番外編『テディベアブルース』後編
-3.satisfaction-
「はぁ~、今日は楽しかったなぁ」
9時ごろにパーティが終わってからも、なんだかんだ言って起きてたんだけど、11時になって「さすがにこれ以上遅くまで小学生が起きてるのはよくないって言われたから、わたしは自分の部屋に戻ってベッドに入っていた。
「優樹お兄ちゃんからステキなプレゼントがもらえたし、お兄ちゃんにドレス姿がかわいいってほめてもらえたし♪」
しかも、遅くなったから今夜はお兄ちゃんはウチに泊まるんだって!
明日の朝もお兄ちゃんに会えるというのが楽しみでしかたない。
──うん、わかってる。わたしだって、もうちっちゃな子じゃないもの。
お兄ちゃんがホントは叔父さんで、わたしは、どんなにがんばってもお兄ちゃんの恋人やおヨメさんにはなれないってことも、ちゃんと知ってる。
(でも……せめてお兄ちゃんに「そういう人」ができるまでは、妹分の立場で甘えててもいいよね?)
わたしは自分にそう言いわけしながら、さびしい気持ちをふりはらって、ギュッと目を閉じて眠りついた。
* * *
そして、12月25日の朝。
「ふぅ、どうやら巧くいったみたいね」
朝食の席で、寝床から起きてきた娘と弟の様子を何食わぬ顔でうかがいつつ、立花亜由美は心の中でホッと安堵の溜息をついていた。
昨晩は、旧友の“魔女”に依頼して作成してもらった魔法陣を利用して、亜由美は「ふたりの立場が入れ替わった状況を夢で見せる魔法」を亜梨子と優樹にかけて、互いの気持ちを実感させたのだ。
この魔法の秀逸な点は、夢でありながら記憶が明確に被術者に残る──のみならず、現実にも夢の状況の一部が反映される点だろう。
その証拠に、昨日は自宅に帰ったはずの優樹が、今朝は立花家の客間から起き出して来たし、応接間に飾られていたはずのクマのぬいぐるみは、今朝、娘を起こしに部屋に行くと、娘がしっかり抱いて寝ていたのだから。
久しぶりに魔法を使ったので、うまくいくか少々心配だったのだが、朝食の席でのふたりの仲睦まじい様子からも、両者が互いを想う気持ちを再確認したことは間違いないだろう。
無論、亜梨子が優樹に抱いている複雑な思慕の情には、亜由美も気づいていたし、思うところがないではない。
しかし、今のままなら「ちょっとブラコン気味なおマセな小学生の片思い」の範疇だし、さしたる問題はあるまい。成長するにつれ、兄(叔父)離れして、誰かいい人を見つけてくれるだろうし……。
(万が一、数年後も本気で、両想いになったとしても、絶対アウトってワケでもないのよね~)
本人も知らないが、実は優樹は亜由美の父の再婚相手の連れ子なので、直接的な血縁はないからだ。
無論、周囲の目やなんやかやで色々難しい状況であることは間違いないが、法的にはギリギリセーフ──というか抜け道があるのも事実だった。
(ま、亜梨子もまだ11歳だし、あと5年はそういう心配するのも無粋かしら)
内心で肩をすくめつつ、亜由美はにこやかにふたり──娘と義弟に「ミルクティーのお替りいる?」と尋ねるのだった。
──しかし。
旧友の魔女とその娘が、昨晩、こんな会話を交わしていたことを、
「あら……ねぇ、お母さん、先ほど立花のおば様に送られたこの術式の此処、ほら、持続時間の部分が“一晩”じゃなくて“一年”になってますよ」
「え!? あ、ホントだぁ! はぁ~、ウッカリしてたわね。
ま、痩せても枯れても、あの子も魔女のハシクレ。魔法解除くらいは自分でできるでしょうし、何か問題があれば連絡がくるでしょ」
「お母さんがそう言うなら、それで構いませんけど……」
無論、西条家に立花家から連絡が来ることはなかった──術者である亜由美までが、すでに自分のかけた術の効果に呑み込まれて、亜梨子を“優樹”、優樹を“亜梨子”だと認識していたからだ。
亜梨子たち自身や、周囲の人間に関しては言わずもがな。
なまじ優樹が小柄(163センチ)で童顔、対照的に亜梨子が小五にしては長身(158センチ)で大人びた顔つきなことも、周囲にさほど違和感を感じさせない一助となっていた。
その結果、立花亜梨子と武内優樹は、それ以来、本人達も気づかないまま、1年間その立場を交換して暮らすことになったのだった。
-4.After 5 years-
目に鮮やかな紅葉が散り、頬を撫でる風に涼しさより寒さを感じ始める10月末の土曜日の午後。
本来は休日なのだが、思いがけぬトラブルがあって会社に呼び出された「武内優樹」と呼ばれる“青年”は、無事にトラブルの処理を終えて、自宅への道を急いでいた。
その足取りがいささか足早なのは、先ほど自室で可愛い恋人が待っていてくれるとメールがあったからだ。
そう、“彼”には恋人、それも部屋の合鍵を渡すほど親しい仲の女性がいる。いや、女性というか、まだ高校一年生なので“少女”と言うほうが適切かもしれないが。
25歳(ということになっている)“青年”との歳の差は9歳。人によっては「犯罪スレスレじゃないか!?」と騒ぐかもしれないが、生憎、男女両者の両親共公認の仲だ。
もっとも、その恋人の母親は“青年”の姉(ただし血はつながっていない)のため、実質全員身内みたいなものだが。
“青年”は、恋人と想いを通じ合った直後、“彼女”の親である姉夫婦のもとへ覚悟を決めてふたりの関係を告白しに行った時のことを思い出す。
「──姉さん、大事な話があるんだ」
意気込む“青年”だったが、(血はつながらないとは言え)姪である少女との交際は、あまりにもあっさりと了承される。それどころか……。
「ていうか、アンタたち、まだつきあってなかったの!?」
逆に、そう聞き返される始末だ。
恋人の父親にして義理の兄からは「キミなら大丈夫だとは思うけど、あの子を泣かせたらタダじゃすまないよ」と言う脅しめいたお言葉をいただきつつも、すんなりOKがもらえたのだから、十分有情だろう。
そんなワケで、周囲公認のJKフィアンセがいるという羨ましい境遇の“青年”──武内優樹だが、先ほど会社からの帰り際に、その恋人──立花亜梨子から「お部屋で待ってるから、寄り道しないで帰って来てきてね♪」というメールがスマホに入ったのだ。
可愛いかわいい姪っ子兼恋人が待っているとあっては、直帰せざるを得ない。
可能な限り急いで、とあるマンションの5階(就職すると同時に実家を出たのだ)にある自室へと戻って来る優樹。
──カチャカチャ……ガチャッ!
「お待たせ亜梨子、今帰った、よ……」
手際よくドアの鍵を開け、笑顔で自室の玄関に入った優樹だったが……。
「お、お帰りなさいませ、ゆう…じゃなくて、旦那様」
どこぞのメイド喫茶にでも迷い込んだのかと思わせる台詞と、目の前の光景に、思わずポカンと口を半開きにして呆気にとられる。
そこにはメイド服を着た亜梨子が、顔を少し俯かせながら立っていた。
それも、ビクトリアン調の長袖ロンスカの正統派メイドではなく、襟ぐりが深くてスカート丈が思い切り短い、いわゆる“フレンチメイド”タイプだ。
あまり露出の多い系統の服は好まない恋人の、ふだん目にすることのない鎖骨から胸元にかけての肌、とくに豊かとは言わないまでもそれなり(Bカップ位か?)程度には膨らんだ胸の谷間が目に入り、思わず優樹の視線は釘づけになる。
「ど、どうでしょう、旦那様? お気に、召したでしょうか?」
けれど、恥ずかしげにそんな言葉を口にする亜梨子の顔が耳まで真っ赤になっているのを見て、ようやく我に返った。
「あぁ、うん、とっても可愛いしセクシーだけど……」
元々の大人びた顔立ちに加え、軽く化粧も施している今の亜梨子は、長身であることもあって、“16歳”という年齢以上に妖艶に見える。
思わず抱きしめたい、押し倒したいという衝動に駆られつつも、ギリギリで自制心を保つ優樹。
「その……亜梨子、どうしたのそれ?」
「に、似合いませんか?」
「いや、とても似合ってるとは思うけど……」
泣きそうな顔になる恋人の様子に、慌てて優樹はそう答える。
無論、亜梨子へのフォローというだけでなく、実際よく似合ってもいたのだ──本音を言うなら、このまま寝室に連れ込んで押し倒したいくらいに。
「えーっと、どうしていきなりそんな格好を?」
「──前に優樹さ……じゃなくて旦那様の部屋のベッドの下に、こういう格好の女性がたくさん載ってる写真集がありましたので」
「おぅふ……」
「そのテのコトは触れずにスルーするのがマナーですよ、亜梨子さん」と思いつつも、性癖そのものは否定できない優樹。
とは言え、長年、妹分として可愛がってきた姪に対して、いかに恋人になったからと言って即座にコスプレエッチを仕掛けるほど優樹はエロゲ脳ではなかった。
まぁ、単なるヘタレなのかもしれないが。
ところが。
「えっと……そ、それでは、旦那様、お食事にされますか? お風呂にされますか? それとも──わたしになされますか?」
平静を装いつつも、内心は割とギリギリで理性を保っているところに、(たぶんワザと)前屈みになって胸の谷間を見せつけつつ、上目づかいにそんなコトを口にされては、どんな聖人君子だとて暴走モードに入ろうというものだ。
(僕は………僕はぁっっ!)
フラフラと酒に酔ったような足取り恋人に近づいていく優樹。
無論、“誘った”側である亜梨子の方も逃げたりはしない。
──その後、ナニがあったのか皆さんのご想像にお任せしよう。
ひとつだけ付け加えるなら、優樹が遅めの昼ごはんを食べる時間が、さらに1時間以上遅れることになったことは確かだった。
* * *
「──亜梨子?」
恋人が
彼女の身体をタオルとティッシュで軽く拭き、ベッドに横たえると掛け布団をかけてそのまま休ませる。
少し喉の渇きを覚えた優樹は、寝室から出て、台所の冷蔵庫から緑茶のペットボトルを出して口にしていた。
「また、ヤッちゃったなぁ。まぁ、いざとなったら責任はとろう」
決意を口にしてから、クスリと笑う。
「しかし、まさか僕が──私が“女の子を妊娠させて責任を取る”側になるなんてね」
そう。
実は、あの“一夜……ではなく術式の間違いで一年間続く立場交換”から5年の歳月が流れても、優樹と亜梨子の立場は未だ交換されたままだった。
いや、より正確には、単なる立場のみの交換に留まらず、現在ではその肉体すらも現在の立場にふさわしいモノに変化し、元亜梨子の優樹はれっきとした成人男性、元優樹の亜梨子はミドルティーンの少女にしか見えない姿になっているのだが。
本来は、あの母の知り合いの魔女が作った術式の通り1年経てば元に戻るはずが、こんな
“弟”という立場を活かして巧みに“姉(本当は母)”から話を聞き出し、実は自分達の家系が魔女の血を引いていることと、今なお魔法を十全に使いこなす家系も存在することを突き止める。
そして、慎重に推理と調査を重ねた結果、ついに西条家にまでたどり着いたのだ。そこで彼/彼女が願ったのは、彼&彼女にかかった魔法の解除──ではなく。
「えっ、「今の立場のまま固定してほしい」?」
「はい。できますよね?」
「そりゃあ、できないこともないけど……」
渋る西条眞子をなんとか説き伏せ、「亜梨子になっている優樹にも、このままでよいか確認すること」を条件に、立場交換の魔法を永続化する品を譲って(正確には売って)もらったのだ。
無論、その後、眞子との約束通り、“亜梨子”な優樹に確認はとった。
「ねぇ、亜梨子。君は自分が幸せだと思うかい? 今の暮らしに不満はないかい?」
「? うん、幸せだし、特に不満はないですけど……」
大好きな“お兄ちゃん”に唐突にそんなコトを聞かれて、“亜梨子”は目を白黒させていたが、それでも現状を肯定する答えを返した。
「そうか。うん、それならいいんだ」
「?? ヘンなお兄ちゃん……」
「亜梨子にもちゃんと確認をとった」“彼”は、後顧の憂いなく、眞子が作った魔法陣を作動させ──“彼ら”は仮初にではなく本物の優樹と亜梨子となった。
その後、半年ほどかけてふたりの肉体はゆっくり変化していき、次のクリスマス(本来なら元に戻るはずの時期)には、完全に“21歳の男”と“六年生の女の子”にふさわしい姿になっていたのだった。
元亜梨子が何を思って優樹になりきることを選んだのか、余人にはわからない。
実は性同一性障害の傾向があったのか、男性としての暮らしが快適で手放したくなかったのか、はたまた優樹[真]と恋愛関係になるには自分が男の方が都合がよいと考えたのか、はたまたそれ以外の理由か。
それでも、“彼と彼女”は無事結ばれ、互いの親公認の恋人同士になれたのだから、“あの時”の優樹(亜梨子)の選択は少なくともそう悪いものではなかったのだろう。
微かな
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