩かれた。

 あまりの力強さに「うっ!」と呻き声が少し漏れて、足元がふらつきそうになった。

 本当に彰さんは粗暴だと心の中で詰っておく。

 多分ではあるがお前がどうにかしろ、そう言いたいのだろう。

 叩かないで口で言えば良いのに。

 彰さんに助けを求めるのは多分もう無駄だ。

 だから、私が頑張ろう。

 ううん、頑張らないといけない。

 しっかりと女性を見据えて口を開いた。

「か、観光とかじゃありません! たまたま……そう、たまたまここに来たんです!」

 女性が訝しげな目をして私を見るようになるし、後ろからは溜息混じりに「何言ってんだよ……」と呆れた声を聞かされる。

 私だって、何言ってんだよって思う。

 ぜひ、ツッコミを入れてほしいと思うが誰も入れてくれない。ただ、沈黙が場を支配して、重たい空気になっているだけだった。

 泣きたい。

 出来たら、逃げたい。

 心の中で助けを求めるが、彰さんからの助け舟はない。これでも長い時間居たのに少しぐらい私の心情ぐらい読めるようになっていてほしいとまた詰っておく。

「こんな半島の端にたまたま……?」

 彰さん、助けて。

 心の中で助けを求めるが、彰さんからの助け舟はない。これでも長い時間いたのに、少しぐらい私の心情ぐらい読める様になっていて欲しいとまた彰さんをなじっておく。

 とりあえず、前言の撤回は許されそうにないみたい。

 助けてくれる神様、いませんか。

「えー……と、えっとその、あ、私達色々なところを回ってるんです! それでその、ここら辺来たことないなーって話してて、それでそう、たまたま寄ったんです!」

 話繋がったよね。

 繋がったはずだと思う。

 繋がったと思うのだけど、視線が痛い。

 目の前にいる女性からの視線が未だに痛いのは分からなくもないが、何故後ろからも物理的に刺さりそうな視線を受けないといけないのだろうか。

 彰さん、味方じゃないんですかと心の中で悲鳴を上げておく。

「まぁ……一応ね。一応、そういうことにしてあげるわ……けど、何か本当は目的があってここに来たんでしょ?」

 釣りがしたいから、なんて言って信じてもらえるだろうか。

 私なら信じない。

 当たり前だ。そんなふざけた理由でやってくる人たち、目の前にいる女性が言っていたようにこのご時世でいるわけない。

 どうしよう、どうしよう。

 私が涙目になりかけていると、女性が言葉を綴ってくれた。

「ここに来たって何か乗り物に乗ってきたのかしら?じゃあ、ガソリンとかが目当てなら残念だけど、私が使っちゃってないからね」

「あ、それなら大丈夫です! 私達あれで来たので」

 そう言いながら、遠くに見える自分たちの車のを示す。

「あれはソーラーパネルかしら……? 載せてるの?」

「はい、だからガソリン要らずです」

 そう自慢げに言ってはみたが、何故だか余計に女性からの視線は私達を推し量るような感じになっている。

 あと、後ろで溜息をつくのはやめてもらいたい。

 こっちはこれで必死なのに、ため息つくくらいなら変わってください。

「じゃあ、本当に何が目的で来たの?」

 どうしよう、本当のことを言っても大丈夫なのだろうか。

 いや、けどもうこれは信じてもらうしかないんじゃないか。

 だって、もう言い逃れなど出来ない状況なのだから。

 無言でいては状況を悪化させるだけだ。

 腹を括ろう。

 女は度胸だ。

「その、私達、たまたま来たのは本当なんです……それも、あの、つ、つ、釣りがしたくて出来そうなところを探して……ここまで来たんです……」

 言葉の途中で伏せてしまった顔を上げることが出来ない。

「釣り……? 私をからかってるの?」

「そんなこと!」

 噛み付くような勢いで顔を上げたが、言葉の途中で彰さんが私の頭の上に手を置いた。

「こいつはいたって大真面目にお前の質問に答えたぞ。最初から変な勘ぐりやめて言えばよかったのにとは思うがな」

 助けてくれているのか、貶しているのかどっちかにしてほしい。

 だけど、彰さんの言葉に、頭に乗せられた手に私は安堵していた。

「こいつが言うように俺たちは釣りがしたくてここに来た。道具なら車に載ってる。あと、魚が食べたくなったんだ。最近食べてなかったしな」

 さり気なく私達にして、私も加えるのをやめて欲しいとは思う。

 後半の理由は初耳だ。

 もしかして、車の中でずっとそんなこと考えていたのだろうか。

「信じる信じないは自由にしろ。俺たちはお前の食い物には興味はない。盗りに行くつもりもない。だから、そんな警戒するな」

 彰さんは淡々とした声音で話している。

 面倒くさいという表情を隠そうとはせずに、だが。

「信じる気はないわ。まだあって数分の人を信じちゃうほどのお人好しじゃないもの」

 その言葉を、彰さんが鼻で笑う。

「間違いないな」

 何故か私の頭を数度力を入れず叩いてきた。

「じゃあ、俺たちはあんたの邪魔しないようにしてるさ」

 頭を叩いていた手は肩に下りてきて、行くぞという合図のように一度だけ叩かれた。

 歩き出す直前で彼女の声が私達を呼び止めた。

「ねぇ、貴方達しばらくここにはいるの?」

「俺たちは」

「しばらくここにいます!」

 彰さんの言葉を遮るようにして振り返り、声を張る。

「おま」

「ね、そうでしょ?」

 彰さんの顔を覗き込むように見上げると、機嫌の悪そうな顔を隠そうとしないで浮かべていた。しかし、一つ舌打ちするだけで背を向けて海パンのポケットに無造作に手を突っ込み、大股で歩いていってしまった。

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