吸血鬼 ⑤




「よう、カネガ。今日は男装のネーちゃんいないのか?」

「俺がここにいるんだ。墓地にいるに決まっているだろ」


 墓守の集まりは派遣教会ギルドの一室で行われる。墓場同様、派遣教会ギルドもサイランだけで五箇所はあるのだが、北墓地の正面に建つのが最も大きく、本部的な役割を果たしている。他の四箇所は言うなれば支部、支店、出張所、そんなところだ。


 そして、俺が入った一室は本部三階に用意された墓守用の小会議室であり、口の字型に並べられた長机に四つの椅子。

 外を見渡せる窓からはサイランの街並みを見下ろす事ができ、壁にはサイランの地図と地下納骨堂の地図が掲げられていた。


 俺に声を掛けてきたのは、南の墓地を管理するガニエル・ネスト。俺以上の酒好き——と言うより、もはやアルコール中毒と言っていいだろう。

 大きく出っ張った腹を冷やさないためか、それとも自分のパーソルマークのつもりなのか、いつも同じような茶色の腹巻を着け、そこに酒瓶をいくつも挟んでいる。

 椅子に座って大きく机に投げ出した脚は汚らしく、頭部の縮れた禿頭と赤鼻同様、とても墓守という鎮魂の仕事に就く者とは思えない。


 ラジやテテンと比べれば、コイツの方がよほどホームレスらしい。


 ガニエルはこちらを見ながら赤鼻を勢いよく啜り上げ「フンッ、お前も一杯やるか?」と、手に持つ酒瓶を差し出すが——。


「要らん、ここへ来る前に飲んだばかりだ」

「ガッハッハッ! さすがはカネガだ我が友よ、シラフでは隣人を愛し、神を愛することはできないからな!」


 豪快に笑うガニエルだが、アルコールの臭いが入り口に立つ俺の所にまで漂って来る。


 今朝も随分と呑んできたようだ——ガニエル・ネストは酒と賭博のために墓守をやっているような男だ。

 墓守の仕事は激務だが、同時に長い休息時間も存在する。俺がその時間を利用して便利屋をしているように、ガニエルはその時間で大酒を飲み、賭博場に出入りしている。

 墓守としての賃金を全てこの二つに注ぎ込み、大負けをすれば俺のところにまで金を借りに来る。


 当然、1ドラールたりとも貸さないが——。


 ガニエルの勧めを断りつつ、俺の定位置である北側の椅子に座る。ガニエルは南側の椅子だ。


「あれ〜? 僕が最後ですか、珍しくネストさんもカネガさんも早いですね」


 そして三人目の墓守、西墓地を管理する金髪で優男(やさおとこ)の青年——ライド・バスティアスが会議室に入ってきた。


 童顔でガニエルとは違った印象の笑みを絶やさない好青年だが、歳はまだ20歳を過ぎたばかり、確か21歳。

 元は——いや、今もそうだったか、王都に邸宅を構える枢機卿カーディナルの三男坊だが、王都で数多くのご婦人方と火遊びを繰り返し、果ては他の枢機卿カーディナルの妻を寝取ったところで王都を追われた。

 そこからどう流れて最果ての魔都サイランにまで逃げ込んできたのか知らないが、今では上位階級向けの西墓地の墓守に収まり、夜な夜な複数の未亡人の心と体を癒す事に精を出している。


「よぅ、ライド。おせぇじゃねぇか、今朝はどこのベッドからご出勤だぁ?」

「やだなぁ、ネストさん。墓守小屋のベッドに決まっているじゃないですか」


 柔和な笑みを浮かべて西側の椅子に座るライドだが、俺もガニエルもライドが墓守小屋の貧相なベッドで毎晩寝ていないことは知っている。


 ボロ布と固い木の箱をベッドと称すのは俺も納得がいかず、墓守小屋に住み出してまず行ったのはベッドの処分からだったほどだ。


「方々に手を広げて恨みを買い過ぎるなよ、刺されるぞ」


 これは、俺の心からの助言だ。


「大丈夫ですよ、カネガさん。そうならないために、お相手のいない未亡人の方々と“お祈り”をしているのですから、むしろ神がお喜びになります」


 その未亡人に刺されるんだ——そう付け加えようかと思ったが、楽観的で“性の神サキュラス”へ信仰を捧げることに一心なライドの考えを改めさせるのは、はっきり言って面倒だと感じた。


 さて、サイランに作られた三つの墓地を管理する墓守が三人揃った。派遣教会ギルドに呼び出されてはいるが、その内容は聞いていない。

 俺たち三人を同時に呼び出すってことは、いつまでも男装をやめないファイスの話ではないだろう。


 もしかすると、広大な地下納骨堂の各所に造った隠し部屋の一つが見つかったか? 俺に疑いが集中しないように、西や南墓地の管轄区域にも造ってあるから、管理者全員から話を聞きたいのかもしれない。

 いやまてよ……スラム街の薬剤師——ミステル・バリアンローグの恋人兼用心棒“スマッシュ”と“ダリア”の二人が、時折北墓地の一角でヤクを取引するのを見られたか?


 墓参りの供花きょうかに特別な薬草や調合したヤクを紛れこまし、墓前に備えて立ち去る。そのあと取引相手が同じように墓参りを装い、供花きょうかを回収して取引終了。

 ミステルの調合薬は料金前払いが取引条件、その絶対的にミステル有利な条件を飲まなければ、スラムの外側——サイランの内側で調合薬を買うことはできない。

 この取引も最初は北墓地だけで行っていたが、俺が目こぼししているのを派遣教会ギルドの連中にバレると面倒なので、すぐに西と南墓地も使うように助言している。


 ガニエルとライドが俺とお同じように目こぼしする対価を貰っているのかは——こちらとライドをどこか探るようにチラチラ見ているガニエルを見る限り、あいつも貰っているか——それとも別に何か覚えがあるのかもしれないな。


 ニコニコと笑みを絶やさないライドは、口臭予防に効くハーブの葉を噛みながら鼻歌を歌っている。

 もしかすると、この集まりの後でどこかの未亡人宅にシケ込むつもりなのかも知れない。


 ——ガチャ。


「ほぅ、時間通りに揃っているとは驚きです」


 待ちたくなかった待ち人がやっと来た。小会議室のドアを開けて入って来たのは、俺たち墓守の直属の上司にあたる職員——ブラザー・ジルバだ。

 現代日本でもそうそう見なくなった7:3分けの髪に、整髪料の香油をベッタリとつけて寝かしつけ、長身細身の体に細眉の男。


 どことなく、堅物公務員を思い出させるが——。


「朝を朝とも思わず、夜を夜とも思わず騒ぎ回る君たちが時間を守れるとは、これも“堅気の神ポリス”様のおぼしかも知れません」

「チッ、こいつのツラを見ると途端に酒が不味くなりやがる」


 小会議室に入って来ての一声目がコレだ。ガニエルがボソッと悪態をつくのもよく判る。そして、ブラザー・ジルバが無言でガニエルを睨みつけるのを見れば、それ以上の大きさで悪態をつかないのも納得できる。


「いやいや、ブラザー・ジルバ。僕たちは鎮魂の静寂と共に死の闇に添い寝するのが仕事、そこに時間などと言う制約は存在しないのですよ」

「おめぇが添い寝するのは熟れた未亡人だけだろうが……」


 またもガニエルがボソッと悪態をつくが、ライドはそれにウインクで応えて見せた。


「ブラザー・ジルバ、いいかな?」


 墓守の集まりはいつも同じ、ブラザー・ジルバが計ったように最後に現れ、俺たちの誰かへ毒を吐き、それに対してガニエルが悪態をつく。ライドはズレた意見を返し、俺は黙って目を瞑る。


 だが今日は違う——いつもは四人で行う集まりに、五人目がいた。


 ブラザー・ジルバの背後から現れたのは、この神世界で始めて見る白銀の鎧を着た騎士——これほど近い場所で会うのは初めてだが、この最果ての辺境都市、魔都サイランとまで呼ばれる掃き溜めの大都市で、唯一と言っていい正義の“肩書き”を掲げるベネトラ騎士団。


 その中でも、国家の軍事力を象徴する最高戦力である騎士と呼ばれる者たちは、その全てが神々によって啓示を受け、一騎当千の使徒として信仰と秩序を保っている。


「これはご紹介が遅れて申し訳ない。三人とも、襟を正してお聞きなさい。こちらはベネトラ騎士団、サイラン駐屯騎士の御一人、マデリアス・シュターゼン様です。君たちは知らないでしょうが、この御方はベネトラ騎士団の中でも特に精力的に異端狩りをなさってくださっている正義の騎士です。日々のお勤めで心身ともにお疲れの中、傷ついた体を物ともせず、こちらへ出向いてくださりました」

「よろしく、墓守の皆さん」


 ブラザー・ジルバが仰々しく紹介した若い青年騎士は、どこにでもいそうな短い茶髪の男だった。

 白銀に輝く鎧と、繊細な意匠が施された儀礼剣のような長剣を帯びていなければ、使徒はおろか騎士とも誰も思わないだろう。

 そして、鎧の隙間から見え隠れする白い包帯から察するに——ブラザー・ジルバが言う通り、掃き溜めの集まる魔都サイランにおいて、胡散臭い正義を語る騎士なのだろう。


 そして騎士シュターゼンは、これまた印象の薄い小さな笑みを一つ浮かべて軽く挨拶をすると、普段ならブラザー・ジルバが座る席に腰を下ろした。

 ブラザー・ジルバはその背後に回り、両手を腰裏に重ねて姿勢良く立ったままだ。


「騎士様が来られるとは聞いておりませんでしたがブラザー・ジルバ、今日は僕たちを呼び出して何用ですか?」


 小会議の進行役は大抵ライドが務める。と言うより、ほかの参加者が酔って悪態しかつかないガニエルと無言の俺に、神経質で小言ばかりのブラザー・ジルバでは、ライドが話を進めなくては何も進まないのが実情なのだが。


「君たちはサイランで最も多くの遺体を目にしている三人だ。そうだね?」

「確かにそうだ。俺たちゃ毎日遺体を墓に埋め、骨壷を地下に運んでる」

「僕たち墓守は死者の魂が“闇夜を徘徊する者ナイトウォーカー”によって悪魔憑きバンシーへと変貌しないよう監視するのが役目、遺体を隅々まで見るのが仕事なのは……カネガさんだけでは?」


 ライドが無言を通している俺に、無理やり話を振ってきた。


「ふぅ——ガニエルやライドがいう通り、俺は従士の知り合いから殺された住民たちの遺体を検分することがある」

「へぇ、遺体を検分……面白い仕事をしているね」

「シュターゼン様、彼は北墓地を管理するゼン・カネガ。従士の仕事を手伝っているのも彼です」

「では、従士マールから報告のあった悪魔憑きバンシーの情報をもたらしたのは……」

「……俺だ」

「やはりそうですか、なら話を進めましょう」



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