第33話 紅蓮の洞窟で怒られました
「あの、どこへ行くのですか? ヒカル様がそんな状態では村に戻るわけにはいきませんし」
「わうっ!」
ユキは振り返り『わかってる』と言わんばかりに一吠えすると永遠のトーチを拾い上げる。
ぼっぼぼっ!
ユキは咥えたトーチに力を送り込み、幾つかの火球を作り出す。
生み出された火球の一つは残った氷を溶かして道を作り、残った火球は周囲を旋回してヒカルが凍えないように空気を温める。
「さすが神の御使い様、すごい・・・・」
ユキの完璧な使いこなしにイコは感嘆の言葉を漏らす。
そうしてる間にもユキはずんずんと歩を進めて離れていく。
「あ、待ってください! ユキ様!」
◇ ◇ ◇ ◇
「あ、ここは・・・・」
振り返らずにずんずんと進んでいくユキを必死に追いかけ、追い付いたのは紅蓮の洞窟の前であった。
「そういえばここが目的だって言ってましたね」
「・・・・・」
トーチを咥えたまま無言でうなずくユキ。
「さすがにここは溶けるのが早かったみたいですね」
紅蓮の洞窟は地熱で周囲よりも高温を保ち、時折溶岩流が見られることからその名が付いた場所である。
ユキの咥えたトーチと熱量を抑えて離して浮遊させた火球を明かりとして紅蓮の洞窟を進む一行。
特に障害もなく歩を進め、今までの要所と同様に属性に応じた色の壁が立ちはだかる最深部へとたどり着く。
ユキがカリカリと赤い壁を引っ掻いた後、背中に乗せたヒカルを振り返る。
力を使い果たしたヒカルは目覚める様子もなく、未だに眠っている。
ふうっ、とばかりにため息をつくとその場でしゃがみ込むユキ。
「あ、ヒカル様を下ろしますね」
イコは脱いだコートを地面に敷くとヒカルを担ぎおろし、そのまま赤い壁に持たれ掛けさせようとした。
「うわっ!」
あわてて腕を掴み、ヒカルの身体が壁をすり抜けて倒れ込みそうになるのを引き止める。
「ヒカル様だけは素通りという事ですか?」
「わうっ」
「では、こちら側に」
腕を引っ張って壁から引き出すと別の岩壁に持たれ掛けさせて座らせる。
「・・・・・」
脱いだもう一枚の服を掛けようとしたが、正面から見たその姿に思わず固まってしまう。
肉付きは良いが決して太くはないそのスタイルの良さは痩せすぎとよく言われるイコにとってはとてもうらやましく思えるものであり、なんとなく見入ってしまう。
整った顔立ちに長く美しい黒髪と白い肌の対比、大きく形の良い胸に肋が浮かない程度に肉は付いてるが引き締まったお腹と腰回り、くびれた腰からヒップにかけての理想的なラインとむちむちした太もも・・・・見入る程に魅入られるその姿にごくりとつばを飲み込み、思わず手を伸ばす。
その白い肌の吸い付くようになめらかな手触りに夢中になってしまう。
「んっ・・・・」
ヒカルの唇から漏れた色っぽい声にビクリとして正気に戻る。
「違うんです! 何が違うかよくわからないけどとにかく・・・・」
慌てて手を離してよくわからない弁解をするが、途中でヒカルの意識がまだ戻っていないことに気付きイコは安堵する。
「ふうっ、良かっ・・・・」
一旦は安堵したものの、視線に気付いて横を振り向き固まる。
振り向いた先には白い目でイコの様子を見つめるユキの姿。
「え、あ・・・・これは・・・・」
弁解の言葉が出てこなくて詰まるイコに対して、やれやれという様子で遮るようにイコとヒカルの間に割り込むユキ。
そしてそのままヒカルの膝の上で伏せてガードするかの様に身体を密着させる。
「だから違うんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
紅蓮の洞窟にイコの叫びが木霊した。
◇ ◇ ◇ ◇
「んっ・・・・なんか身体が重いし暑い・・・・ってユキィィィィ!」
ヒカルが暑苦しさと身体の重さで目覚めるとユキがすぴょすぴょと寝息を立てていた。
「わうぅ?」
ヒカルの叫びにユキが寝ぼけ眼で応えながら立ち上がる。
「わたしだから大丈夫だったけど、普通の人だったら大変な事になってたからね! って、・・・・もしかして掛け布の代わりのつもりだったの?」
「わふぅ」
まだ眠たげにしながらユキはうなずく。
「うーん、たしかにわたしも服とか出す間もなく気を失ちゃったけどさ・・・・他になにかなかったの?」
「わうぅ・・・・わうっ」
ユキは眠っているイコを少し見つめた後、ゆっくりと左右に首を振る。
「? この壁があるってことはここ、紅蓮の洞窟だよね」
「わうっ」
「じゃ、ちょっと行ってくるから・・・・ユキはイコさんを連れて、洞窟の外とまでは言わないけど離れててくれるかな?」
「わうぅ・・・・」
「なんで残念そうな顔するの! とにかくちゃんと離れた所まで行くこと!」
「わうっ」
ユキは敷物にしていたイコのコートを咥えて差し出す。
「あ、ありがと・・・・でもね・・・・終わるまでは何も着れないし、終わったらいつもの着るからそれはイコさんに返してあげて」
「わうっ」
薄暗い上に周りには他に誰も居ないということでヒカルは一糸まとわぬ全裸のままである。
「ほら、イコさんを乗せるからしゃがんで」
「わうっ」
眠っているイコを起こさないようにゆっくりと慎重にユキの背に乗せる。
「ユキもイコさんもトーチ使って疲れたんだね。村に戻ったら少し休もうね」
「わうっ」
「それじゃここから離れてね」
「わうぅ」
名残惜しそうに何度も振り向きながら離れていくユキを見送ってからヒカルは壁の中へと入った。
壁を抜けた先は今までと同様に静寂に包まれた小さな部屋でその中央には水晶柱が佇んでいる。
「これで三つ目」
ヒカルは水晶柱に近付き手を触れる。
さあぁぁぁっ!
水晶柱は光の粒子となって広がり、周囲の空間を別のものへと塗り替えていく。
「頑張りましたねと褒めるべきか、無茶したことを怒るべきか・・・・」
水晶柱のあった場所に現れた女性のシルエットは悩む仕草でつぶやいていた。
「えっと・・・・」
「よくここまで来ましたね」
「さっきのは?」
「焦らずにここで覚醒してから行けばあんな無茶をしなくても勝てたのだから闇雲に突き進んだ事を咎めるべきか、死力を尽くして戦い抜いたことを褒めるべきかってことね」
「うっ・・・・」
不要な無茶をしたと言われて気まずくなりヒカルは目をそらした。
「たしかに後から考えれば不要な無茶だったけど誰もその時点の最善を知ることは出来ません。だから貴女の選択を攻めることは出来ないし、あの状況から勝利をもぎ取った事は讃えますよ」
「・・・・・」
「敵は日々強さを増し、貴女も力の覚醒を重ねて強くなる必要があります」
「あの、そもそも敵って何者なのでしょうか? それらしい組織の一端には接触しましたが」
「敵については詳しいことはまだ分かりません。ですが彼らが人々から我ら神々を切り離し、その信仰を消し去るために各地の要所を封鎖していたのは事実です」
「あと残るは土と月ですね。そういえば月の神様の要所って何処にあるんですか?」
「月の要所は特別な場所にあり、敵の手もまだ伸びてはいません。
来るべき時が来た時、かの者の眷属が貴女を導くでしょう」
「わかりました」
「ところで、貴女!」
突然火の神がヒカルの頭を両手でつかみ、顔を近づけてくる。
「は、はい!(近い近い!)」
「ほんっとぉぉぉぉうに無茶したんですよ! トーチで聖石の力を無理に限界以上に引き出して・・・・聖石が割れる寸前だったんですよ!」
「す、すみません・・・・」
「聖石の修復と覚醒の両方になるからそれなりの覚悟はするのですよ」
「は、はい・・・・」
そしてまた例の如く拘束される。
「あ、あの、なんか拘束が厳重じゃないですか?」
今までだと両手両足程度だったが今回は首や胴に上腕や太ももと追加されてガッチリと固定されている。
「『覚悟ができてる』と『我慢ができる』は別物ですからね。それに修復が加わる分だけ長くなるし」
「え、なにそれ、怖い! あ、やっぱりちょっと待って・・・・」
「無駄だから駄目」
「え、そんな・・・・あ、や、ああああああああああああああああああああああああああ!」
いつもより長いヒカルの嬌声が静寂の空間に響き渡った。
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