吸血鬼 14



 

「行くぞ」


 マデリアスはブラッディソードを片手で構え、空いているもう一方を口元に寄せる。


「ヒヒッ!」


 と引き攣った嗤いを見せて斬りかかって来ると、その口元には鋭い犬歯が生えるマウスピースが嵌められていた。




 人気の引いた夜の通り道で、俺とマデリアス・シュターゼンは互いに必殺の間合いを計りながら攻防を続けていた。


 SIG SAUER P226で中遠距離から撃ち抜きたい俺と、長剣の間合いまで距離を縮めて斬り伏せたいマデリアス・シュターゼン。

 逃げる俺と追うマデリアスといった構図だが、その心情は逆で、焦っているのはマデリアスの方だった。


 食材店で遭遇した時に喰らわせた脇腹への一撃。軽鎧越しの一撃ではあったが、これが時間の経過と共に致命的な怪我へと症状を悪化させていた。

 それに対し、弾薬を奉納金によって回復させることができる俺は、むしろ時間をかけるように、だがマデリアスと一定の距離を保ちながら、奴が俺の口封じよりも逃亡を選択しないように、鼻先にぶら下げた人参を演じながら動きをコントロールしていた。


「逃げてばかりで、君は僕を殺すつもりがないのか〜い?! 僕はこの場を引いて、君が邪神の使徒だと断罪してもいいんだヨォ〜?」

「ふん——自分こそ騎士の名を騙る吸血鬼の分際で、キーキー、キーキーうるさいコウモリだな」


 煽り合いながらP226のトリガーを引いていくが、マデリアスは血を纏った長剣——ブラッディソードで弾くと、弾丸は血によって絡め取られるように包み込まれ、チャージによって威力が増した爆発力はシャボン玉のように膨張した血玉を破裂させるだけで消え失せた。


 以前の裏事で対峙した”鋼鉄の神アイガン”の使徒、ザキース・ベルドモンドの時もそうだったが、P226の弾速は使徒に対して遅すぎる。

 正面から撃っても着弾させることは難しい、となれば——虚を狙うか、意識の範囲外から狙撃するか、それとも——。 


 マデリアスが一瞬で距離を縮めて長剣を横薙ぎにする。だが、剣筋を見切る——とまではいかないが、致命的な攻撃を受けないのはお互い様——のはずだった。


 オイルランプ灯を身代わりにして距離を取り、その一振りを躱したつもりだったが、ブラッディソードを振り抜いたマデリアスの顔が歪むと同時に、俺の胸下付近から血が吹き出した。


「くっ!」


 吹き上がる血飛沫の向こうで、顔に飛び散った血を舌舐めずりをするマデリアスの歪んだ笑みと、先ほどまでとは刀身の長さが変わっている|血の剣(ブラッディソード)が見えた。


 刃渡りが伸びるのか——!


 それがマデリアス・シュターゼンの持つ使徒としての能力の一つだった。


 マデリアスは横薙ぎからブラッディソードを上段に構えようとしたが、その瞬間に脇腹から激痛が走ったのか、苦痛に顔をしかめて動きが止まる。

 そして、横薙ぎによって両断されたオイルランプ灯の柱が滑り落ちるように崩れ、油が散乱して火が煽るように燃え上がり、マデリアスの意識が逸れる。


「……ムゥ?!」


 その瞬間にマデリアスの視界から逃れ、近くに見えた人気のない建物のドアを体当たりで押しあけ、中へと転がり込んだ。


「墓守ィ〜、どこへ逃げたって君の血の匂いは忘れないヨォ〜」


 俺の跡を追い、マデリアスもゆっくりと建物へ近付いて行く。


「君の血も中々に美味しい……濁りがなく、サラサラと身体中に染み渡るゥ〜そコォ!」


 灯りのない暗い建物の中では何も見えないはずだが、マデリアスはペチャクチャと話し続けながら迷うことなく進み、ブラッディソードを横薙ぎにした。


 その直後、暗闇の中でも迷うことなく振り抜かれた一閃は、寸分違わず人の体と頭を分断した。


 ゴトンッ! と重量感のある音が暗闇の室内に響き、床板を凹ませて止まる。


「……石像ォ?」


 マデリアスによって首を落とされたのは、鎧騎士を象った石像のものだった。


 俺が逃げ込んだ建物は、どうやら彫刻師の工房のようだった。


 工房に転がり込んだ直後、俺は鑑定眼(プライス)を発動して室内全体を鑑定した。そうして価値ある彫像や石材、道具類や家具類の配置を暗闇の中でも見抜き、掃除用具入れらしきロッカーに似た収納箱に身を隠した。

 当然ながら、この収納箱はロッカーではない。内側から外の様子を覗ける穴などはないのだが、鑑定眼(プライス)を使えば透けて見える価値の数字でマデリアスの動きは把握することができた。


 斬られた傷を手で押さえ、荒くなっていた息を整えて身を潜める。


 しかし、マデリアスはどうやって暗闇の中を迷うことなく移動し、石像の首を落としたのか——。


「墓守ィ〜? ハァ〜カァ〜モォ〜リィ〜? ヒヒッ! どこに隠れてもォ〜君がここにいるのは臭いで判っているんだヨォ〜?」


 臭いで判っているのに、石像の首は斬るのか——。


 喋ることを止めず、ベラベラと大声を出しながら次々に石像に斬りかかるマデリアスは、俺が収納箱に隠れているとは思いもしないようだ。


 しかしうるさい、随分とお喋りなサイコパスだ。


 そこで思い至った。やたらと語尾を伸ばして響かせるマデリアスの喋り方は、もしかすると使徒としての何らかの能力を使おうとしているのかもしれない。

 だとすれば、その能力は何だ——? この暗闇の中、あいつは何を頼りに周囲を把握しているのか。


 暗闇を見通す目か? それなら石像の首は斬らないだろう。


 それとも血を嗅ぎ分ける鼻か? それなら俺の位置はすぐにバレるはずだ。


 なら最後に残るのは——音か。


 “吸血の神ドラバー”の信者と言えばコウモリやヒルといった吸血動物が有名だが、その特性を能力として引き継いでいるとすれば、マデリアスがしゃべり続けているのはコウモリが超音波を利用して行う、反響定位(エコーロケーション)に似た能力のせいかも知れない。


 その能力——声を反響させ、跳ね返ってくるまでの時間で周囲の形状を把握する。裏を返せば、収納棚の中にいる俺のことは殆ど見えていないわけか。


 だが、胸下を斬られた傷は決して浅くはない。血は止まることなく流れ続け、腹を伝い、ズボンを濡らし、足元から収納箱の下に溜まる血溜まりは次第に大きくなっている。

 身動きが取れない状況が続けば、これだけで失血死する恐れもあるが、その前に血の匂いで居場所がバレるほうが早い。

 それに、距離が近くなれば収納棚内の反響音から潜んでいることが見抜かれるかも知れない。


 となれば——。


 P226のマガジンを抜き、傷口を押さえる手でキャッチし親指をマガジン上部にのせ——。


「——リロード」


 俺が見つからず、声を張り上げながら反響定位で見えた物を次々に斬り刻むマデリアスに、段々と焦りが見えてくる。

 次々に破壊されて価値を失っていく石像とは対照的に、マデリアスの位置を示すカタリナの結婚指輪の価値がよりハッキリと確認できるようになってきた。


 声を潜めてP226の弾薬を回復させ、グリップに挿し戻して静かにスライドを引く。


 互いに視界は闇に閉ざされ、互いの能力のみで相手の居場所を感知している状況——だが、俺の方が僅かにだが正確にその位置を知ることができている。

 喋りまくり、手当たり次第斬り刻んでいたマデリアスの手が不意に止まる。


「……クンクン、臭う、臭うヨォ〜君の血の臭いがァ〜……」


 収納箱との距離が縮まったせいだろうか、それとも足元の血溜まりがより強い血臭を放っているからだろうか。

 マデリアスが犬か猫のように鼻を鳴らし、暗闇の中で首を振って臭いの発生源を辿ろうとしているのが見て取れる。


ここがバレるのも時間の問題——なら、ここで決着をつけるのが最善というものだろう。


 狭い収納棚の中でも、P226を扱うことはそう不便でもない。顔の前にまで持ち上げ、P226のスライドが顔に当たらないように離しながら、両腕を胸上で畳んで両手でグリップを保持、少しだけ銃身を斜めに傾け、あえて自分の手で片目の視線を遮る。

 こうすることにより視線の向く先と照準が自然と一致し、閉所でも狙いを定めることが可能になる。


 俗にC.A.R Systemとも呼ばれる射撃スタンスなのだが、裏事で狭く見通しの悪い建物への強行では、非常に役に立つ。


 とは言え、現状は鑑定眼(プライス)を頼りにカタリナの結構指輪からマデリアスの位置を確認し、さらに狙いを上にあげて頭部付近で動く殆ど無価値なマウスピースを撃ち抜かなければならない。

 弾薬は通常の威力だが、チャージで増加させると目の前の棚扉で破裂しかねない。


 正面からではなく、意識の範囲外でもなく、闇に乗じて不意をつき、射線を見極められる前に、仕留める。


 直前まで相対していたマデリアスの身長を思い出し、奴の動きが止まる一瞬を待つ——ここ!


 血の臭いを辿り、周囲の暗闇を見渡していたマデリアスの動きが止まった瞬間、トリガーを連続で引き、ブレる銃身をガッチリと押さえつけてホールドオープンまで撃ち切った。


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