14.

 ジョシュアは久しぶりに街へ下りた。あの事件以来だ。

 粛清を経過して、シュヴァリアガルドは若返ったようだった。無用の慣習が打破され、門閥政治が廃止され、騎士も平民も能力次第で登用される若い国になったのだ。

 それなのに、生まれ故郷の裏路地へとやってきたジョシュアが感じるのは凱旋する軍人の誇らしさではなく、罪人つみびとの後ろめたさだ。

 原因は分かっている。エスレイだ。

 自分の出自や士官学校のことを話すと、表情が輝いていた。あれだけアンゼルムを愛するものはいない。

 にもかかわらず、アンゼルムはエスレイに父親殺害の濡れ衣を着せ、処刑しようとしている。

 デュスケン大公の胸を刺したときにはなかった罪悪感で今は胸が苦しい。

 前夜祭、あのとき、二人で水の上を踊った小さな広場へ向かっているのは、あの場所で、昔から自分を知っている人たちに理解してもらいたいという願望があったのは否定できない。

 だが、庶民街ですれ違う顔見知りたちのジョシュアに対する態度は奇妙なものだった。

 畏怖。そういってもいいだろう。

 顔には偽りの懐かしさ、だが、心にきざした恐れのようなものがかすかに見える。

 そんなふうにされると、自分がタチの悪い騎士になったような気がする。

 泉亭のある広場に来る。人気がなくひっそりとしていて、小料理屋は閉まっている。

 ジョシュアは扉を叩いた。

「親爺さん。おれだ。ジョシュアだ。いないのか?」

「誰もおらんよ」

 突然、背後から声をかけられて驚いて振り向くと、笛吹きの老人がねぐらの横道からのっそり姿を現すところだった。

「じいさん。いないってどういうことだ?」

 老人は皮肉っぽくフフンと笑った。

「知ってると思ったがな」

「何があったんだ?」

「殺された。お前さんのお仲間に」

 最初は老人の言っていることが分からなかった。粛清は限定して行われている。堕落腐敗した貴族や騎士と彼らと結託した市民のみだ。殺された市民だって、悪徳商人や汚職官吏だけだ。そんなはずは――、

「ない。あり得ない。そう言いたげだな。でも、あったんだ。士官学校の学生と若い騎士たちがやってきた。ここに何とか男爵とかいう貴族がかくまわれていると言って、そいつを差し出さなければ、同罪だと言った」

「親爺さんはかくまってたのか? どうして?」

「どうして、だと? なぜ、そんなことをきく? 学校で新しいことを覚えると古いことは忘れていくのか? 子どものころから、あの親爺を見てるんだから分かるだろう。相手が腐った貴族だろうが、涙を流して助けを乞われれば、見過ごせない。あいつはそういう男だった。それでぶった切られた。腐敗し堕落した一味と呼ばれて」

「そんな……」

のこった家族は逃げたよ。またやつらがやってきて、誰かを処刑していくんじゃないかって震えながら。これが世直しだってんなら、酒で潰えるはずだったわしの寿命も長くなるな。辛口の白をたらふく飲ませてくれる店が一つ消えたんだから」

 そして、老人は葬送の曲を吹いた。

 ジョシュアは耐え切れず、その暗い楽の音から逃れようと走った。

 恐怖。信じていたものが足元から崩れ落ちていく恐怖。

 ジョシュアは叫びたかった。

 違う。そんなものではない。アンゼルムさまはこんなことは望まなかった。

 慣れ親しんだ路地を逃げるように走る。窓や物陰から寄せられる視線が辛かった。

 親爺を殺した連中が憎かった。子どものころ、売れ残りのパンで簡単な菓子をつくってくれた。頼まれれば嫌とは言えない、義理堅い男だった。そんな男を殺す理由がどこにある?

「こんな、こんなこと、間違いだ。違う」

 息が切れたとき、ジョシュアは大通りにいた。左手の奥に盾の門と呼ばれる城門があり、その前に死刑台が築かれている。

 あれはエスレイを処刑するための断頭台だ。

「違う……」

 そう信じたい。だが、その願いは材木を組んだ簡素な台に否定される。

「アンゼルムさま。おれは――」

 導いてもらいたい。正しい方向へと。

 ジョシュア!

 声をかけられ、騎乗した黒衣の士官学校生二人――セドリックとフラナルが慌ただしく駆けてきて、乱暴に手綱を引いた。

「何があった?」

 セドリックが興奮で真っ赤になった顔で告げる。

「エスレイ皇女が塩の塔から逃げたんだ! 追撃し捕縛せよ、生死は問わぬと、陛下直々のご命令だ!」

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