馬車の乗客 12




 次に行動を起こしたのは、サンドパールのオークスから聞いた生贄競売サクリファイス・オークションの開催日。


 場所はサイラン郊外の廃農場、時刻は陽が落ちて数時間経った頃だ。


「この建物でそのオークションが?」

「あぁ、夜道に慣れていない馬を使ったせいで時間が掛かったが、すでに集まっているようだな」


 生贄競売サクリファイス・オークションの会場となる廃農場の周囲には、外部からの侵入者を監視する見張りたちの姿があった。

 ボロボロの柵に囲まれた向こう側には、買い手としてオークションに参加する者たちが乗り合わせてきたと思われる馬車の姿もある。

 それも片手で収まる台数ではない。既に野原としたかつての牧草地を馬繋場として、十数台の馬車が停まっている。


 灯りひとつ点けずにいるようだが、星明かりだけでも十分に外の様子を確認することができた。


「それで、ヘーゼンベルク卿とラドバルディア夫人とは連絡が取れたのか?」


 廃農場を監視できる茂みにファイスと共に身を隠し、突入後の方針を確認する。アンは墓守小屋で留守番だ。


 元々この依頼は、二人の上位階級から子供たちがどこへ運ばれ、そこで何が起こったのか? それを調査することが主目的だった。

 そしてそれは、現状においてほぼほぼ解明できたと言っていいだろう。


 これから先の行動はその最終確認と、オプション対応でしかない。むしろ、このオプション対応こそが、便利屋として成功する秘訣でもある。 


 今回の依頼において、どのようなことがオプション対応となるのか?

 それは——生贄競売サクリファイス・オークションの開催者側と参加者側、その両者を“殲滅”させること。


 それを実行するか否かは、依頼者の判断に委ねていた。


 ここから先の選択肢はいくつか考えられる。


 1、生贄競売サクリファイス・オークションの開催を確認し、騎士団もしくは従士隊に通報して一斉検挙させる。

 2、生贄競売サクリファイス・オークションの開催を確認し、一人残らず殲滅する。

 3、生贄競売サクリファイス・オークションの開催を確認し、ヘーゼンベルク卿たちが手配した部隊と共に突入し、制圧する。


 結局は中で快楽に溺れている屑どもを誰が始末するか——それを選択するのがオプションだ。


 俺としては依頼者の望みを最大限叶えることが一番であり、結果的に報酬を貰う——それが金儲けというものである。


「カーヴィル様からの返信はまだ届いておりませんが、このような状況下でどのように対応するかは、事前に示されております」

「つまり……?」

「可能であれば、裁きを騎士団に任せるのではなく、ミスター・カネガと私で下してほしいと」

「わかった——そう頼まれるということは、お前の戦闘能力にも期待していいんだな?」

「はい、そのための訓練は長年受けております」

「よし、ならついて来い。監視を無力化し、中へ入る」

「かしこまりました」


 オプション対応の内容は決まった。


 身を隠していた茂みから音を立てないように移動を開始し、見回りの位置を確認しながら接近していく。


「こんなに動き回って大丈夫ですか?」


 星明かりだけの闇夜をほとんど足を止めずに走り抜けていると、廃農場を目の前にした木陰に潜んだところで、ファイスが俺の動きの速さについて聞いてきた。


 ファイスからして見れば、廃農場へ潜入する前に見つかっては面倒なことになる——そう思っているのだろう。その認識は間違っていない。

 だが、俺はファイスの前を駆けながら鑑定眼プライスを発動させ、周囲を監視している者たちの衣服や装備品の鑑定額を見ている。

 闇夜に浮き上がる数字の羅列で形作られた世界は、まるでサイバースペースのようにも感じられ、鑑定眼プライスを発動するたびに無意識化で数字の示す価値観を把握し、その動きや位置、重なり方を認識できるようになった。


 この鑑定眼プライスという能力自体、僅かながらの透視能力があるため、薄い張り壁や馬車の内部、裏側など、視線が通ってなくとも鑑定額が浮き上がる。


 それを索敵に利用して接近しているわけだ。


「黙ってついて来い」


 だが、それを事細かにファイスへ説明するつもりはない。振り返らずに小声でそれだけ言い、左手首にはめている地味な腕輪を撫でる。


 ——コイツを使う時が来た。


 音を立てないようにボロボロの柵が途切れている場所から農地へと侵入し、二人一組で歩いている男たちの背後を取る。


「武器は?」


 鑑定眼プライスを解除してファイスへと振り返ると、いつもの執事服とは違う黒装束の胸元から、短い短刀を取り出し、鞘から鋼の刃を引き抜いた。


「やり方はわかるか?」

「刺します。相手は死にます」


 真面目な顔つきでファイスは自信満々に言い放った。


「そ、そうか……確かに腹や内腿でも刺して動脈をやれば数分で殺せるだろうが、それでは声を上げられる」

「では?」

「——カッ!」


 親指を立てて首筋を横になぞる——それで説明は十分だった。ファイスは無言で頷き、手に握る短刀の刃を見つめた。


「俺は左を抑える。お前は右だ。声を出させるなよ」

「かしこまりました」


 ヘーゼンベルク卿が預けて来たのだから裏事にも精通しているかと思ったが、どうやら訓練を重ねているだけで、実践的な経験はまだ少ないのかもしれない。


 ファイスの今後は後で考えるとして、まずは目の前を歩く監視だ。


 左手首にはめた地味な腕輪の一部を取り外し、極細の鋼索を無音で引き延ばす。その動きを横目に見ていたファイスも、仕掛けるタイミングが来たことを悟り、短刀を強く握りしめて身構えた。


「——力み過ぎるなよ。行くぞ」

「はいっ」




「くぁっ……がっ……」


 ファイスに指示した通り、左側を歩く監視の男に背後から忍び寄り、無防備な首筋に一瞬で鋼索を巻きつける。

 一気に締め上げ、膝裏を蹴って跪かせる。そのまま声を出させずに意識を——命を絞め飛ばす。


 他の監視に見つからないように絞め殺した男を茂みの中へ放り込み、ファイスの方へ視線を向ける。


「このっ! おまっ!」


 あちらはまだ苦戦しているようだ。監視を押し倒して声を出せないように口を塞いでいるが、漏れ出てくる監視の声がだんだんと大きくなり始めている。


 しょうがない、手伝うか——。


 そう思い、一歩踏み出した瞬間——ファイスの右手が大きく横薙ぎに降られ、その後を追うように血飛沫が舞い飛んだ。


「うっ!」


 頰に打つ血の勢いに思わずうめき声が出たファイスだったが、大声を出すのはギリギリで我慢したようだ。

 顔を背けて不愉快そうな顔をしているが、折角の黒装束が赤く汚れ、鉄臭い血の臭いまで漂わせている。


「ゴッ……ゴォ……ゴポォ……」


 監視の男は首筋を深く抉られ、大量の血を首筋と口から溢れ出させる。


「正面から抉るからそうなる。なんのために後ろからやるのか、意味を考えろ」

「……はい」

「血が口や鼻に入っていたら飲み込んだり吸い込んだりするなよ」

「大丈夫ですが……何か意味が?」


 手や頰についた血を黒装束から取り出した布切れで拭き取るファイスが、少し不思議そうな表情で聞いて来た。


 感染症予防だと言っても理解できないかもしれないが、この神世界ファティスにも梅毒に似た性病が存在することは知っている。

 大抵は薬剤師が調合する薬によって症状を緩和させることができるが、完治までは長い月日を必要とするし、症状が悪化すれば死ぬことも珍しくない。

 そのほかにも気をつけたい感染症は多い。だが、それを言っても理解できないだろう。


「血は呪われていることがある。気をつけるに越したことはない」

「……そうですか、気をつけます」


 結局は他人の血を体内に入れないように気をつければ、その理由はどうでもいいのだ。


「次、行くぞ」

「はい」


 監視の人数は二人だけではない。その後も闇に紛れながら手早く監視の目を潰し、生贄競売サクリファイス・オークションが開かれている大倉庫の裏手口から中へと侵入した。




「次の生贄は北の辺境国より攫ってきた少女。ワンナイト、アリ、ナシで10万ドーラから!」


 大倉庫の中は足元だけを照らす明かりと、ステージらしき中心部だけが明るく照らされており、参加者たちが集まる付近は顔がはっきりと確認できないほどに暗い。


 中心部では、今夜の生贄となった一人の少女が縄で縛られた状態で椅子に座り、競売に掛けられていた。


「ファイス、その黒装束の下は何を着ている?」

「いつもの制服ですが?」


 大倉庫の端に乱雑に積まれた木箱の陰から生贄競売サクリファイス・オークションの様子を窺っているが、さすがに人数が多い。

 開催者側はそれほど多くないようだが、以外にも参加者側が多い。農地に停めてあった荷馬車の数倍、30人ほどはいるだろうか。

 変態どものネットワークには恐れいる。今日のこの日に合わせ、数台の馬車に乗り合わせて集まってきたか。


「参加者に紛れ込んでもっと近づくぞ」


 ファイスの返事は待たず、少ない明かりを利用して参加者の中へ紛れ込んで行く。


「11万!」

「11万5000!」

「こっちは13万だ!」

「13万! これより上はあるかい? ワンナイト、アリ、ナシだぞ? しかもこの少女、このサイランが初出品だ!」

「まさか初物か?! なら14万だ!」


 オークショニアらしき禿頭の男が参加者を煽り、それに参加者たちも半ばわざとらしくも乗っかっていく。


 禿頭がなんども言っているアリ、ナシというのは、落札した生贄に何が出来るか出来ないのか、それを端的に言い表したものだ。

 その内容はオークスから聞いている——ワンナイトは一晩、これは判りやすい。次に来るアリは、性行為が可能かどうか。

 性行為と言っても、単なるセックスじゃぁない。いかなる変態行為だろうがオールオーケー、落札した者が望む欲望を叶える道具となる。

 だが、その欲望にはたった一つだけ制約がなされる場合がある。それが二つ目のアリナシだ。


 つまり——最終的に“殺し”がアリか、ナシか、それが生贄競売サクリファイス・オークションにおいてもっとも重要なことであり、唯一と言っていいルールだった。


「さぁ、もうないか?! なら、18万ドーラで落札!」


 禿頭の男が高らかに声をあげ、暗闇の中で歓声をあげる男を指差し、少女を今夜一晩自由に取り扱う権利を得た。


「今夜のキングはあんただ! さぁどうする? どうしたい? 何をしたいのか、何を見たいのか。さぁ決めてくれ! 聞かせてくれ!」

「ハァハァ……先ずは犯す、前も後ろも、上も、目も、鼻も全部犯す。そして犯されるのを見ながらまた犯す。そのあとは殴る、殴りながらまた犯す。首を絞め、縛り上げ、逆さ釣りにし、唄わせ、叫ばせ、体から出る全てのものを生贄として捧げてもらう!」

「よく言った、同志よ! この会場にいる全ての同志が君の欲望を叶えよう! さぁ、こっちに! さぁ!」


 聞いているだけで反吐がでる欲望を曝け出した男を、禿頭がステージへ呼び込もうと手招きすると、落札した男は暗闇の中から前に進み、灯りに照らされたステージへと足を一歩踏み入れた瞬間——。


 ——その欲望にまみれた笑みを浮かべる顔が爆ぜた。




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