馬車の乗客 13



「うわぁぁ!」

「な、なんだ!」

「ひぃぃぃ!」


 今まさにステージに照らされた明かりの中へ進み入ろうとしていた男は、頭部を失いながらも一歩、二歩と前へ歩き、そのまま倒れて絶命した。

 それを間近で見ていた別の参加者たちが次々に悲鳴と絶叫を挙げる中、俺は頭部を失った落札者の代わりに、ステージの明かりの下へと進んだ。


「お、お前は誰だ?!」


 それまで生贄競売サクリファイス・オークションを取り仕切っていた禿頭が、俺を見て声を上げた。


 だが、その誰何に答えるつもりはない——右手に構えるSIG SAUER P226を禿頭の右足に合わせ、トリガーを引く。


 カシュ——と、空気の抜けるような発砲音と共に、禿頭の右足はスネの部分で弾け飛んだ。


「ぎゃぁー!」

「うわぁぁ」

「に、逃げ——」


 禿頭の上げる痛声に突然の非常事態を察した参加者たちは一斉に出口へと走り出すが、その背を狙ってP226を連射する。


 使徒としての能力として保持している“チャージ”により、P226から撃ち出される弾丸の威力は数倍にも膨れ上がり、その一発一発が擲弾とも砲弾とも言える威力を有し、出口に向かって一塊ひとかたまりとなった参加者たちを肉片へと変えた。


「何の騒ぎだ?!」


 そして出口とは別の方向から飛び出してきたのは、この生贄競売サクリファイス・オークションを開催していた異端教団ドミニオンの連中だろう。

 大倉庫の奥に休憩室でもあったのか、中には上半身裸の男もいる。その胸部には、見覚えのあるイレズミがあった。


「何だこれは……テメェがやったのか!」

「おい、商品を確保しろ! この男は生きて返すな!」


 異端教団ドミニオンのリーダー格らしき体格の良い男と、その右腕らしき細身の男が次々に指示を出していく。


 だが、俺とて何も考えずにP226をぶっ放したわけではない。

 

 すでにステージの椅子に座らされている少女の背後には、短刀を手に持つファイスが立っている。

 あの少女を助ける依頼も義理もないが、無視して裏事を始めれば間違いなく死ぬ。俺は裏事の最中に相手や関係者の命を奪うことに何の抵抗も躊躇いもない。

 だが、決してサイコパスでもスプリーキラーでもない——金のためなら何でもするが、金で依頼されたことは必ず実行する——金の亡者。


 依頼にない殺しはするつもりはない。


 となれば、あの少女はファイスに任せ、この大倉庫の外へ連れ出す。思いの外、生贄競売サクリファイス・オークションの参加者が多かったので、“富の神ネーシャ”の使徒として神器セイクリッドであるSIG SAUER P226を使わざるをえなかった。

 鑑定眼プライスも必要になるかもしれない。少女の保護をファイスに任せれば、金色に輝く俺の右目を見られる心配もない。


「さぁ、逃げますよ」


 ファイスは少女を縛る縄を短刀で切りほどくと、グッタリして動かない少女を無理やり抱きかかえ、俺の方へ視線を向ける。


「さっさと行け、これも金儲けの一環だ」

「……お気をつけて」


 異端教団ドミニオンの男たちの動きを視線だけで制しつつ、背後を抜けて出口へ向かうファイスへ返す。


「逃すと思っているのか?」


 リーダー格の男が鬼の形相で静かに言った。だが、それこそ俺のセリフだ。


「お前らこそ、ここで全員終わりだ」 

「ふざけた事を……殺せっ!」


 奥から出てきた異端教団ドミニオンの人数は10人、リーダー格と右腕らしき二人を除く、残り全員が一斉に俺へと襲いかかってきた。


「死ねぇ!」


 先頭をきって襲いかかる男の棍棒らしき角材の振り落としを、半身を廻すだけで躱してカウンターの一撃を顔面に叩きつける。

 それは右手に握るP226のグリップの裏面であったが、使徒としての身体能力を乗せた一撃は容易に男の首を折り、角材を振り下ろす勢いのまま糸が切れたように突っ伏した。


「このっ!」

「囲め!」

「抑えつけろ!」


 そこからはもう乱戦だ。人数差の有利で畳み掛けてくる男たちを躱し、殴り、蹴り飛ばす。右手に握るP226は強力な武器ではあるが、集団と真正面から向かい合うときに頼るものでもない。

 リロードが簡単に行えるとはいえ、敵を目の前に撃ち込めば威力を増強したチャージ弾の影響を俺自身も受けてしまう。

血肉が目にでも入って視界を失えば、それこそ目も当てられない事態になる。マガジンに残る装弾数を考えながら、今は襲いくる暴威に集中していく。


「信じられない……」


 襲いかかって来た全ての男たちを叩き伏せるのに、そう時間は掛からなかった。意識を——命を刈り取るのに何度も殴り倒す必要がなく、力を込めた一撃で終わってしまうのは少し拍子抜けにも感じる。

 だが、右腕らしき男が見せる驚きの表情は、その感覚が通常の感覚とはかけ離れたものである事を示していたが、もう一方のリーダー格の男は別の意味で驚きの表情を浮かべていた。


「こいつは驚いた……まさか最果ての呪われた大都市、サイランに神の祝福を受けた“使徒”がいるとはな!」


 その言葉に反応して僅かに眉を顰めると、自分の言葉が正しい事を悟ったのか、リーダー格の男がニヤリと嗤った。


刻印ラースが見えなくたって相手が使徒かどうかは見ればわかるぜ。お前の力にその目の良さ、常人ではありえないし、神具アーティファクトを使っている様子もない」

「ボ、ボス……そ、そいつの武器に気をつけ、て……」


 全員殺しては最終的に情報を得られなくなってしまうと思い、オークションを仕切っていた禿頭は足を撃ち飛ばすだけで生かしておいたが——痛みに気を失っていたはずが意識を取り戻したようだ。


 禿頭の息絶え絶えの掠れた声に、ボスと呼ばれたリーダー格の男の視線だけが僅かに向く。


「あ、あいつが持っているのは……神器セイクリッド——」


 しかし、禿頭の好きなように話させたのはそこまで——その後頭部にナイフを投げつけ、二度と喋れないよう絶命させた。


「ハッ! 少し遅かったようだな!」

「——そう、みたいだな。だが、俺が使徒だと知ってお前たちはどうする? 知られたからには——」


 そう言って右手に握るP226を構えると、一切の躊躇ためらいも間もなく、トリガーを引いた。


 俺を凝視したまま不敵な笑みを浮かべ、仁王立ちしたままピクリとも動かない異端教団ドミニオンのボスの耳元を掠めながら、その背後へと逃げるように後退りしていた右腕らしき男の眉間を撃ち抜いた。


 空気の抜けるような発砲音とは対照的に、眉間を撃ち抜かれて後頭部を破裂させる音が妙に大きく倉庫内に響いた。


 だがそれでも、最後に残ったボスの男は動じなかった。


「——誰一人、生かしては帰さん」

「いいねぇ……神王都では虫唾が走るクソ真面目野郎を相手にしてばかりだったが、まさかこんな辺鄙な場所でお前のような男と殺しあえるとはな……俺は“鋼鉄の神アイガン”様の敬虔なる使徒、ザキース・ベルドモンド!」


 ——オークスの情報通りか。


 自ら名乗りを上げたザキースは、“鋼鉄の神アイガン”の使徒だと名乗った。人身売買と密輸、そして生贄競売サクリファイス・オークションを仕切っている異端教団ドミニオンの中に使徒がいると聞いてはいたが、やはり殺し合いは避けられそうもない。


 いや、避けるつもりなど元よりないが——。


「俺はゼン・カネガ——確かに使徒ではあるが、その信仰は神自身へ捧げたものではないんでな、名は伏せさせてもらう」


 俺が信仰を捧げるものがあるとすれば、それは“富の神ネーシャ”ではない——金儲けそのものだ。


「主神を秘匿するとはな……密教の類か? まぁいい、互いの信仰心のどちらがより深く強盛な信仰か、比べようじゃないかっ!」


 お喋りはそこまでだった。ザキースは着ていた上着を乱暴に破り捨てると、鍛え上げられた肉体を見せつけるかのようにポージングをとった。


 なんだ? その一見無意味とも思えるポーズに、P226の銃口を向けて指が止まった。


 パンプアップした胸筋に綺麗なシックスパック、そしてヘソの上から鳩尾の間には、胸部に彫られたイレズミとはまた別の紋様——刻印ラースが刻まれていた。

 そして、その刻印ラースが赤く明滅したように見えた瞬間——ザキースの鍛え上げられた体が見る見る鉛色へと変化していく。


「“鋼鉄の神アイガン”の使徒——肉体が硬化でもしたか?」

「その通り、アイガン様より賜ったこの強靭な鋼の肉体、そして使徒としての身体能力、その二つを併せ持つ俺様こそが最強の使徒!」


 全身を鉛色に変化させたザキースはポージングを切り替えると、大倉庫の床を踏み抜くほどの踏み込みと共に一気に距離を縮めてきた。


はや——!


 想像以上の速度に反応が追いつかず、爆発したような激痛が腹から背中へ突き抜け、俺の体が宙を飛んで大倉庫の壁にまで吹き飛んだ。


「イテェ——」


 吹き飛びながら破壊した木箱の瓦礫をどかし、激痛が残る腹をさする。


 腹に穴が開いたわけではないようだが、使徒があれほど速いとは——少しこの神世界をナメていたかもしれない。


「おいおい、これで終わりじゃないだろう?!」


 視線を腹からザキースに向けると、奴は大倉庫に置かれている身の丈ほどの木箱を片手で頭上に持ち上げていた。


「——当然だ」


 使徒として身体能力が向上しているとはいえ、ケガはするし痛みは感じる。治癒能力も向上しているのでケガの治りも早いが、そんなものは負わないに越したことはない。


 つまり——あんな木箱を投げつけられては困る。


 P226を構えてトリガーを引き、今まさに投げつけようと振りかぶった木箱を撃ち抜いて粉々に粉砕した。


「めんどくせぇ神器セイクリッドだな……お前の主神は弓の神か? それとも投擲の神か?」


 ザキースは手元に残った木箱の破片を握りつぶす。


「まぁ、誰にせよ……俺の神器セイクリッドはこの肉体そのもの、お前の様な小細工はなしだ! その細い首も握り潰してくれる!」


 そして再び、ザキースは大倉庫の床を踏み抜いた。


 またあの突撃か——!


 飛び込んで来るラインに銃口を合わせ、P226に残る残弾全てを撃ち込む——だが、チャージを一回乗せただけの威力ではザキースを止めることはできなかった。

 顔の前で腕を交差させ、銃弾が着弾する際の爆発的な威力を耐えつつ、確実に距離を縮めて来る。


 サイレンサーによって抑えられた発砲音が妙に情けなく感じた瞬間、マガジンに装填されていた銃弾を撃ち尽くしてホールドオープンとなった。

 同時に、爆発した煙の中からザキースの右手が伸びて来る


 ——くっ!


 首を掴まれる寸前で左手を滑り込ませたが、ザキースは俺の左手を握り潰そうと力を入れ、そのまま突撃の勢いも殺さず大倉庫の壁へと押し込まれた——いや、その衝撃は壁では止まらず、老朽化していた大倉庫の壁をぶち破った。


 そこは馬繋場とは反対側に広がる雑草生い茂る野原であり、いつの間にか夜空の星々は厚い雲に覆われ、転げながら仰向けに止まった俺の周囲も、完全なる夜の闇に覆われていた。


 少し動かすだけで激痛が走る左手首を庇いつつ、起き上がって周囲を警戒する——だが、ザキースの姿は見えない。

 しかし、夜風に靡く草の根の中から、息を殺して潜む殺意の塊を感じた。


 ——いる。


 まるでサバンナの肉食獣のように、ザキースは闇に紛れて距離をとっていた。間違いなく感じるザキースの視線。


 使徒の能力から見える猪突猛進な性格とは思えない慎重さ——俺の主神を隠したがゆえに、反撃の一撃を警戒したか? それとも、より確実な死を与えるための前準備か?


 なんにせよ——この隙にP226のマガジンをリロードし、チャージをさらに重ね——。


 ——と右手を握り込んだが、あるはずの感触がない。


「ない……P226がない」


 ザキースを警戒しながら周囲を手探りで探すが、近場に落ちている感じはしない。


 壁を突き破った時にどこかへ飛んでしまったか? だとしたら少し厄介だな——。


ザキースの硬化した肉体はチャージした銃弾をものともしなかった。それに対して武器もなしにやり合うのは勝ち筋が無い。


 どうする——。


 風に揺れる草の音の中に、草花を踏み折る音が微かに聞こえた。


 近づいてきている——奴の居場所を確認するのは簡単だ。鑑定眼プライスを発動させれば、ザキースが身に付けている服なり小物なりの、なんらかの価値が浮かび上がる。


 判断を迷っている時間はない。ザキースの不意打ちを受ければ、まず間違いなく死ぬ——鑑定眼プライスを発動させ、俺の右眼は刻印ラースが刻まれた金眼へと輝く。


 星明かりひとつない闇夜の世界に、デジタル信号のような数字の羅列が浮かび上がっていく。

そのほとんどが無価値——だが風に揺れる草花ではない、ゆっくりと移動する数字の羅列が見える。

 その数字が示す価値はたいしたことないが、忍び寄る動きはザキースに間違いない。


 その動きは見えているが、奴を倒す算段がまだない——奴の全身鋼化にはチャージを一回乗せた銃弾では効果がなかった……いや待て、それほどの防御力があるのなら何故——。


答えが出る直前、ザキースが動く——無音に近い隠密行動で、俺の右後方に移動して停止した。


 静かに胸元を探るが、隠し持っていたナイフは少し前に禿頭に投げつけたまま。他に武器になりそうな物といえば、デグストンに作らせた鋼索を仕込んだ腕輪ぐらいか。

 拘束は可能かもしれないが、ザキースを始末するには力不足。


 何かないか——そう思い、何も見えない視界の中で周囲を弄ると、何か細いものに指が触れた。

 同時に、右後方から草花を踏み潰す音が聞こえた。


 迷っている時間はない。


 細い何かを右手で握り込み、背後から迫る殺意に振り向く!


「お前見え——」

「チャージ」


 迷いなくまっすぐ振り返った俺の動きに驚いたザキースは、闇世の中で狙いすました一撃の狙いが僅かにブレる。

 とっさに頭をズラし、頰を掠っていく拳の熱を感じながら、カウンターの右腕を突き出した。


「チャージ!」


 使徒として与えられた能力“チャージ”。それは“富の神ネーシャ”に所有権を主張できる金を奉納することで、その威力を数倍に増幅することができる。

 俺は地下納骨堂の奥深くに隠し部屋を作り、そこに“富の神ネーシャ”を祀る祭壇を設置した。金儲けで稼いだ一部をそこに保管し、能力をいつでも使える様に準備するためだ。

 そして、俺はこの能力をSIG SAUER P226の銃弾に使ってきたが、何も銃弾にしか使えないわけじゃない。


 ナイフにだって、棍棒にだって、左手に嵌める鋼索の腕輪にだってチャージの効果は付与できる。

 そして、それが武器である必要すらなく、野原に落ちていた細い小枝(・・)一本ですら、破壊的な威力を持つ凶器へと変える。


「ぐあぁぁぁ!」


 繰り出したカウンターの一撃は、ザキースの左手の平によって直撃する数cm前で止められていたが、握り込んでいた小枝はザキースの指をすり抜け、その先の左目をピンポイントで突き刺していた。

 

 全身を綱化させる——それがザキース・ベルドモンドの持つ使徒としての能力だったが、その綱化が適用されない部分があった。

 それは眼球だ——ザキースと最初に相対した時、こいつは木箱を粉砕した俺の銃撃に対し、頭部を守るように腕を交差させて守った。

 だが実際には、頭部を守ったのではなく——眼球を守った。そう見当をつけての一撃だった。

 

「チャージ!!」

「ぐぅぅあぁぁぁ! テメェェ!!」


 掴み上げた小枝はそれほど長くはない。眼球を突き刺した程度では、使徒を死に至らしめることは難しい。だがそれでも、1mm押し込むごとにチャージで威力を増幅させ、内部に爆発的な激痛を生み出していく。

 内部から襲い来る激痛に耐えきれず、ザキースは口角から泡を吹きながら膝の力が抜け、折れるように倒れこんで仰向けになる。


「チャージ!!」


 その上に覆いかぶさるようにマウントし、体の自由を奪いながらさらに小枝を押し込む。


押し込むごとにザキースは絶叫を上げ、無傷の右眼が俺を睨みつける。その正面にあるのは俺の右眼、刻印ラースが浮かび上がる——俺の金眼だ。


「そ、その眼の……がぁっ! し、知って、いるぞ……! まさか、まさかぁー……」

「チャージ!!」


 すでにザキースの綱化は解け、右腕を掴む手に力も入っていない。右手に握る小枝で眼球の奥にある脳を破壊し、左腕はザキースの喉仏を押さえつけて気管を潰し、窒息状態を引き起こしてさらに意識と抵抗力を奪っていく。


「そうだ——俺の主神の名はお前も知っている、あの邪神——」


 次で終わる。そう確信し、ザキースの耳元で囁くように小声で答える。


「と、とみの、か……み……」

「そう、ネーシャだ」


 そう囁くのと、小枝が全て突き刺さり、ザキースの脳をグチャグチャに破壊したのは同時だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る