3.

 籠城軍司令部が置かれた大聖堂にはクステノ伯爵が後詰の援軍をあてにして、籠城を継続する旨を司令官として命じていた。その息子のオーランは父親の背後で柱に寄りかかり、じっと軍議の行方を見守っていた。

 軍議には市民軍の代表も呼ばれていたが発言権はなかった。伯爵は軍議の出席者をあくまでも騎士身分に限定したかったのだ。

 もちろん、軍議には援軍として先陣を切って到着したエスレイ皇女とその配下二十がいる。だが、『盾の姫騎士』の称号を得たと言っても、たかが十四の小娘だ。伯爵には辺境伯として永年、この地を支配した実績がある。国境では生まれは関係ない。実力がモノを言うのだ。

 だから、エスレイ皇女が全軍出撃すべきと言ったとき、伯爵は失笑を禁じえなかった。功に焦った小娘。それ以上の印象はない。伯爵は物事に通じた軍師風の物言いで数で負けている籠城戦において、軽々しく出撃ではないと諫めた。言葉自体は尊敬語を散りばめていたが、そこには皮相な嘲笑がうかがえる。クレセンシアは無礼なと憤ったが、エスレイは一切気にしなかった。

「もし、今夜出撃しなかったら、クステノは敵の手に落ちます」

「その根拠を伺ってもよろしいでしょうか、殿下」

「根拠はこれです」

 エスレイはテーブルに広げた地図の上に、水門で見つけた木片を置いた。

「なんですか、殿下。その、これは――」

「このなかで船大工の方はいませんか?」

 エスレイは伯爵を無視して、市民たちに話しかけた。

 伯爵は怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。自分を無視した上、草民連れに発言を請うなんて、軍議におけるルールを全て無視している。幼いころから皇女皇女と持ち上げられると、こんなふうにわがままに育つものなのだと自分を納得させた。それに自分の配下の騎士たちはみな伯爵と同じ怒りを分かち合っている。それで留飲を下げる一方、息子のオーランはじっとエスレイを見つめている。伯爵にとって、この息子はだいぶ前に解くのをあきらめた一つの謎だった。

 船大工が呼ばれた。小柄だががっしりした男で脱いだ帽子を手に握り、エスレイに呼ばれるまま、おずおずと作戦机へ近づいた。

「あの、殿下。わたしは船大工です。釣り舟や渡し舟くらいしか作ったことはありませんが」

「わたしは今、まさに釣り舟や渡し舟をつくっている船大工の方の意見が欲しかったのです。これは何だか説明できますか?」

 皇女の手から直に木片を受け取った船大工はすぐに答えた。

「これは船釘です。それも小さな舟をつくるのに使うものです」

「これが市内を流れる川の、上手の水門に引っかかってました」

「なら、上流で船を作っているんですね。たぶん黒紅樹の森でしょう。あれはいい木材ですから」

「この釘の大きさからどのくらいの重さのものを乗せられる舟か、分かりますか?」

「三オロネーガ入るくらいの大きさの樽を二十は載せられます」

「その樽に火薬がぎっしり詰まっていてもですか?」

「ええ。そのくらいならこの釘でつくる舟で――まさか」

 市民軍の代表者たちが顔を蒼くした。

 一人、事態を把握していない伯爵が甲高い声を上げた。

「ど、どういうことだ。誰ぞ、説明しろ!」

 エスレイが説明する。

「つまり、火薬樽を載せた舟を今夜、クステノへ流して、水門とその左右の城壁をバラバラに吹き飛ばすつもりです」

「そんな馬鹿な!」

「ここ最近、敵は火薬を節約して砲撃の規模を落としていました。その火薬で防壁に穴を開けるつもりです。残念ながら後詰の二千をあてにすることはできません。正念場は今夜なんです。だから、こちらから機先を制して夜襲を仕掛けます。火矢の使いに慣れた市民兵八十と彼らを守るための騎士が四十。そのうち二十はわたしの親衛隊が務めます。伯爵には残り二十の騎士の協力を」

「じょ、冗談じゃない!」伯爵は声を荒げた。「た、たかが釘一本でそこまで分かってたまるか! そんな危険な賭けには乗れない」

 市民兵のほうにも動揺は広がったが、夜襲への志願はなかった。

「皇女だって騎士じゃねえか。きっと出撃したら、おれたちを捨て駒にするに決まってる」

 そんなことがささやかれる。

 クレセンシアはきつく拳を握りしめ、なぜこれだけ敵の作戦が明確なのにどちらも動こうとしないのか、憤りを感じていた。騎士は惰弱で、民は疑心暗鬼に陥っている。このままではこのまちは本当に陥落してしまう。

「姫――」

 だが、エスレイの哀し気な横顔を見ると、それ以上かける言葉が見つからない。

「ちょっと待った!」

 大きな声が聖堂の入り口から響く。砂ぼこりにまみれた男たちがぞろぞろと入ってきた。

「あなたたちは――」

 エスレイが避難した地下室の男たちだった。

「すまん。崩れた建物から人を助け出すのに手間を食った」

 大男は皇女の前に膝を屈した。

「バルテリンク通り市民隊三十名、皇女殿下の作戦に参加すべく参上。この命、皇女さまに預けます」

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