第34話 お墓参りをしました
「うう、長かった・・・・」
着替えを終えたヒカルはふらふらと壁の外に顔を出す。
言いつけは守られたようでユキたちの姿は見えない。
ガクガクと震える足を何とか踏ん張り、壁に手を付きながら進む。
「こんなことなら近くで待ってて・・・・いや、それは駄目だ!」
いくら疲労で辛くても水神の里の時のような醜態をもう一度繰り返すなんて出来ないとヒカルは浮かびかけた思いを必死にかき消す。
「疲れは休めばなくなるけど、恥ずかしい記憶はずっと残るからね・・・・」
ヒカルは壁に背を預けながら呟いく。
「わうっ!」
声のした方を振り向けばトーチの明かりに照らされてイコとユキの姿が洞窟の闇に浮かび上がっている。
「神様からお力を頂くって大変なことなのですね」
疲れ切ったヒカルにイコが手を差し伸べる。
「え、あ、うん・・・」
イコの様子から近くで聞いていたという事はないと判断する。
「わうぅ」
イコの肩を借りて立ち上がったヒカルにユキが背を向けて座り込む。
「うん、お願いね」
いつもの事と遠慮なくその背を借りるヒカル。
「では、村にもどりましょう」
「わうっ!」
「うん・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
紅蓮の洞窟から帰還すると村の人達が集まっていた。
雪崩の積雪が消えたり、氷の壁が崩れたりと言った変化で何が起きたか薄々気付いてはいるが確信が得られない為にヒカル達の帰還を待っていたらしい。
「こちらの聖女ヒカル様が元凶の魔物を倒しました! そのうち雪も溶けるはずです!」
疲れ切って動けないヒカルに代わってイコが宣言する。
「おい、マジかよ・・・・」
「やっぱりそうなのか」
「というか、イコはいつの間に帰ってきてたんだ?」
なんとなく察してはいるがイコの宣言だけではまだ完全に納得できないようだ。
「もう一仕事しないと駄目みたいね」
ヒカルがユキの背中から降りると懐から大きめの水晶を取り出し、トーチと共に点に掲げた。
「
ぶぅわぁぁぁぁぁ!
掲げたトーチから発せられた淡い色の炎が爆発的に広がる。
「うわぁぁぁぁ・・・・あれ?」
「あれ? 全然熱くない?」
「ん? なんだか身体が軽くなったような?」
突然の炎に人々は驚くがすぐに全く無害なことに気付く。
「あ、おい! 雪が!」
「氷も無くなってるぞ!」
炎はスノーテンタクルスの生み出した雪と氷だけを蒸発させてすぐに消え去っていた。
「これはまさに奇跡!」
「これが神の御使い様を従える聖女様の奇跡か!」
「俺は今、歴史的瞬間に立ち会っている!」
目に見える急激な変化を前に懐疑的だった人々も認識を改めで騒ぎ出す。
「あのバケモノが出した雪や氷は良くない物を含んでたからね・・・・ふうっ・・・・」
「ヒカル様!」
「わうっ!」
グラリと後ろに倒れそうになったヒカルをイコとユキが慌てて支える。
「ちょっと疲れちゃったかな」
「今日は私の家でしっかり休んでください」
「わうっ!」
ヒカルはユキの背に乗せられて運ばれていった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、イコも家の前には人集りができていた。
言うまでもなく村を救った聖女を一目見ようと村の人々が集まったのだ。
「なんだいなんだい、朝から人の家の前で騒がしいね!」
イコの祖母が一人、人集りの前に出て抗議する。
「あ、オババ、出られるようになったのか?」
「聖女様と御使い様のお見舞いを受けて、さらにその聖女様がお清めをしてあの子の所に行けるようにしてくれたんだ、これで起きなくてどうすんだよ!」
「俺達もその聖女様に会ってみたいんだよ」
「聖女様は昨日、この村を雪まみれにしたバケモノを倒してさらにお清めの奇跡で雪を取り去って、それで疲れてぶっ倒れたんだよ! 居合わせた連中はぶっ倒れる所見てたんだろ!
それなのに休ませるより会わせろとか言ったら神様に怒られちまうよ」
イコの祖母の言葉に人々は顔を見合わせる。
「そんなことがあったのか・・・・」
「礼を言いたかったけどそれじゃ仕方ないな・・・」
「それじゃ、アタシャあの子の所に行きたいんだから道を開けておくれ」
「ああ、すまん」
人々は解散し、普段の営みへと戻っていった。
「おまたせしてしまったようだね」
「あ、いえ、気にしないでください」
墓地ではヒカル達がイコの祖母を待っていた。
「それにしても立派なお墓ですね」
眼の前には他の墓の三倍はありそうな巨大な墓碑がある。
「村の救世主だから粗雑には出来ないし、大きな子だったからね」
そう言われて思わずヒカルはユキの方を見る。
馬ほどの大きさでヒカルを乗せることも多いが、これでもまだ生後一年に満たない子供である。
そんなヒカルをよそに祖母は墓前に花を供える。
「間が空いてしまってすまんかったね」
墓碑に語りかけるイコの祖母。その横でヒカルは手を合わせ、ユキも頭を垂れて黙祷する。
「わうっ?」
突然ユキが目を見開き頭を上げる。
「どうしたの、ユキ?」
ユキはピクピクと鼻や耳を動かして周囲の気配を探っている。
あおぉぉぉぉぉぉぉぉん!
そして唐突に遠吠えを始めた。
「え、ちょっと、本当に急にどうしたの?」
「いったい何事だい?」
「いや、わたしにも・・・・、ユキが遠吠えする所なんて初めて見たし」
だが、すぐに返答は返ってきた。
あおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!
ユキのものとは違う別の遠吠え。
「え、まさか、ユキ以外のムーンライトハウンドが近くに居るって事?」
あおぉぉぉぉぉぉぉぉん!
あおあおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!
木霊するユキと他の個体の遠吠え。
数回繰り返すと気が済んだのか、唐突にやめておとなしく座り込む。
「まあ、確かにこのお墓の子が居たんだから居てもおかしくは・・・・」
ヒカルは言いかけた所で視界に現れた巨大な姿に言葉を失う。
体高(地面から背中までの高さ)4メートル程の大人のムーンライトハウンドがユキより少し大きい程度の子供を連れて現れたのだ。
その大きさについての知識はあったが、実際に目の当たりにするとその大きさに圧倒される。
「あの、前の子もこんな大きさだったのですか?」
「そうだね~、もう少し大きかったかな」
「あの、それじゃあの家に入れませんよね?」
「あ~、一緒に住んだのは出会って間もない頃だけで、少ししたら隣にデカい小屋を作ってそこを寝床にしてたね。今は倉庫になってるよ」
ヒカルとイコの祖母がそんな会話をしてる横でユキとムーンライトハウンドの親子は互いに匂いを嗅ぎあったりしている。
しばらく親子とやり取りをしたユキが地面に何かを描き始めた。
「なんだろうこれ? トーナメント表?」
「もしかして家系図かい?」
「わうっ!」
「あ、家系図か。もしかして、この親子はお墓の子の身内ってこと」
「わうっ!」
ユキがコの字の片方に墓の絵を描き、もう片方にはT字が縦に二つ繋がって書かれている。
「もしかしてお墓の子の兄弟の子とその子供?」
「わうっ!」
「ああ、あの子に繋がる子に会えるなんて・・・・」
イコの祖母はムーンライトハウンドの親子に抱きつき、歓喜の涙を流した。
◇ ◇ ◇ ◇
村に戻ると大騒ぎとなった。
ムーンライトハウンドの親子が着いてきたのだから。
いくら愛嬌のある顔とは言え、その巨大さ体躯は十分な迫力を醸し出している。
「おお、この大きさ、懐かしいのお」
「また御使い様の勇姿が拝めるとはありがたやありがたや」
前のムーンライトハウンドを知っている年寄りだけは冷静であった。
「え、ちょっとお祖母ちゃん、これはどういう事?」
出迎えたイコが驚きの声を上げる。
「なんかユキが遠吠えしたら来ちゃった」
上機嫌過ぎて聞いてないイコの祖母に代わってヒカルが説明する。
「たしかになんか聞こえましたけど・・・・」
「早速倉庫を開けないとね、もともとあそこはあの子の寝床だったんだから」
「たしかにこの大きさだと倉庫しか入れる場所ないけど・・・・ってまさか家に来るの!」
「ああ、アタシャこの子達を迎えるつもりだよ、ってなんだい?」
親ムーンライトハウンドがイコの祖母に鼻を近づけ何かを伝えるかのように鼻を鳴らす。
「え、そうかい? 遠慮しなくてもいいのに」
「お祖母ちゃん、あの御使い様と会話してる・・・・って、遠慮はしてほしいかな」
「ああ、任せておくれ。たまにはあんたも顔を見せに来るんだよ」
親ムーンライトハウンドは頭を上げて頷くと子ムーンライトハウンドに近づいて何かを言い聞かせるような仕草を見せる。
「ねえ、お祖母ちゃん。何がどうなったの?」
「自分は山に帰るけど我が子を頼むって」
「うん、まあそれは仕方がないか・・・・まあ、面倒見るのはお祖母ちゃん達だし」
信仰対象となっている存在を無碍に出来るわけもなく、イコは呆れながらも受け入れる。
親ムーンライトハウンドが帰って行って一旦は静かになったが、通りすがりの村人の言葉ですぐに騒がしくなった。
「あれ? オババにイコちゃん、御使い様を連れてるって事はその人が聖女様かい?」
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