4.
機工都市連合では蒸気機関の力で動く鉄道が存在する。高価な魔法材料と都市連合の機械術の粋を集めた現代科学の最先端であり、機工都市連合の主要都市はお互いをすでに鉄道で結んでいたから、ガーディッチに本社を持つ商人がウェストウィッチの支店へ帳簿を見に行き、コレノスで地元貴族との商談をまとめて、ガーディッチに帰るという旅行も普通なら一週間かかるが、蒸気機関車なら一日でやってのける。
とは言ったものの、汽車は乗り賃がまだまだ高く、庶民が気軽に乗れるものではない。
もちろん、費用を切り詰めるバンバルバッケの冒険者であるエスレイ、コルネリス、シンザは文明の利器に頼らず、数千年の実績がある移動手段――自分の足に頼ることになる。
「あーあ、結局、いつものパターンじゃねえか」
コルネリスは道端の石を蹴飛ばした。石は茂みへ飛び込み、しばらく転がってから、ちゃぽんと音を立てた。
三人は西へ伸びる街道を歩いていた。ガーディッチを旅立って五日目で、時折り運よく農家の荷馬車に相乗りしたりできたが、ほとんどは自分の足で旅路を稼いできた。
「でも、コルネリスさんは気にならないんですか? 気球で移動する人々がいて、美しい鳥が統べる山がある、だなんて。とても冒険的だと思うけど」
「ああ、そうだな。ついでに言えば、トゥーリバー公国は貴族どもが絶賛内戦中で、傭兵崩れの盗賊どもがうようよしてて、それ以上にヤバいのは村や町の自警団で、こいつらに捕まったら生皮剥がされるともっぱらの評判なんだもんな。とても冒険的だぜ」
「まあまあ。どうせこうなることは分かってました」
「なんだよ、シンザ。どうせこうなるって」
シンザは言った。「エスレイ。おれたち、これまでも賃上げを要求したことは何度もあるんですよ。でも、そのたびにおれたちはなぜか、バンバルバッケ博士の言う通りに働いてるんです。博士は魔法使いで、たった一言で、このコルネリスを自在に操れるんです」
「コルネリスさんを操る?」
「『まあ、きみには無理か』。この一言でコルネリスは何でもしてくれます。もし、近所の肉屋にお使いを頼みたくなったら、使ってみてください。効果てきめんですから」
「なんだ、そりゃ? まるでおれがアホみてえじゃねえか!」
「事実、アホですよ。でも、いいんじゃないですか、アホで。賢いコルネリスなんて落ち着きません」
「シンザさん。結構、毒舌なんですね」
「乱術士の技、というわけでもないんですが、噂を流して、敵の行動や思考に無意識に制限を与えたりする訓練を受けてきましたからね。毒舌もその一つなんです」
「あ、それ、分かります。敵を堅固な陣地から外へおびき寄せるのに毒舌は有効ですものね。進軍先の農村に流す大規模な食糧の徴発の噂もその点では使いやすいです。大量の食糧を必要としているということで敵はこちらがそれほどの大軍だと見誤ったりしますもの」
「そうです。それに敵が通り過ぎた後、橋を破壊することが敵の士気に与える影響の難しさとか」
「分かります、分かります。退路がなくなって不安になったりするかと思ったら、むしろ覚悟が決まって士気が上がったりします。橋の破壊はタイミングが難しくて――」
「おいおいおい」とコルネリスがすっかり盛り上がった二人のあいだにずいっと入る。「盛り上がってるとこ悪いけど、お前ら状況分かってるのか? おれたち今、一年じゅう戦争してる国に生皮剥がされに歩いてんだぞ」
「ああ、すいません。エスレイがあまりにも乱術に通じているので、つい。とても詳しいんですね。驚きました。まるで本物の将軍を相手に話しているようでした」
「あ、その、えーと、本で読む機会があったものですから。でも、実際の戦闘で役に立つ前に、こうしてシンザさんと楽しくお話できました」
「思わぬ効果でしたね」
「ふふ。わたし、思うんです。この世界に学んで損することはない。みんな、どこかで意外な形で役に立ってくれるんだって」
「ああ、そうだな」とコルネリス。「なんだかんだでこの旅も、いつの日か役に立つ日が来るってもんだ。ン十年後に孫が出来たら、語ってきかせるよすがになるわけだ――その昔、バンバルバッケってケチなジジイがいて、そいつのペテンにある一人のトンマがひっかかり、おれたち三人は内戦真っ只中のトゥーリバーへ出向いたわけだが、じいちゃんはそこで化け物鳥に体の半分を食いちぎられ、シンザは盗賊どもに踊り食いにされ、トンマは原住民につかまって、やつらが乗る気球の袋にするんだってことで、生皮ひっぺがされて、今もお空を飛んでいる」
「ム。コルネリスさん、トンマって呼ぶのはやめてください。エスレイって名前があるんです」
「トンマじゃねえとこ見せるまではトンマだ。トンマ」
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