吸血鬼 ④




 検分した結果——というほどの確定情報は多くないが、派遣教会ギルド前に住み着いているホームレスの兄妹、ラジとテテンに小金と情報を渡し、従士隊の詰所へと走らせた。

 その内容は犯人と目される男がサドラの首筋に噛みつき、その生き血を啜っていた可能性についてと、もしも本当に血を吸っているのならば、その男はいくつか特徴的な行動を取っているはずだった。


 その一つは自傷行為。現代日本ならば血液嗜好症へマトフィリアなどと呼ばれる吸血衝動は、何もいきなり他人の血を吸うところから始まるわけではない。

 その前段階として、まず自分の血を吸うところから始まるのが普通だ。となれば、ソレをする場所はやはり手首付近となるだろう。


 その男の腕には一本や二本ではすまない数の自傷痕が残っているはず、普段は長袖やアームカバーの類で隠しているのかもしれないが、全く誰にも見つからずに自傷行為を続けるのは難しい。

 まして、その行為が“吸血の神ドラバー”に捧げる奉納であったならば、その神聖な行為を何故に恥じるように隠すのか? むしろ、堂々と見せびらかしている可能性すらある。


 もう一つは代替え品についてだ。血液嗜好症ヘマトフィリアだからと言って、いつまでも自分の血を吸い続けることは不可能。

 随分と昔にTVで見たことがある。海外の吸血鬼を自称するカップルがお互いの血や豚の血で乾杯し、新鮮な血が滴る生肉で晩餐を楽しむものだ。


 コイツも同じような代替え品で血液嗜好症ヘマトフィリアを抑えていたはず。そして同時に、ソレは新鮮なものでなくてはならない。血は凝固しやすいし、生肉はすぐに腐る。


 新鮮な家畜を仕入れることができるのは——直接取引きする金持ちか上位階級に位置する者、もしくは家畜そのものと付き合う畜産農家、食肉加工業者、そして販売者たる商人か。

 この肉と血が動くラインのどこかに、自傷行為が大好きな血液嗜好症ヘマトフィリアの男がいるはずだ。


 ダストンに渡す初期段階の情報としては十分なはず——そして最後に、この男は間違いなく正常な精神の持ち主じゃぁない、信仰心に溺れ、神力に溺れた悪魔憑きバンシーなのだ。




******




「ファイス、今日の予定は一日かけて墓地の清掃だったか?」


 今朝の朝食は薄切りの塩漬け肉を炙って堅焼きパンに水菜とともに挟み、香辛料を軽く振ったサンドだった。

 味も食感もベーコンバケットサンドによく似ている。これを大口を開けて頬張り、蒸留酒で香辛料と肉の脂を一気に流し込むのが美味い。

 

「いいえ、ミスター・カネガ。本日は派遣教会ギルドにて墓守の集まりがあります」

「あぁ——チッ、今日だったか」


 サドラ・バルミヤを襲った吸血騒動から数日が過ぎた。サイランの街を賑わせた悪魔憑きバンシー出現の噂も束の間の酒の肴にしかならず、住民の間ではすでに過ぎ去った話題となっていた。

 ダストン・マールからも特に追加情報を求める声もなく、与えた情報通りに血液嗜好症ヘマトフィリアの男を見つけたのか、それとも捜査に難航しているのか、それさえも判らないままだった。


 俺の日常も普段の墓守業務と、時折舞い込む便利屋としての金儲けに精を出す日々に戻っていた。


「ブラザー・ジルバは今度すっぽかしたら派遣教会ギルドの公衆便所掃除をさせると息巻いていたです。午後の見回りは私とファイスさんでやりますので、ゼンには、か、な、ら、ず! 派遣教会ギルドに行ってもらうのです!」


 アンの強い口調に、ベーコンバケットサンドを頬張ろうとした手が口の前で止まる。


「——しょうがない。東と南の二人にも聞きたい事があったからな……墓地のことは任せるぞ」

「ハイです!」

「かしこまりました」


 西と南の二人——とは、このサイラン北墓地とは別にある、二つの墓地の墓守たちのことだ。

 辺境の大都市であるサイランはそれ相応の人口を抱え、同時に数万人規模の死者が眠っている。

 その全てを埋葬し、安置し、管理する墓地が一箇所では賄いきれるわけもなく、サイランの南北と東の三つの墓地が作られている。

 それぞれの墓地に大きな違いはないのだが、利用する住民の階級には大きな開きがあった。


 サイランの出入り口に近い東墓地は金持ちや上位階級の埋葬者が多く、一般市民は南墓地が多い。

 そして俺が管理している北墓地は、スラムが近いこともあって貧乏人や犯罪者、犯罪被害者などが多い。

 遺体の検分をしているのも、俺の管轄墓地により多くの被害者が送られてくるからに他ならない。


 そして、三箇所の地下納骨堂は細長い連絡通路で繋がっているのだが、ここを最も広く管理しているのも俺だ。

 貧乏人や犯罪者が地上の墓地に埋葬してもらえるはずもなく、身寄りのいない者や犯罪被害者など、見舞いの当てや管理費の支払いができない者も地下納骨堂へ安置される。

 自然と北墓地の管理者が出入りする事が最も多く、管理権限もより広く割り当てられる。


 まったくもって面倒臭い話ではあるが、人が喜ぶ事で金儲けをしても競合するだけだが、人が嫌がる金儲けは独占できる。

 地下納骨堂もほとんど俺が管理する事で、尋問部屋や“富の神ネーシャ”を祀る秘密祭壇を建てることができるのだ。


 だがそれでも、ブラザー・ジルバと顔を合わせるのは面白くない。そんな感じに朝から陰鬱な気持ちになりながらも、ベーコンバケットサンドの香ばしい匂いと水菜の食感、そしてベーコンの塩辛い旨味に舌鼓を打ちつつ、蒸留酒を一気に飲み干して立ち上がる。


「行ってくる」

「ハイで〜す」

「行ってらっしゃいませ」


 アンとファイスの二人に後のことは任せ、派遣教会ギルドへと向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る