6.

 翌朝、現れた渡し船の船頭は十二、三の少女だった。

 髪の毛がとうもろこしの髭のように白く絡みついていて、昔はコットンドレスと呼べたであろうボロを上からコルセットで縛りつけて、何とか体にくっつけている有様。

 だが、手には櫂を握ってできる大きなタコがあった。つまり、この少女で間違いないようだ。

 少女は噛み煙草で真っ黒になった唾を吐きながら、料金が一人五クストーザに上がったと言って、手を出した。

「昨日は四クストーザだったじゃねえか」

「昨日は昨日、いまはいまだよ」煙草をくちゃくちゃ噛みながら少女が言う。「対岸に西軍の連中がいる。だから、危険手当に一クストーザ。だって、やつらに見つかったらぶっ殺されるもんね。で、払うの?」

「お前、ホントにあの川渡れんのかよ?」

「あたりきさ。渡れるに決まってんだろ。あたしだけが知ってる秘密のルートがあるんだ」

「言っておくがな、おれたちを騙したりしてみろ。カネを返してもらうだけじゃ済まさねえ。その小生意気な生皮剥いでやるから覚悟しとけ」

「なにそれ? そんなケチな文句、ハイハイしてるガキだって言わないよ」

 少女は森へ入り、場所を覚えられないようにあちこち寄り道したり同じ道をまわった後、手漕ぎボートが一艘もやってある秘密の渡し場へと三人を連れてきた。

「この舟で行くんですか?」エスレイは思わずたずねた。

「ガレオン船でも期待してた? 残念でした」

「でも、川のほうは言うだけのことはありますよ」

 シンザの言った通り、そこの川面は大人しく、昨夜見たのと同じ川とは思えない。四十ボアス先の対岸にはヒゲのような苔が枝から垂れてくる森が見え、粗末な桟橋小屋が水にかかっている。

「同じ川とは思えませんね」

「さあ、乗った、乗った。ぐずぐずしてると置いてくよ」

 船尾に立った少女が櫂で砂底をつくと、舟は静かに桟橋を離れた。川の上できこえるのは静かに流れる水音と森から漏れきこえる鳥のさえずり。それに少女が体を目いっぱい使って漕ぐ櫂が水面みなもを乱す音。

「のどかだねえ」

「ほんとですね」

「でも、こういうときこそ気を引き締めねばなりません」

 川もなかばを過ぎるころ、コルネリスはエスレイ相手に得意げになって言った。

「見ろ、トンマ。世の中のマヌケどもはこの川を渡るのに三コロナ払う。ちっとだけマヌケなやつは一コロナ払う。だが、頭の切れるやつは五クストーザで渡るんだ」

「でも、どうしてこんなに安いんですか?」エスレイがたずねる。

「あたしはもぐりの船頭のさらにもぐりなんだよ。他の船頭連中は土地の盗賊ギルドに見かじめを払ってる。でも、あたしにゃ、関係ないね。あたしが稼いだカネはあたしのもんだ。もし、あたしのカネに手をつけるやつがいたら、それこそ生皮ひん剥いてやる」

 ドン!

 火薬の破裂音がして、手撃ち砲ハンドガンの弾が少女のコルセットにめり込んだ。撃たれた少女は手足を広げたまま水に落ちた。

「伏せろ!」

 誰の言葉か分からないまま、とにかく伏せると、クロスボウのボルトがエスレイのすぐ上で風を切って飛びすぎた。

 エスレイはボートの縁をつかんで、水の上へと体を伸ばした。

「馬鹿! なにしてんだ!」

「あの子が!」

 少女はうつ伏せになって半ば沈みかけていた。エスレイの手はあと少しでドレスのコルセットに届きそうだった。

「どけ、おれがやる!」

 コルネリスの手がドレスをつかみ、船べりを踏んで、引っぱると、エスレイも手伝って、二人がかりで少女をボートへ引き上げた。

 水から上げる瞬間、破れたコルセットから銀貨がじゃらじゃらと何百枚も川へ流れ落ちた。エスレイは少女の胸を力いっぱい叩くと、水が吐き出され、息を吹き返した。

「ああ、ちきしょう。あたしのカネ……」

「弾は銀貨のおかげで止まったんです。命拾いしましたね」

 シンザは身を伏せて、予備の櫂として船底にあった板切れで水を掻いた。

 西軍の傭兵らしい一隊が森のなかから弾丸と矢を射かけてきた。砲手らしい編み髭の男が角の火薬入れからハンドガンの砲口へ火薬を流し込んでいる。

「シンザ! ハンドガンは何丁ある?」

「一丁だけです……次弾、来ます!」

 ヒューッ、バシ! 弾は船べりを大きく削って金具に当たり、コマみたいにくるくる回りながら、空へ飛びあがった。

「今のは危なかった」

「シンザ、お前の投げナイフ、届きそうか?」

「無理です。距離がありすぎる」

「どきな、男ども」

 船頭の少女はよく磨いた木と金属が組み合わさった武器を手にしていた。いいかげんに削った銃床に銃身をのせただけのハンドガンとは一線を画す巧緻なつくりの鉄砲――エスレイも本で知っているだけのフリントロック・ピストルだ。ハンドガンのように手に持った導火線を銃に突っ込むのではなく、引き金を引いただけで火打石フリントをはめた撃鉄が落ちて、その火花で炸薬に着火する。

 この精緻で最新の火器はもぐりの舟渡しの少女が持つには不釣り合いな、高価すぎる武器だ。

 だが、船べりによりかかり慎重に狙った一発が鉄の胸当てを貫き、編み髭の男を苔たれる森のなかへ吹っ飛ばしたところを見ると、少女はこれを完全につかいこなせるらしい。

 ハンドガン射手がやられると、他のものたちは慌てて、森へと逃げて行った。

 手と板で水をかいて、なんとか対岸へつくと、エスレイたちは川の上に伸びている白茶けた倒木によじのぼった。コルネリスだけは名残惜しげにボートに残っていたが、それというのも、フリントロック・ピストルがえらく気に入ったらしい。

「かっけえな、それ。どこで買った?」

「もらったんだ。渡し賃のかわりに」

「おれも同じのが欲しいぞ」

「やらないよ」

「なんだよ、ケチ」

「こっちはコツコツためた虎の子の銀貨をカワカマスの餌にしちまったんだ。ケチにもならあ」

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