さん



「へえ~! そういうことがあったの」



 目の前で自分お手製のラーメンを啜る2人の友達っていうのが、なんだか面白かった。



「それで、我が家の店に2人で来たの。へぇ~」


「なにその笑顔……若菜わかな、喜んでんの?」


「もちろん」



 『やまノ《の》ラーメン』という暖簾を掲げたここは、ラーメン屋だ。


 私のおじいちゃんから代々営んでいる。



「おいしい!」


「ほんと!? よかったぁ~」



 3日前の水曜、クラスに転校してきた天束あまつか透子とうこちゃん。


 その隣は茜音あかねちゃん。クラスは違うけど友達だ。


 ちなみに私と誕生日が同じ!



 2人とも、注文は塩ラーメンだった。



「すごいね若菜ちゃん、お店なんて」


「私はバイトみたいなもんだよ~」


「将来は継ぐの?」


「うん、きっとね」



 カウンター席に並んで水を飲んだ。



 倒れた茜音ちゃんの介抱のお礼として、透子ちゃんをここへ連れてきたらしい。


 行ってみたいって、言ってくれたって。



「変わらないね」


「え?」


「懐かしいよ」



 おツユをれんげで掬いながら、透子ちゃんが言った。


 一瞬自分の顔にヒビが走りそうになったのを、必死で食い止めた。



「ん。おいしい」



 いっつもクールな茜音ちゃんが褒めてくれた。意外~



 1度だけ、茜音ちゃんもここへ来たことがある。


 あれは、たぶん中1のときで、冬だった。


 茜音ちゃんと、香崎かざきくんと、あと——



「ごちそうさまでしたっ!」



 やめとこう。



 いいじゃん、考えなくて。


 目の前に、透子ちゃんがいるんだから。



「透子ちゃん、塩ラーメン好きなの?」


「うん! 若菜ちゃんは?」


「若菜は食べ物なんでも好きだぞ」


「へぇーそうなの!」



 あの日も、あの3人は塩ラーメンだった。


 山ノ邉ラーメンの目玉は、醤油ラーメンなのに。



「おいしかった、また来るね」


「ありがとな、若菜」



 お会計を済ませて2人が、出口から去って行こうとする。



 胸が、息が、詰まりそうになるのを感じた。


 3年も経ったのに。どうして、今さら。



「あ、あのっ」



 3日前、クラスへ来た透子ちゃんを見て、泣いてしまった。


 あの友達を、重ねてしまった。



 私が一方的に懐いていっただけで、3年前の、あの子の変化にすら気が付けなかった。


 ずっと、後悔している。救えなくて。


 〈味覚〉なんて要らない。私は優しい人になりたかった。



「ありがとうございました!」



 勢いで頭を下げた。


 ふり絞って出た声が震えた。



 いまの感情が、茜音ちゃんには〈聴覚〉で全部分かるんだろう。恥ずかしいな。



 顔を上げると、2人が手を振っていた。


 ありがとう、ごちそうさま、って。

 


 その振り方が、どうしても——3年前の、清水しみず純花すみかちゃんに似ている。




   * * *




 同じ校舎でも、中等部から高等部に上がると色々変わる。



 いちばん大きいのは、昼食がお弁当になったことだ。


 好きな友達と、好きな場所で食べれていい。



りんちゃん~!」



 高1のときは感動していたけれど、2年になるとそれにも慣れてしまった。


 

 慣れは怖い。


 いつか、全部忘れていくんだろう。



 あの日のことも今日も、風化する。



「お弁当食べよ~」



 隣のクラスへ行って、凛ちゃんの席へ向かった。


 2人で、いつも一緒に食べている。



「ノリノリだね、若菜」



 一緒にお弁当を食べるのは、2人。


 でも、それより前、一緒に話していたのは、3人だったよ。



「あのね、今日、もう1人一緒に食べたい子がいるんだけど」


「いーよ、誰?」



 私の後ろに隠れた彼女が、ひょこっと顔を出した。



「はじめまして、天束透子です」



 ぺこっと頭を下げた透子ちゃんに、凛ちゃんが絶句した。笑ったまま凍った。


 透子ちゃんはそれを見て、ちょっと寂しそうにしてすぐ、ぷくっと吹き出した。



「大丈夫?」


「えっあ、いや! わたしは青海おうみ りん。ごめん、透子さんっていうのね、よろしくね。はじめまして」



 だいじょばっていない自己紹介だった。


 順番がまちまちしている……。



「友達の友達は友達だから! 食べよう?」


「彼氏の彼氏はみんな彼氏だもんね。冷めないうちに食べよう!」



 ???



「あははは! 凛ちゃん面白いね~」



 さっそく透子ちゃんに笑われてる…… 



 凛ちゃんの席と、その近くの2席を借りてお弁当を寄せた。



「いっただきまーす」


「いただきます」 



 透子ちゃんは、小さめのお弁当だった。



 確かに、純花ちゃんも小食だったね。


 給食も食べきれないからって、私にちょっとくれた。


 若菜ちゃんが食べすぎなんだよ! ってよく言われたな~

 


「い、いただきます……」


 

 遅れを取って、凛ちゃんが食べ始めようとした。


 箸を持つ右手が震えている。



「凛ちゃん、あなた左利きだよ」


「あぁあ、そっか!」



 掴めないと思った、と呟きながら、左手に箸を持ち返る。



 テンパっているね。


 突如現れた、昔の友達のそっくりさんに。



「透子ちゃんも左利きなんだね~」


「うん、でもこっちも使える」



 そういって右手に持ち替えた箸で、卵焼きをひょいと持ち上げた。


 色とりどりなお弁当だった。



「自分で作ってるの?」


「うん」


「すごいね~! ひとつもらっていい?」


「卵焼き? いいよ」



 差し出されたお弁当に、箸を伸ばした。

 

 これを凛ちゃんにするといつも怒るんだけど、今は抜け殻みたいだ。止める気配もない。



「いただきまーす」



 箸で、ふわっとした卵焼きを口に運ぶ。どうだろう、彼女の〈質〉は——



「どう?」


「……たまごの、あじがする」


「へ?」


「ねぇ! たまごのあじがするよ!」



 よかった、ってニコって笑った。透子ちゃんは。


 明日もあげるよ、なんて言って、感動している私に笑う。



「若菜、ほんと?」



 凛ちゃんが、怪訝な顔でこっちを見た。


 私の〈特性〉を知っている凛ちゃんと、凛ちゃんの〈特性〉を知っている私。



「ちょっと失礼、透子ちゃん」



 左手を差し出した凛ちゃんに、透子ちゃんは自然と左手を差し出した。


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