11.

 落ちてきたのは羽でつくった奇妙な服を着て、一角獣の角のような額飾りをつけた少女だった。

「死んだかな?」

「息はしているようですが」

「あれ?」

「どうした、トンマ?」

「見てください。誰もいなくなりました」

 確かにそうだった。あれだけいた〈中庭〉の客も店主も退役槍騎兵の老人も逃げ去った後だった。

「ほんとだ。だぁれもいねえ」

「嫌な予感がしますね」

「なんで?」

「だって、コルネリスさんのせいで落ちてきたのは間違いないじゃないですか」

「まだ決まったわけじゃねえぞ。ざっと見たところ、弾丸による傷はねえ。ひょっとすると、おれたちのテーブルに急降下で突撃したくなる衝動に抗えなかったのかもしれねえな」

「そんなことあるわけないですよ」とシンザ。「見てください。服の一部、肩から下がる羽根のマントが破損してますよ」

「じゃあ、仮にこいつがおれのフリントロック・ピストルで落ちてきたとして、それでなんでまわりのやつらはビビッて逃げ出したんだ? まあ、壊れたテーブル代を請求されないのはありがてえ話だけどよ」

 理由は明白だ。エスレイの見立てでは、ハーシュ人が〈蒼風の回廊〉から牛の頭くらいの大きさの石を二百個落とせば、ルズリンは壊滅的な打撃を受ける。

「じゃあ、なにか? トンマは鳥人間どもが復讐に来るかもしれないって思ってるのかよ?」

「はい」エスレイはうなずいた。「まあ、外交問題にはなりますね」

「馬鹿馬鹿しい、そんな大げさな、――ん?」

 ラッパと太鼓が鳴り響く。

 コルネリスとシンザには分からないが、各国の軍事号令にまつわる書籍を読み通したエスレイには、これがトゥーリバー公国の軍において槍騎兵に援護された歩兵二個中隊の進軍を命ずる音だと分かった。

 その後、三人の身柄は非常に効率的にルズリン司法の手にゆだねられた。斧槍で武装した兵隊に縄を打たれて、そのまま丘の上の大きな建物へと連れて行かれ、三人とも縛られたまま、裁判所の法廷に立たされていた。コールファクス卿の連隊はこの効率性を少しは見習うべきだろう。

 夜中の法廷など普通はないことだが、ハーシュ人を撃墜したのは事が事として扱われたのだろう、深夜に役人たちが叩き起こされ、裁判が始まった。

 三人の判事が審理の席についた。一人は小柄で太っていて、一人は長身で痩せていて、最後の一人は太ってもいないし痩せてもいない中背。法の知識や人間性で選んだというよりも、つり合いを考えて選ばれた気がするのは気のせいだろうか。三人とも老人で白い顎鬚をたくわえ、法官用の黒衣に白い綿布の襟をつけ、黒い縁なし帽を頭に乗せていた。鷲鼻にかかる眼鏡の奥で賢しげにまばたく三人の眼はこう言っているようだった――お前たち外国人はトゥーリバーの都市といえば、略奪者たちに荒らされているか、一本の目抜き通りに宿屋が一軒と酸っぱい葡萄酒の樽が一つあるだけのちっぽけなものだと思っているだろうが、ところがどっこい、ルズリンは違うのだ、というのも、我々は治安の価値と意味がどんな黄金よりも尊いことを知っていたからに他ならないのだが、お前たち外国人ときたら、トゥーリバー人はみんな傭兵か盗人だと思っている、だから、空に向かって鉛弾をぶっ放すようなことができるのだ、そして、我々がそんな阿呆を裁けないだろうと思っているのだろうが、どっこい我々は平気で裁く、なぜなら、我々は他のトゥーリバー人と違って、法と秩序を敬っているからだ、などなど。

「はなせ、ちきしょー! てめえら、みんなホモだ!」

 大人しくちょこんと縛られたままのエスレイの隣でコルネリスは暴れまくり悪態をつきまくった。裁判所はこういう被告の取り扱いに慣れているのだろう、コルネリスだけは棒杭に縛りつけられ、その棒杭は床に開けられた穴にはめられてしっかり固定された。

 一方、シンザを縛る縄は流れ落ちる水のごとくするりと抜け落ちて、床にとぐろを巻いた。

「これでも縄抜けの修行で免状をもらってますから」

 余裕で微笑むシンザを相手に捕吏は困った顔をし、判事たちを見た。

 中肉中背の判事がシンザにたずねた。

「きみは逃走する気があるかね?」

「いえ」

「では、捕吏よ。そのものはそのままでいい」

 あのー、とエスレイが控えめに呼びかける。

「わたしも別に逃げようとかそういうつもりはないです」

「捕吏。その少女の縄も解いてよろしい」

「おいこら!」

 縄から自由になった二人を見て、コルネリスがじたばたした。

「おれのもほどけよ、バカヤロー!」

 ちびの判事が言った。「お前は駄目だ」

「なんでだよ?」

「逃げる気に満ち溢れている」

「逃げねえよ、クソッタレ」

「捕吏。その馬鹿者はそのままでいい。少し口の利き方を改める必要がある」

「ふざけんな、テメー! 生皮ひん剥くぞ、この――むぐ! むぐぐぅ!」

 捕吏が慣れた手つきでコルネリスに猿ぐつわを噛ませると、審理の開始を知らせる小槌が打たれた。のっぽ、ちび、そして中肉中背の判事がかわるがわる言う。

「なぜ、きみたちがここに呼ばれたか、たぶん知っていると思う」

「我々はここに都市をつくって以来、ハーシュ人とは非常に良好な関係を築いてきた」

「グリフォンの毛皮がもたらす富は馬鹿に出来ん」

「おかげで、トゥーリバー公国を襲った内戦に巻き込まれずに済んでいる」

「それがそこの馬鹿者のせいで台無しだ」

「はっきり言って危機的状況だ」

「前例がない」

「だが、やろうと思えば、ハーシュ人たちはルズリンに好きなものを落とすことができる」

「想像してみろ。巨大な岩がごろんごろん転がりながら、この街の子どもたちの頭に落ちる様を」

「なんとかしないといけない」

「誰かが使者に立ち、あの少女を送り届ける必要がある」

「だが、山は高い」

「ハーシュ人たちの住む天上までは魔物も出る」

「そういうわけで、お前たちが行くのだ」

「少女を返してこい」

「それに謝罪も」

「ひょっとしたら、処刑されるかもしれんが、仕方ない」

「だが、お前たちに選択肢はないのだ」

 えーと、つまり、とエスレイ。

「落っこちてきた女の子をハーシュ人たちの住む場所へ送り返して、きちんと謝罪して、あれは不幸な事故であり、ルズリン市はこれからもハーシュ人たちと良好な関係を維持したいことを伝えればいいんですね?」

「そうだ」

 そう悪いことではない。どのみち、怪鳥〈虹の王〉の羽根を取りに山登りしなければいけないのだ。それにこのことはこっちに責任があるのだから、三人の判事の言うことはもっともだった。

 シンザも同じことを考えたらしい。二人は互いに目配せを交わして、うなずいた。

「わかりました」エスレイは言った。「お引き受けいたします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る