番外編『テディベアブルース』前編

-1.disappointment-


 ウチの弟(20歳・大学生)は、姉の目から見てもかなりの“叔父バカ”だ。


 「ありすちゃ~ん、メリークリスマス! はい、これプレゼント」

 彼から見れば姪にあたるウチの小学5年生の娘に、誕生日その他のイベント毎に色々なものを買って来てくれる。

 たぶん、歳の離れた姉であるあたししか兄弟がいなかったから、娘は彼にとって9歳違いの妹みたいなものなのだろう。

 そのこと自体は微笑ましいと言えるのだろうけど……。


 「ぃやぁ、お兄ちゃん、バイト代奮発してこんなモノ買って来ちゃったよ!」

 いや、まだ学生なんだから、どう考えても金額が5桁に届いているだろう、そんな大きなクマのぬいぐるみまで買って来なくても。もっと自分とか、カノジョとかのためにお金は有効利用していいのよ?


 「フッ……亜由美姉さん、カノジョがいたら、クリスマスイブに、嫁いだ姉のお家にわざわざ遊びに来ると思いますか?」

 ──ごめんなさい。

 そう言えば、この子、昔から妙に異性関係の要領が悪かったわね。


 それに対して、ウチの娘は背伸びしたい年頃とでもいうのだろうか。


 「“ちゃん”付けは止めてください、おじさん。私、もう11歳なんですから」

 最近、妙にセメントな対応をするようになっていた。


 「それに、ぬいぐるみなんかで喜ぶほど、子供じゃありません」

 “おじさん”と呼ばれて落ち込む(まぁ、確かに20歳になったばかりでオジサンよばわりは微妙に傷つくだろう)マイブラザーに、追撃のクリティカルヒット!


 「こら、亜梨子、なんですか、その態度は!」

 流石に親として注意したけれど、娘はプイと顔をそむけて部屋を出て行ってしまった。


 「ゴメンなさいね優樹。あの子、最近、なんだか反抗期みたいで」

 「い、いや、いいんですよ、姉さん。事前に希望の調査を怠った僕にも非がありますから……」

 口ではそう言いながらも、姪っ子にせっかくのン万円もしたクマのぬいぐるみを受け取ってもらえなかったコトに、弟はショックを隠せない様子だ。


 「これ、置いていきますから、ありすちゃんが気に入らないようなら、応接間のインテリアにでもしてください」

 そろそろお夕飯時で、夫が仕事から戻ったらささやかながらクリスマスパーティーをしようと思っているのに、ふらふらと家から出て行く弟。

 無論引き留めたのだけど、「ありすちゃんも、あんなコト言ったあとに僕と顔を合わせづらいでしょうから」と、こんな時だけ気遣いの良さを見せて帰ってしまった。


 その後、夫が帰宅したので、自室にこもっていた娘も呼んで、一家揃ってのクリスマスパーティを始める。


 「おや、今日は優樹くんが来るって言ってなかったか?」

 「それがねぇ、亜梨子に言われたことがショックだったみたいで、帰っちゃったの」

 チラリと娘の方に視線を向けると、ビックリしたように目を白黒させている。


 「えっ!? お、おにいちゃ……じゃなくて、おじさん、帰ったんですか?」

 ははーん、なるほど。察するに、「自分も本当はおにいちゃんと呼びたいけど、大人ぶりたい年頃としては、ちょっと気恥ずかしくて、ついつれない態度をとってしまった」ってとこかしら。


 「おいおい、亜梨子、いったい何を言ったんだい?」

 夫の呆れたような問いに、娘はふいと視線を逸らす。


 「──別に、事実を正直に言っただけです。私、もうプレゼントにぬいぐるみなんかもらって喜ぶほど、子供じゃありませんから」

 ああ、なんだか意固地になってるわね。今更あとに引けないってトコかしら。そういう悪い点は母親あたしに似なくてよかったのに。


 夫に目配せすると、あたしの意を汲んでくれたのか、「しかし、内容はともかくプレゼントをもらった以上、お礼を言うのは“大人としての”礼儀だぞ」と、たしなめてくれた。


 「──そう、ですね。確かに、せっかくもらったモノを突き返すのは、大人げありませんでした。反省します」

 “大人”というポイントを突いたのがよかったのか、娘も自分の非を認めているようだ。


 「だったら、あとで優樹に謝っておきなさいね。せっかくのクリスマスに姪っ子にすげなくされて、あの子、相当落ち込んでたから」

 「はい。あのぅ、お母さん、おに…おじさん、そんなに落ち込んでたんですか?」

 「ええ、そりゃあね。あの子にとってあなたは、姪というより可愛い妹みたいなものなんだもの」


 「だからおにいちゃんと呼んであげる方が喜ぶわよ」と暗に伝えたつもりだったんだけど、娘は難しい顔をして考え込んでいる。


 「妹……そうですか。ええ、わかりました。あとで、謝罪のメールを出しておきます」

 その後、心なしか娘のテンションが下がったこともあってか、クリスマスパーティはあまり盛り上がらず、まもなくそのままお開きとなった。


 「さて、亜梨子の方はアレでいいとして、あとは優樹のフォローね」

 パーティの片付けを一通り終えた後、あたしは台所でちょっと思案する。


 「──久しぶりに、アレ、使ってみようかしら」

 唐突ながら告白すると、あたしこと立花(旧姓・武内)亜由美は魔女のハシクレだ。

 より正確には、実家である武内家が魔法使いの家系(ただし女のみ)で、多少なりともそういう関連の知識と技術の心得がある、と言うべきか。


 とは言え、あたしの才能は大したものでもなく、どこぞの魔女な奥様みたく派手な真似ことはできないんだけどね。

 それでも、昔からのコネがあって、こういうときに頼りになる知り合いと連絡もとれる。


 「もしもし、西条さんのお宅ですか? わたくし、立花と申す者ですが……あら、望美ちゃん、お元気? ええ、そうなの、お母さんに替わってくれるかしら」

 電話の向こうで娘から受話器を受け取った“現役魔女”に要件を伝えると、すぐにこういう状況で“使える”モノを送ってくれることになった。


 待つことおよそ5分でスマホにメールが届く。

 添付ファイルを展開すると、あたしの要望に沿った“魔法陣”の画像が表示された。


 「ふむふむ、これがこうで、そっちがこうだから……」

 昔取った杵柄、少女時代に習った記憶を頼りに陣に組まれた術式を解析して、おおよその発動手順を理解する。


 「この魔法が枯れた現代で、これだけの術式が組めるんだから、眞子の家系って大概チートよねぇ。長女の望美ちゃんは眞子以上の才能があるらしいし」

 まぁ、今更、魔女稼業に未練はないけど。


 ともあれ、あたしは久しぶりに体内の魔力を活性化させて、スマホに表示された魔法陣へと流し込む。

 すると、まるでホログラムのように陣自体が空中に浮かび上がり、徐々に輝きを増したかと思うと、二筋の光となって何処へともなく飛び去った──いや、どこに行ったかは、術者であるあたしはもちろん知ってるんだけどさ。


 魔力の行き先は、ご想像の通り、娘の亜梨子と弟の優樹だ。

 魔法の目的は……娘と弟を、ちょっぴり不思議なシチュエーションで和解させること、かしらね。



-2.Rewind-


 その日、「彼」は報われない自分の行動を嘆きつつ、ひとり寂しくコンビニで買ったケーキとチキンを食べ、シャンパンを自棄気味に煽って、そのままベッドにブッ倒れて眠りについたはずだった。


 しかし……。


 * * * 


 「……ぃーすー、冬休みだからっていつまでも寝てないで、そろそろ起きなさーい」

 遠くから耳慣れた懐かしい声が“自分”を呼んでいる声がする。

 でも、今くらいはこの温かい布団にくるまれて安らかな微睡みにたゆたっていたいのだ。


 「こら、亜梨子!」

 バタン! とドアが開けられるとともに、いきなり布団を剥ぎ取られる。


 「ふひゃあっ! な、なにごとォ!?」

 「なにごと、じゃないわ。もう、9時半よ。いい加減、起きなさい!」

 目の前には、見慣れた年上の女性が両手を腰に当てて、ちょっと呆れた顔をしている。


 「あ……」

 この人は……。


 「おかあ……さん?」

 そう、「わたし」の「母親」である亜由美姉さんだ

 ──あれ、今何かおかしくなかった?


 「さ、目が覚めたんなら、さっさと起きて身支度しなさい、亜梨子」

 え? 亜梨子? それが「わたし」の名前……だよね、うん。朝からなにボケてるんだろう。


 「おはようございます、お母さん」

 「はい、おはよう。もう朝ごはんできてるから早くしてね」

 「はーい!」

 まだちょっと眠かったけど、思いきってベッドから下りる。


 ──うーん、ちょっとだけベッドがきゅうくつな感じ。成長期だから背が伸びたのかなぁ。まぁ、別に手足を縮こめないと寝られないってわけじゃないから、まだいっか。


 うーんっと伸びをしてから、水色のパジャマのボタンを外して、昨日寝る前に勉強机の上に置いておいた白のキャミソールとイチコのワンポイントの入ったショーツに着替えることにした。


 「はぁ~~ぜんっぜん、おっきくなってない……」

 キャミソールごしに、いっこうにふくらむ気配のない胸を見てため息をつく。


 (いいもん、お母さんはそれなりにオッパイ大きいほうだから、わたしだって大人になったら、たぶん……うん、きっとだいじょうぶ)


 自分に言い聞かせながら、タンスから出したお気に入りのふだん着──青い長そでカットソーと茶色のキュロットスカートに着がえようとしたところで、ふと今日が何の日か気づいた。


 「あ! 「今日はクリスマスイブ」だよね!」

 毎年、イブの日は家族3人と優樹お兄ちゃん(ホントはお母さんの弟だから、わたしから見たらおじさんなんだけど、まだ若くてカッコいいから、そう呼んでるんだ♪)で、夕方からクリスマスパーティをするのが習慣になってる。

 そのこともあって、もっとオシャレな服にしようかなって考えたんだけど……。


 「まだ早いよね? 汚したらヤだし、お昼ごはん食べてからにしようっと」

 わたしは、最初の予定どおりカットソーとキュロットに着がえ、お兄ちゃんの来るころに合わせて着がえるつもりのワンピースをタンスから出して壁のフックにつるしておいた。


 「ありすー」

 「はーい、いまいくー!」

 1階から呼ぶお母さんの声に返事して、わたしはダイニングに下りて行った。


 * * * 


 その日の立花家の様子は、本人たちから見れば、ごくありふれたクリスマスイブの一日だった。


 「ごちそうさまー」

 父親は出勤済みのため、母親に見守られながら、この家のひとり娘である“亜梨子”は、メープルシロップをたっぷりかけたホットケーキとミルクココアという朝食を美味しそうに平らげる。


 「はい、お粗末様。それじゃあ、亜梨子、歯を磨いてからでいいから、いつも通り自分の使った分の食器はキチンと洗ってね」

 母である亜由美は、「5年生なんだし、そろそろ家事のお手伝いもさせないと」と考えているようで、最近こんな風に食器洗いや簡単な料理の下作業などを手伝わせることが多い。


 「はーい」

 “亜梨子”自身も、「女の子なんだから、お料理とおさいほうくらいはできたほうがいいよね」と肯定的にとらえているようで、文句も言わずにお手伝いに勤しんでいた。


 皿洗いが終わった後、自室に戻った亜梨子は、学習机に向かって冬休みの宿題を片付け始める。


 「『縦7センチ、横5センチ、高さ9センチの直方体の体積を求めなさい』──えーと、7×5×9だから……315立方センチ、でいいのかな?」

 飛び抜けた天才というわけではないものの、クラスで3番目くらいには入る優等生なので、特に詰まるところもなく、スラスラと問題を解いていく。


 「ありすー、そろそろお昼にしましょうか?」

 「ちょっとまってー、この問題といたらいくから!」

 正午を過ぎた頃、階下にいる母の呼び声を聞いて、急いで解きかけの問題を終わらせると、“亜梨子”は、今日の勉強はここまでとドリルや教科書を片付けて1階に降りていった。


 「今夜はごちそうだから、お昼は軽めのものの方がいいかしら」

 亜由美の意向で、今日の昼食はサンドイッチにするようだ。


 「亜梨子は、トマトとキュウリを切ってくれる? ……包丁、大丈夫?」

 「だいじょうぶだよ~、このあいだ、家庭科の調理実習でサラダも作ったし」

 その言葉どおり、やや手つきがあぶなっかしいものの、特にケガやミスをすることもなく、“亜梨子”は無事に野菜を切り終えた。


 「ご苦労さま。じゃあ、今度はゆで卵の殻を剥いてちょうだい」

 「うん、わかった」

 どうやら野菜サンドと玉子サンドを作るようだ。

 その後も、自家製ドレッシングのつくり方や、ゆで卵を玉子サンドの具にするために刻んでマヨネーズと塩胡椒を混ぜるといった手順を“亜梨子”が母から教わりつつ、昼食であるサンドイッチが出来上がった。

 早速、母娘ふたりでランチにする。


 「んぐんぐ……ふぅ、ごちそうさま」

 「あら、亜梨子、それだけでいいの?」

 「うん、だって夜はクリスマスパーティだから、あんまりおなかいっぱいにしたくないし……」

 (あんまりおデブさんだと、お兄ちゃんにキラわれちゃうから)と、心の中で呟いてるあたり、幼くとも乙女というところか。


 「あらあら♪ まぁ、このくらいなら問題はないかしら」

 “娘”の心理などお見通しな亜由美は、クスリと笑いながらも、それ以上追及はしなかった。


 昼食のあとは、“亜梨子”は近所に住む友達の家へと遊びに行き、別の友達も交えて3人で少女マンガを読んだり、トランプやUNOをして遊んだ。


 「え~!? 知夏ちゃん、まだ『プリティーキュート』見てるの~?」

 「い、いいじゃない、あたし、ああいう話が大好きなんだモン!」

 「5年生にもなって『プリキュー』って……亜梨子ちゃんはどう思う?」

 「え? わ、わたしは──そのアニメのことはよく知らないけど、べつに人それぞれじゃないかなぁ。ウチのお母さんなんて、今でも『パステルしんちゃん』を楽しそうに見てるし」


 実は自分も家で『プリキュー』を見ているクセに、それを隠してどっちつかずの優等生な返事をしてしまう“亜梨子”だったが、友達ふたりは「さっすが、亜梨子ちゃん、オトナなはつげーん」と感心した目で見ている。


 そんなこんなで、友達と楽しいひと時を過ごした後、4時過ぎに家に帰った“亜梨子”は、母親の手を借りつつ、朝用意しておいた服に着替えた。


 全体に薄い桃色で、紅いレース飾りとフリルが満載の、ドレスと言っても過言ではないような長袖ロングスカートのワンピースは、父親にねだって先日買ってもらったもので、“亜梨子”は非常に気に入っているのだ。

 そのままだと少し寒いので、ハート模様の入った赤い肩掛ストールを羽織り、足元には赤と臙脂と桜色で構成された格子柄のタイツを履く。


 「せっかくだから、髪の毛もいじってあげるわ。こっちに来なさい、亜梨子」

 母の部屋の化粧台前のストールに座ると、肩にかかるほどに伸びた焦茶色の髪をブラッシングされ、仕上げに紅白ツートンカラーの大きなリボンで髪を結わえられた。


 「ほら、できたわ。うーん、我が娘ながら、なかなかイイ感じじゃない?」

 促されるままに鏡の中をのぞき込むと、「いかにもクリスマスパーティ向きのおめかしをした可愛らしい女の子」が映っている。


 「ふわぁ~~わたしじゃないみたい。ありがとう、お母さん!」

 「ふふふ、お礼なら、そのお洋服を買ってくれたお父さんに言いなさいね」

 「はーい」


 そして待つことおよそ30分。


 ──ピンポーン♪


 「こんにちは、姉さん、ご無沙汰してます。それに、アリスちゃんもこんにちは」

 いつものラフな格好と異なり、幾分トラッドなスーツを着た“武内優樹”が到着した。


 「あ、お兄ちゃんだ! いらっしゃいませー!」

 うれしそうに飛びつく“亜梨子”。


 「小学5年生にしては随分長身な姪より数センチ小柄な青年」は、しかしながら「自分より大柄な女の子」を小揺るぎもせずに抱き止め、あろうことかそのまま抱き上げてクルクル回ってみせる。


 「キャア、お兄ちゃん、下ろしてー!」

 悲鳴をあげる“亜梨子”だが、言葉の割に嬉しそうな表情をしているので意外に満更でもないのだろう。


 「いやぁ、ゴメンごめん、アリスちゃんが可愛らしいから、つい、ね」

 爽やかに笑いつつ、若き“叔父”は“姪”を床に下ろす。


 「もぅ、優樹お兄ちゃんったら……わたし、もう、子供じゃないんだからね!」

 「ああ、それは失礼。では、お詫びにというワケでもないけど──メリークリスマス! ミス・アリス、こちらをどうぞ」

 芝居がかったポーズで一礼すると、“優樹”は足元に置いた荷物から綺麗な緑と赤の包装紙でラッピングされた大きなプレゼントを“亜梨子”に手渡す。


 「ふぇっ!? あ、ありがとう。何だろコレ……開けてみてもいい?」

 半ばは叔父に、半ばは母に問いかけるような視線を向ける“亜梨子”。

 両者の同意が得られたので、パリパリと慎重に包装紙を開いていく。


 「──ぅわぁ、おっきなクマさんだぁ♪」

 中から現れた高さ1メートルはありそうな大きなテティベアのぬいぐるみに、“亜梨子”は歓声をあげて頬ずりする。


 「お兄ちゃん、ありがとう! 大好き♪」

 「ははっ、喜んでもらえたようで、ボクも嬉しいよ」

 優しく微笑む“叔父”の顔を見て、“亜梨子”は胸がキュンとなる。


 (あぁ、やっぱり、わたし、お兄ちゃんのことが好きなんだ……)


 それはファザコンというよりブラコンに近い感情なのだろう。

 また、この年代の女の子特有の「同級生の少年たちがガキっぽく見えて、大人の男性に惹かれる」傾向の発露だと言えるかもしれない。


 それでも、今この時、“亜梨子”が叔父であるはずの“優樹”を異性として意識し、LIKEではなくLOVEよりの好意を抱いていることも間違いない事実であった。

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