馬車の乗客 ②




 ダストン・マールがデグスター・ババールの工房へやって来た理由は、バルミヤ山脈の関所を強行突破した荷馬車が、山の麓で崖下に滑落したためだった。

 デグスターが製作した巻き上げ機を使い、滑落地点の状況確認と遺体を引き揚げるつもりなのだ。

 生存者はおらず、遺体しか残されていないのは荷馬車の残骸から広がる血溜まりと、這い出てくる人影がないことから予想できているらしい。

 デグスターが俺に同行を求めたのは巻き上げ機を使用するときの補助員としてだが、ダストンが俺に声をかけたのは、墓守としての遺体処理を任せるためだ。


 現場はサイランの東に聳え立つ𡸴山であるバルミア山脈の麓。翌日の朝、派遣教会ギルドに街の外へ遺体回収に向かうことを告げ、いくつかの遺体処理道具を大きな布袋に詰め込み、アンを連れてデグスターの操る巻き上げ機を積み込んだ馬車へと乗り込んだ。

 

 現場まではアンにデレるデグスターの与太話を聞き流しながら馬車に揺られ、曲がりくねった山道を登り始めて幾分か経った頃、視界が開けた一角にダストンたちの姿を見つけた。


「やっと来たか!」


 いち早くこちらの馬車を見つけたダストンが大きな笑みと笑い声を上げながら近づいて来た。


「これでも朝一でサイランを出発したんだぞぉ!」


 ダストンに負けじとデグスターも威勢良く返すが、俺はその流れを無視して荷台から大袋を降ろして仕事の準備を始める。

 アンもそれを手伝い、回収した遺体を並べる大布を広げ始めた。


「ダストン、遺体の人数は二つだったか?」

「あぁ、御者と乗客の二人だ。関所で暴れたときの状況から、共犯関係にあると考えてる。何か身元が判るものが見つかれば背後関係も見えてくるんだろうがな」

「荷馬車の回収もそのためか?」

「そうだ。奴らは神王都方面から来たことは判っている。この前の賢者の石フィロソフィスの件もあるからな、バルミヤ山を経由する交易路の監視はかなり厳しくなってんだ」


 ダダーリン兄弟の凶行が発端となって発覚した賢者の石フィロソフィスの密輸は、サイランのみならず神王国ベネトラ全土に衝撃を与えていた。

 現場で発見された賢者の石フィロソフィスの量は個人的な密輸とは到底考えられず、サラマイヤーの背後に大きな密輸組織——異端教団ドミニオンが存在するのは間違いなかった。


 事件以降、ベネトラ全土の関所では厳しく検問が行われ、密輸ルートや異端教団ドミニオンの全容解明に力が注がれていた。

 だが、その異端教団ドミニオンが伝説のシオル修道会だと言うことは、街の裏の住人たちの間でもまだ一笑に付される程度の噂でしかない。


「カネガ、まずは巻き上げ機の設置を手伝ってくれぇ!」


 巻き上げ機の荷台を崖側に向けて停車させたデグスターは馬を近くの木に繋げると、荷台の下からL字アーム型の脚を引っ張り出して荷台が動かないように丘へ固定し、車輪に楔を噛ませて回らないように固定した。

 俺も設置手順はここまでくる間に説明を聞いていたので、デグスターの指示を聞きながらそれを手伝っていく。


 巻き上げ機本体は荷台の上に固定されており、その上に被せてある布を外すと本体が姿を現した。

 地球の現代技術で作られた手動の巻き上げ機と比べて数倍の大きさだが、基本構造は良く似ている。

 回転ドラムにハンドル、鋼材と木材の複合素材で作られており、引き上げるロープも直径3〜4cmはあるかなり太いものだ。


 さらに荷台には追加パーツのハシゴ型のアームや滑車などが用意されており、デグスターの指示に従って組み立てていけば、荷馬車はアーム付きのクレーン車に様変わりした。


 デグスターの準備ができたところで、従士隊が滑落した旅馬車から遺体を引き上げる準備に入る。数名が腰にロープを巻いて崖を降りていき、アームから垂れ下がるロープと遺体袋を結び、上で待つデグスターが下からの合図と共にハンドルを回して巻き上げ機を動かしていく。

 人力で巻き上げるには随分と膂力が必要となる作業だが、回転ドラムの左右にハンドルが付いているので、従士と二人掛かりで巻き上げていくのだ。


「よーし、ゆっくりだぞ〜! 遺体を傷つけないようにゆっくりとだ〜!」


 ダストンの掛け声と共にゆっくりと引っ張り上げられる遺体袋を、従士の一人に手を借りながら掴み上げ、用意した大布まで運んで遺体を確認した。


「黒髪の短髪、歳は30を超えていそうだな」


 袋を開けて検死の真似事をするのも随分と慣れて来た。墓守ほど遺体をよく見る仕事は他になく。

 特に知識があるわけでもないが、どう殺せばどんな痕が残るのかは経験則で知っている——それを理解せずに裏事はこなせない。今はそれを逆に辿り、どう殺せばこんな痕や状況になるのか、それを見ている。

 そんな真似事からダストンに何度か助言をしているうちに、遺体回収のついでに検分を行うのが普段の流れのようになっていた。


「服装から見て、この男が御者か?」

「そのようです。山岳警備隊から聞いた服装と一致しますです」


 俺の検分をメモ書きしながら、アンが疑問点に答えていく。それに視線をチラリと向け、次に血濡れの衣服をナイフで切り裂いて脱がせ、所持品がないかを探す。


「ポケットには何もないな」


 上着を確かめ、ズボンを確かめたが硬貨が入った小袋以外は何もなかった。ここまで遺体を運んできた従士は、遺体の下着姿など見たくもないのか顔を背けているが、遺体処理に服は必要ない。埋めるにも沈めるにも、服は脱がせて下着のみにするのは至って普通のことだ。


 それに、服を脱がせて初めて判る事もある。


 御者の胸部には、曲線と射線の組み合わせで出来たコブシだいほどのイレズミがあった。


刻印ラース……じゃないな、このイレズミは何かに所属することを意味するものか?」

「……私の知識にはない紋様です」


 アンも知らないようだ。従士に視線を向けるが、自分も知らないと首を横に振る。


 御者は随分と鍛えられた体をしていた。胸筋や腹筋、腕周りの太さを見ても、旅馬車を操作する御者が本業とは思えない。

 だが、赤紫に変色した痣の数々に旅馬車の破片が刺さりまくった体をみれば、滑落時の衝撃と旅馬車によって死んだことは良く判る。


 続いてもう一つの遺体袋が運ばれてきた。こちらも同じように確認すると、服装から客席に座っていた同じく30代の男だと判明、やはり所持品は小銭程度で他は何もなし。


 しかし、御者と共通する点も見つかった——鍛え上げられた体と、胸部のイレズミだ。


「これは異端教団ドミニオンの証かもしれないな」

「かも知れません。詰所に戻り、確認してみます」


 唯一と言ってもいいイレズミの情報を従士に伝え、関所を突破した二人の簡単な検分を終えた後は、再び遺体を遺体袋に入れて密封し、“闇夜を徘徊する者ナイトウォーカー”となって動き回らないようにする。

 サイランの街まで運んだ後は、派遣教会ギルドに併設された焼却場で焼き、骨は地下納骨堂へ安置する予定だ。


 たとえ関所破りの犯罪者とはいえ、事故死の遺体をしっかりと埋葬しなければ野生動物に荒らされる他、“闇夜を徘徊する者ナイトウォーカー”となってサイランの外縁部を徘徊することになる。

 ちなみに、バルミヤ山脈の麓に穴を掘って埋めただけでは埋葬したことにはならない。遺体を埋める場所——墓地は“輪廻の神サイルス”の加護によって清められた地でなくては意味がない。

 この制約が存在するせいで、国家間戦争が勃発した時には中立国や都市に戦没者用の墓地を確保し、非戦闘地域と定めて死者の弔いをしてもらうほどだ。


 そこまで重要な人の命の節目でありながら、墓守という職種の人気の無さ、なり手不足の現状は実に嘆かわしいことだが、それで俺が金儲けに勤しめるのなら、人材不足を大声で謳うつもりはない。


 いつの世も、独占状態の方が美味しいのだ。


 俺たちが遺体袋を従士隊の馬車に乗せている間、ダストンとデグスターたちは粉砕された旅馬車の荷物を大カゴにいれ、巻き上げ機で引っ張り上げて身元や逃げた理由の調査を続けていた。


「荷箱や布袋の中身はボロ切れや廃材ばかりか……逃げた理由が判らんな」

「関所の通行税をケチったんじゃないか?」

「馬鹿言うな、通行税なんざ大した額でもねぇし、商人でもなければ関税も課からねぇってのに」


 もう何度目かの引き上げで関所破りの荷物をあらかた調べ尽くしたが、ダストンたちには関所破りが滑落死するほどの速度で山道を駆け下りた理由が見つからなかった。


 だが、崖の中腹まで降りた従士が上に登ろうとした時、もうない筈のものがあることに気づいた。


「ん? ——手?」


 それはペシャンコに潰れたキャビンの残骸に、人の手がはみ出ているのを見つけたからだった。



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