6.
一年に及ぶ包囲戦はルーハイム軍の総大将キール王子が捕虜となり、僭主ミカエルが戦死したことで終了した。
王子との交換にどのような条件をつけるのかは外交官の仕事であり、エスレイは合戦に間に合わなかった二千の兵とともに帝都シュヴァリアガルドへと戻る道を取った。
戦に全く関わることのできなかった騎士や兵士たちからは何とも肩透かしの食い足りなさのような感想が上がっていた。
「なんだ、おれたちが来る前に戦が終わったのか」
「これじゃあ、凱旋の食い物は期待できねえなあ」
「それにしてもエスレイさまは早駆けして一日で敵さんの王子を分捕っちまうんだから、すげえもんだ。とても初陣とは思えないなあ」
「机上演習では指折りの将軍たちの誰も叶わなかったくらいだ。生まれついた才があるのだろう。ゆくゆくは軍神としてヴィルブレフを守ってくれるに違いない」
机上演習というのは地図をチェス盤の代わりにして、天候や季節、地形、地元の住民の友好度、兵の士気などを細かく決めて行う軍事訓練の一種だった。エスレイがこれを何かの遊びだと思って始めたのが、四歳のころでそれから名うての将軍や軍事研究家たちを破り続けている。兄王子のアンゼルムでさえ、妹には叶わなかった。
皇女とはいえ、エスレイは小娘なのだから、将軍たちには面白くなかったのだろう。
わずか十四歳でクテルノへ司令官として派遣されたのも、机上演習はできても、実戦では通用しない、ともっともらしいことを述べたかったからだ。
それがこの大勝利である。
そもそも、エスレイは机上演習だけに満足していたわけではない。
軍事以外に興味を持ったものには真剣に調べ、貪欲に知識を吸収していく。水門の木片から敵の作戦と狙いまで割り出したのは、造船に関する専門書に目を通したことがあったからだ。
何が役に立つか分からない。言い換えれば、この世に無駄なものなどないのだ。恐らくエスレイの軍事における天賦の才はこうした柔軟な思考から来ている。
都への帰路につくエスレイの顔が嬉しさに緩んでいるのは初陣での勝利や敵王子を捕虜に取ったことを喜んでいるのではなく、夜襲に参加した市民兵に一人の犠牲者も出さなかったことだ。二人の騎士が軽傷を負ったが、騎士は民を守り切った。あの地で起こっていた世界のねじれを元の状態に戻したような達成感があった。騎士は再び誇り高く使命を守る存在になる。伯爵の息子オーランがそうせずにはいられないだろう。
騎士帝国はその騎士を慕い、頼りにする民を守ることができてこそ、存在することができる。民に見放された騎士は没落するのもはやい。
もちろん、クステノでの一件が騎士帝国全体に蔓延している騎士の堕落を一度に払拭できるものではない。
だが、全く打つ手なしではないのだ。
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