第一話 人が消える話 3
「うわぁ……すごい……」
久しぶりに見る砂浜。
元々海とは縁遠いところに住んでいた私にとっては海はいつでも好奇心をくすぐられる。これまで何度も海は見てきたけど、その度に何度もこうしたリアクションをしてきた。だけど、それでも飽きることはない。
海なんて滅多に行くことがなかった。
海に行くよりもプールの方が近かったのもあるが、両親の仕事の都合もあって、家族揃って遠出が難しかったのもある。
だから、私にとっては家族揃ってプールに行くのは年に一度あるかないか。海なんて、幼い時に行った朧気な記憶しかない。
それも中学に入ってからは部活動等が始まって、予定が合わせられなくなり、行くこともなくなった。
だから、彰さんとこうして回るようになり、海を見ても新鮮さを失うことがないように思える。
「海水浴場か」
そう彰が言い、車がゆっくりと速度を落としていく。
ゆっくりと停止していく景色の中、遠く波止場の方で白い影が揺れているように見えた。
見間違えたと思ったが、再度見てみるとやはりそこには白い影が揺れている。
「ねぇ、彰さんあれって……」
「何のこと言ってんだよ」
え、彰さんには見えてないのか。
いや、そんなことはないはずだ。
ただ、まだ目視出来てないだけなんだと自分に言い聞かせた。そして、頭をブンブンと横に振って思い浮かんだ可能性を強く否定する。
「だから、波止場の方に見えるものなんですが……」
「どこにも何も見えねーよ」
「あそこです! あそこ!」
運転席の方に身を乗り出すようにして、指で示す。
しかめっ面をした彼は目を細めて睨み付けているが、一向に分からないらしい。
「だから、何も見えないって」
「なっ!?」
距離がかなりあって、見難いのは否定しないが、見つからないのはおかしい。
「あそこですよ! ちゃんと見てください!」
運転席側のガラスに指を当てて何度もその場所を示すが、やはり彰さんには見つけられないみたいだ。
「彰さんって目悪いんですか?」
癇に障ったのか、鋭い目つきで睨み付けられた。
「悪かったら、裸眼で車の運転するわけないだろ。近眼だったら命が何個あっても足りやしねーし」
それもそうだ。
それに彰さんの目はいい方だと思う。
それじゃあ、私が見つけたのはもしかして、もしかして……
除外した可能性が再度有り得る可能性として浮上してきた。
一番考えたくなかったことだ。
「お前さ、ゆ」
「言わないでください!」
本当にこの人はデリカシーがない!
言葉にしたら、本当にその可能性が高く感じてしまうじゃない。
せっかく、私が考えないように、言わないようにしていたことなのに。
「まだお昼じゃないですか、出てくるにしても早すぎます。だから、幽霊じゃありません!」
きっぱりと否定しておく。
「じゃあ、何なんだよ」
幽霊じゃないとしたら一つしかないじゃない。
「人ですよ! まだ、消えてない人が残っていたんですよ!」
訝しげな顔をして彰さんは私を見てくる。
「んなわけねーだろ」
彰さんに対してグッと体を寄せて、上目遣いになるように覗き込む。
「何のつもりだ?」
「い、行きたくなるかと思って……」
「なると思うか?」
やってる私の方が恥ずかしくなってきたのでちょっと体を離す。
「と、とりあえず、確かめにいきましょう」
「は? 何でだよ」
本気で嫌そうに顔を歪められた。
「だって、そうしないとお互いに話が平行線じゃないですか」
「それでいいだろ。それに通り過ぎたらそれで終わりだ」
私は足下に置いていた麦わら帽子と白いパーカーを手に取る。
「せっかく人がいたんですよ!だから、確かめにいきましょう!」
「……このクソ暑い中を外に出てか?」
「はい!」
笑みを浮かべて、元気良く答える。
恨めしそうにこちらを彰さんがしばらくこちらを見てきていた。だが、肩を落として諦めるように大きな溜息をついた。
「……はいはい、行けばいいんだろ」
彰さんがシートベルトを外すのを見て、私もシートベルトを外す。
「何もなければすぐに出るぞ」
「はい!」
ドアを開けると眩い太陽光線が私達を照射してくる。
日焼け止めはもうとうの昔に尽きてしまったために、直射日光を受ける範囲を狭めるために白のパーカーを着て、麦わら帽子を身につける。
「それじゃあ、行きましょう!」
「……ったく、ただでさえ暑いのに、お前まで暑苦しいなんて」
私に対する憎まれ口は今回だけは聞き逃してあげる。
二人並んで波止場に向かって歩き出した。
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