吸血鬼 11
床を這い寄るように駆けるフードの男へ向け、P226のトリガーを引いた。
だが、フードの男は拳銃というものを知っていたのか、体を左右に振りながら銃撃を交わし、右手に煌めく長剣を俺の首目掛けて横薙ぎにした。
「くっ!」
上半身を反らし、首の皮一枚でギリギリ躱す。そのまま後ろへ倒れるも、横に転げて追撃の突き刺しも躱した。
「その黒いのォ、やはり
「その動きにその知識、おまえ——使徒だな!」
フードコートが握る長剣は床に深く垂直に突き刺さっている——反撃に転じるならココだ。
長剣を握る手を狙って低い体勢から蹴りを放ち、それをフードコートに回避させることで長剣を手放させ、柄ごと蹴り倒して長剣を弾き飛ばす。
そのまま俺とフードコートはお互いに立ち上がり、睨み合う——相手の目元は相変わらず深いフードに隠れて見えないが。
「フヒ、フヒヒヒッ! 確かに僕は“吸血の神ドラバー”様の敬虔なる信徒であり、神託を受けた使徒ォ〜!」
「神託?」
「そうサァ! 魔都サイランにて血肉を喰らい、吸い付くし、極上の供物をドラバー様に捧げよとのお告げサァ!」
そう叫ぶと同時に、フードコートは再び体を左右に振りながら両拳を構えて前に出てきた。
相手が格闘戦を挑んできても、普段の俺なら躊躇なくP226を撃ち放つのだが、フードの男の背後にはアンとカタリナが部屋の隅で固まるようにして身を縮めていた。
格闘戦の最中に狙いを逸らされれば、二人の方へ銃口が向く恐れもある。
仕方がない——フードの男を迎え撃ちながらP226をショルダーホルスターに戻し、繰り出された拳を躱して、こちらも使徒の身体能力を活かした一撃を脇腹に喰らわせる。
「っ!」
だが、痛みに顔を歪めたのは俺の方だった。
拳から伝わる感触は肉感的なものではなく、薄いながらも分厚く硬い壁だった。
「ヒヒッ! いい拳打だが、ざ〜んねん!」
俺の顔が痛みに歪んだことが見えたのか、フードコートは引きつった嗤い声を上げながら襲いかかってくる。
それほど広くはない居間での格闘戦は、技術や使徒としての能力を無視した乱戦に近いものとなった。
俺が深いフードの縁を掴んでテーブルに顔面を叩きつければ、フードコートは手近なものを全て投げつけ、服や敷布などを目隠し代わりに利用する。
動きの軽快さは奴の方が遥かに上、人間をやめた動きで壁や天井を這い回り、拳打のみならず銀色に光る犬歯で咬みつこうともしてくる。
その動きにカウンターを合わせながら、こちらも使徒として強化された身体能力で普通なら動きようもない大きな収納棚を引っ張り上げ「チャージ!」と、威力を増幅させながら食材店の壁をブチ破るほどの勢いで投げつける。
外の大通りでは突然壁をブチ破って飛来する収納棚やテーブルに、悲鳴を上げ逃げ戸惑う声が聞こえる——だが、今は外のことなど考えている暇はない。
「ヒヒヒッ! 楽しいねェ〜、愉快だねェ〜! 僕の動きにここまでついて来れるなんて、久方ぶりだヨォ〜!!」
フードの男の意識がどんどん俺に夢中になっていくのが判る。こちらも余計なことを考えている余裕はほとんどないが、視界の隅でアンたちの姿は捉え続けていた。
まずはアンたちをここから出さなくてはならない。だが、それをすればフードの男は非力な二人を餌にしようとするだろう。
さすがに女二人を盾にされると面倒——。
その時だ、俺との距離を測りながら嗤うフードの男が突然咳き込み、血を吐き出した。
「ゲホッ……」
どうやら、最初に喰らわせた脇腹への一撃であばらにヒビでも入っていたか? それがこの乱戦で完全に折れて内臓を傷つけたか。
フードの男は不意に出た吐血に呆然となっていたが、自分の手についた血を長い舌で丁寧に舐めとり始めと、どこか恍惚とした吐息を混ぜて舐めることに夢中になっていく。
その動きを注視しつつ、不意に左手を真横の壁に向かって一振り。
「ん〜?」
自分の血を舐めとるのに夢中になっていたフードの男が俺の動きに疑問の声を上げるのと同時に、ショルダーホルスターから再びP226を引き抜こうとすると——。
「させないヨォ〜!」
——フードの男はフェイントもなしに、真っ直ぐ俺の頭上へと飛び込んできた。
P226を引き抜き、構えてトリガーを引く。それがこの直後の行動なら、俺はフードの男に押し潰され、そのまま首筋に銀の牙を刺し込まれていただろう。
だが、俺の狙いはそれではない。
飛びかかってくるフードの男を右へ転がるように躱し、同時に左腕を引っ張るように動かす。
「ヒッ?!」
その瞬間、フードの男の体は空中で引っかかるように停止し、その自重で飛び降りた勢いとは全く違う落下の仕方を見せた。
「捕まえたぞ」
そう、俺は左手首に着けている鋼索腕輪の
よく見れば見えただろうが、乱戦の最中と乱雑にごった返した室内に加え、P226を引き抜くと見せかけた動きにフードコートは鋼索を見落とした。
そこに飛び降りてきた勢いを利用し、俺は即座にフードの男の背後に回り込み、左手は鋼索をロープの輪状に波打たせ、フードコートを捕縛した。
「やったです!」
「つ、捕まえた?!」
それまで言葉を一言も発することもできずに俺とフードの男の乱戦を見守っていたアンとカタリナ・トニッシュが声を上げた。
「くっ、何だこれは?!」
「アン、カタリナを連れて今すぐに外へ出ろ、ファイスが従士隊を呼びに行っている。もう来るはずだ」
「ハイです!」
「あ、あの……! ベガートは、ベガートは無事ですか?!」
「……下の階ですでに手遅れだった。今は早く行け」
鋼索に縛られ、身動きが取れなくなって暴れるフードの男の背中を片足で踏みつける事で抑えながら、アンたちに退避を促す。
だが、すぐに俺の指示に従ったアンとは違い、カタリナだけがフードの男の前に立った。
その手には床に刺さった後、乱戦の最中に部屋の隅へと弾き飛んだ長剣が握られている。
「カタリナ、お前も早く外に出ろ」
息を荒くして立ち尽くすカタリナは、俺の足の下で暴れるフードの男を黙って睨みつけていた。
「ベガートの……べガードの仇!」
そして意を決したのか、震える両手で長剣を頭上高く持ち上げると、フードの男目掛けて一気に振り下ろした。
「おい、馬鹿やめろ!」
夫の仇を討ちたいカタリナの心情は理解できるが、まだコイツには聞きたいことが山ほどある。
まだ死なせるわけにはいかない——そして、フードの男も諦めてはいなかった。
「フヒヒッ!」
頭上から降り降ろされる長剣の剣筋など見えていないはずだが、フードの男は瞬間的に体をよじり、拘束していた鋼索を引く俺の左手を長剣の軌道に重ねた。
「あぶっ!」
思わず鋼索を引く力を抜き、そのまま腕輪から鋼索を分離する。
「痛っ!」
長剣を振り下ろしたカタリナは鋼索の上にそれを直撃させ、切断できるはずもなく跳ね返されて長剣を手放した。
「その程度の技量で、この僕を狩れると思ったかァ〜!」
フードの男の体にはまだ鋼索が巻きついていたが、立って動ければまだ武器があった。
深いフードの奥に隠れる銀のマウスピースを大きく開き、カタリナの首筋を狙って飛びかかった。
「きゃぁー!」
とっさに左手を顔の前に持ってきたカタリナだったが、フードの男はお構いなく飛びかかって押し倒した。
「ヒヒヒッ!」
「離れろ!」
すぐさまショルダーホルスターからP226を引き抜き、撃ち抜いてもカタリナには当たらない部位を狙い、トリガーを引く。
それでも使徒としての直感力だろうか、フードの男はすぐさま床上を這い回り、壁を蹴って跳ねる。
その先は俺が収納棚を投げて破壊した窓枠付近だ。同時に、P226の残弾が0となり、スライドが開いてホールドオープン状態になる。
逃げる気か!
フードコートは壊れた窓枠の縁に足をかけると、こちらに振り向いて深いフードの奥で銀のマウスピースを光らせた。
「フヒヒッ、今日のところはここで引かせてもらうヨォ〜」
そう言って脇腹を片手で抑えながら嗤うフードの男の口には、カタリナの物とも思われる指が咥えられていた。鋭い銀の犬歯が並ぶマウスピースを器用に動かし、異様に長く見える舌でチュパチュパと音を立てながら、結婚指輪らしき小さな宝石が嵌った指を弄んでいた。
その動きを注視しつつ、視界の端で左手を握りしめてうずくまるカタリナの様子を確認する。
カタリナは左手を必死に押さえて涙を堪えていた。そして、キッとフードコートを睨み付けると——。
「指を、指輪を返して!!」
そう叫んで弾き飛んだ長剣を拾うと、フードコート目掛けて投げつけた。
「おぉッと〜」
だが、そんな力任せの投擲が当たるわけもなく。フードコートは容易く躱すとカタリナに見せつけるよう指を咀嚼し、そして指輪を舌の上で弄び、飲み込んだ。
「それじゃ墓守ィ〜、またどこかでェ〜」
大通りの喧騒が長剣まで飛び出してきた食材店の二階へ集まりだしたことを気にしたのか、深いフードをさらに深く被って壊れた窓枠から一気に飛び降りた。
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