13.

「こんなマネして、ただで済むと思ってるのかい! あたしらの後ろにはそりゃあビッグな後ろ盾がついてるんだからね!」

 褐色肌の威勢のいい姐御らしいのが縛られた状態でわめいた。すると、二人の子分――華奢な少女のような少年と頭に布を何重にも巻いた大きな髭の大男――がグェ!とうめいた。乱術士の特殊な拘束術によって縛り上げられた三人は誰か一人が暴れれば、残り二人の喉が締まり、息苦しくなるようになっている。

「姐御、ぐるじい~!」

「うぐぐ~!」

「我慢しな、そのくらい!」

 見たところ、とシンザ。「元は盗賊のようだな。もし、名乗りがあるならきこう」

「へん! きいて腰抜かすな! あたしは紅蓮ぐれんのアスサーナ!」

黒鉄くろがねのカーシム!」と、大男。

紫影しえいのムスタファ!」と、華奢な少年。

「両大陸にまたがって狙った獲物は逃がさない、アスサーナ大盗賊団とはあたしらのことだ! どうだ、参ったか!」

 参りましたか? と、シンザがエスレイにたずね、エスレイは、いいえ、と首をふった。

「それで、そのアスサーナ大盗賊団が〈天使のギルド〉の下働きとはどういう風の吹き回しだ?」と、シンザ。

「なんだ、〈天使のギルド〉を分かってんなら、はやいとこ、この縄をほどきな!」

 あの、とエスレイがたずねる。

「さっきから気になっていたんですけど、〈天使のギルド〉とはいったい何なんです?」

「〈天使のギルド〉とは神聖ハルフォール帝国の冒険家ギルドです」シンザがこたえた。

「冒険家ギルド? じゃあ、わたしたちと同業ということですか?」

「そうは思いたくありませんね。実際、彼らの活動のほとんどは冒険ではなく、他国での略奪、煽動、非公式な軍事行動です。まだ暗殺には手を出していないと思いますが、時間の問題でしょう。〈天使のギルド〉はあらゆる国で活動していて、さらに皇帝直属ですので、官僚や諸侯に一切の気兼ねなく動員できますし、国際問題に発展したら、結局、冒険家ギルドに過ぎないので無関係を主張して切り捨てることができる、皇帝の私兵みたいなものです」

「ヴィルブレフではきいたことがありませんね」

「ヴィルブレフは強国です。ハルフォールもそれなりの軍事国家ですが、ヴィルブレフをこんなマヌケたちを使って挑発するほど無謀ではありません」

「あまり歓迎できる人たちではないことは分かりました」

「錬金術師のもとで活動する冒険家としても、諜報活動をつかさどる乱術士として、〈天使のギルド〉は商売敵です。それもとても芸のない商売敵です」

 こら!とアスサーナがわめく。

「はやく縄をほどけ!」

「だ、団長、暴れないで。暴れたら、ぐ、ぐええ」

「でも、シンザさん」と、エスレイ。「さっき、この女の人はイフリートの名を口にしました。ハルフォールの人間だったら、双天使ジェミニス・アンゼルが信仰の対象です」

「見たところ、イフリージャ人のようです。そうなると、お前たちの後ろ盾はあまりあてにしないほうがいい。同じ双天使を信仰する部下だって簡単に見捨てるのが〈天使のギルド〉だ。お前たち、イフリート信仰の出身者なら人とみなしているかも怪しい」

 さて、それからどうするか。ウルバはテスケノの戦士として縛られたグェレカを突き刺すのは名誉にもとるとし、シンザは別に縛られて無力化した人間であってもトドメを刺す非情さが乱術士には求められるが、今日はその気にならないので命だけは助けておくことにした。一行は三人を縛り上げたまま、岩窟寺院に置き去りにした。

 すると、

「あの、忘れ物をしました」

 と、いって、エスレイが岩窟寺院に引き返した。

「意外です」

「何がだ?」

「エスレイはそんなことをするタイプには見えませんでした」

「トドメを刺しに行ったのか?」

「それ以外に何が?」

「風の裁きにかけるのかもしれない」

「それは縛り上げたまま、外に放り投げて、飛べれば無罪、落ちて砕け散ったら有罪、というものですか?」

「全ての風はウィツルアクリの翼より生まれる。ゆえに間違いない裁き方だ」

「神権裁判の歪みを見た気分です。そういえば、あなた、口を利くようになってくれたんですね」

「ふん。まだ、許してやったわけではない。ウィツルアクリの羽根を欲しがっているのはやつらとかわりはないのだからな」

 おまたせしました、と戻ってきたエスレイが少し嬉しそうに微笑んで帰ってきたので、二人はその微笑みを浮かべながら、エスレイが剣であの三人の胸を突き通す様子を想像したが、それはなかなかにすさまじい絵面だった。

「それで、何を忘れたんです?」

 トドメだ。

 風の裁きだ。

 いや、違う。

 盾だ。涙型の大きな。

「あそこの亡骸から借りました。革のベルトを取り換えたので、しっかり保持もできます。万全の守り! とはいかないかもしれませんが、頑張ります」

 そう言って、小さな体で盾をかかげて、横からひょこりと現れた顔はなるほど嬉しそうに微笑んでいた。

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