馬車の乗客 ③




「また遺体が出た?」

「あぁ、二人だ」


 遺体袋を馬車に乗せた後、俺のここでの仕事は終わったと一休みしていたところに、ダストンが神妙な顔をして追加の仕事を依頼していた。


「無関係な旅人でもいたか?」

「いや……あの御者と乗客の男たちな、やはり逃げるだけの理由を積んでいたようだ」

「——まさか遺体を?」

「もっと酷い……まずは見てくれ」

「あぁ、わかった」


 ダストンに連れられて新たに二名の検分をしに行くと、従士の多数が随分と不機嫌そうな、怒りを滲ませた顔色を見せて沈黙していた。


 新たに並べられた二つの遺体の側には、自慢好きでオシャベリのデグスターも黙って立っていた。


「カネガぁ、まだ子供ぞぉ。ワシの娘とそんなに変わらんようにしか……」


 近づく俺の足音に気づいたデグスターがこちらに振り返り、怒りにコブシは打ち震え、絞り出すように言葉をこぼすが、最後まで言う事もままならない。


 デグスターが言う通り、並べられた二人の遺体は10代——14か15歳くらいか。

白い肌に金髪の少年少女、御者と乗客の男と同じように、身体中に打撲傷を作っているが——。


「酷いです……」

「——この子供達はどこにいたんだ? 関所を通過した時には居なかったんだよな?」


 自分と同じ歳くらいの遺体を見て嘆くアンの頭に手を置きつつ、デグへ視線を向ける。


「キャビンの中だ。正確には……座席の中に押し込められていたらしい」


 俺の疑問に答えたのは、後ろからやってきたダストンだ。


「座席の中?」

「あぁ、関所を通過する時に不審な声を聞かれたのがそもそもの発端、この子供達を見つけるまでは乗客が何か口を滑らせたのかと思っていたが……どうやら、子供の声を聞かれて逃げ出したようだな」

「なるほどねぇ……この子供達は、見つかった時からこの状態か?」


 この状態——とは、少年少女どちらも俺が切るまでもなく服を身につけておらず、下着のみで足を見れば靴すらも履いていない。


「そうだ。この状態で旅馬車の中から見つかったんだが……どう見る?」


 どう見る——と、言われてもな……。


 とりあえず、靴を履いていないことが気になったので足をよく観察してみると、その足裏は綺麗で柔らかい。だが、指の爪は全て剥がされ、無理やりに骨をおった形跡も見て取れた。

 同じく手のひらも確認すれば、こちらも柔らかい子供の手。特に少女の手は白くスベスベなのだが、やはり爪は全て剥がされており、親指はあらぬ方向に曲がっていた。


 街の子でこれくらいの歳ならば、農作業を始め何らかの仕事をしているはず。だが、この少年少女らにはその生活感が見えてこない。髪の毛も良く手入れがなされているが、どこか埃っぽいザラつきを感じ、頭皮をよく観察すると古い痣やカサブタがいくつも見つかった。


 旅馬車の滑落で全身を殴打したのが死因だろうが、この頭の怪我はもっと以前につけられたものだ。

 全身の赤紫色の痣にまじって、同じように古い打撲痕がいくつも残っている。口を開けさせると、少年の方は歯がボロボロに折れており、少女の方は歯がほとんど残っていない。


 これは——拷問だな。


 少年少女たちがどのような環境におかれていたのかは、全身の怪我の痕が答えていた。念のため下着を脱がして陵辱の可能性を確認しておきたかったが、周囲の従士たちが無言で俺の検分を見ているので、これ以上彼らを侮辱したくもない。


 他の部位を調べていると、二の腕付近に小さな注射痕らしき赤い点が気になった。

 瞼を開けて眼球を確認するが、瞳孔が開いていいないし、注射痕らしきものも一箇所だけで、何度も刺されているようにも思えない。


 注射を常用していたわけではないか。


 となると、何かの理由で薬を注射した——いや、理由など一つしかないし、何を目的としたのかも予想はつく。


「御者と乗客が逃げたのは子供達を見つけられたら困るからだろうが、どうやらこの子供たちは薬で眠らされていたようだ。それに、街の子じゃなくもっと上位階級の子だな」

「何でそんなことがわかる?」

「随分と酷い拷問を受けたようだが、手入れのされた長髪に手足をみると、過保護に育てられていたのが判る。街の子ならこんな風にはならないし、暴行や陵辱を楽しむならその辺の子供よりも上位の子の方が興奮する」

「楽しむだと?! こんなことを楽しむ奴なんているのか?!」

「いくらでもいるさ——弱者を嬲ること以上の快楽など、そうそうあるもんじゃない」

「くっ……」


 関所を越えるために薬を打って旅馬車の座席に隠したが、薬の効きが弱かったのか、それとも量を間違えたのか。

 子供の一人が目を覚まし、呻き声の一つでも上げたのだろう。


 攫った目的は自分たちで楽しむため——ではなく、他人を楽しませることで金銭を得ること。

 自分たちで楽しむつもりなら、街から出て向かう先は人気のない場所だ。これだと関所を越える理由がない。


 金目当て——身代金を要求するつもりとしても、返す気がないなら殺せばいいし、大人しく金と交換するつもりなら危険を冒してまで関所を越える必要がない。

 だが現に関所越えをしているのは、攫った身形みなりのいい子供を別の場所で金に変えるつもりだからだ。

 その取引相手は子供の家族などではなく、何らかの——嗜虐的嗜好目的でより“上質な弱者”を欲する別の人間——つまり、人身売買が目的。


 そんなことを考えながら遺体袋に子供達の遺体を入れ、従士の手伝いを借りて馬車の荷台に載せる。


 これで埋葬する遺体は4体になったが、関所の突破を計った御者と乗客はともかく、子供たちの方はすぐに焼くわけにもいかないだろう。

 上位階級の子が誘拐されたのなら、騎士団か従士隊の詰所に行方不明者の情報があるかもしれない。

 せめてそれが確認できるまでは、派遣教会ギルドの地下にある冷暗室で寝かせるしかあるまい。


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