第32話 死力を尽くしました
「ヒカル様!」
積雪から抜け出したイコが駆け寄ってくる。
「ユキ様が居たから良かったけど、私なんかのために・・・・」
先程の捨て身が許せないらしく、怒りながらも泣きそうな表情で噛み付いてくる。
「いや、わたし一人だけならなんとかする算段はあったから・・・・
例えば、こんな感じでほらね・・・・」
ぼしゅぅ!
ヒカルが足元の雪に手を触れた瞬間、周囲の積雪が消滅する。
「えっ!」
「あれ?」
積雪を異次元ポケットに収納することで消し去ったように見せたがイコは別のことに驚き、積雪の中から現れた想定外にヒカルも驚く。
積雪の中から現れた赤黒い触手は鎌首をもたげ、狙いを定める。
「ユキ!」
「わうっ!」
ユキがイコの襟首を咥えてとっさにその場を離れる。
ぶびゅわぁぁぁぁぁぁぁっ!
凄まじい風とマジカルステッキによる打撃でヒカルは迫りくる触手を牽制する。
触手が怯んだ隙きにすかさず変身のポーズを取る。
「変身! ブレイズフォーム!」
かっ! ばりぃぃっ!
凄まじい閃光がヒカルの衣服を消し飛ばし、入れ違いに赤い異形の鎧がその身を包む。
「太陽の使徒サンブレイバー見参!」
変身後の決めを一瞬で終わらせ、マジカルステッキを体の前で水平に構える。
「
ぼうぅっ!
マジカルステッキから一メートルほどの炎の刃が伸びる。
「
ぶわぁぁぁぁぁ!
炎の刃が一閃し、マジカルステッキを構え直すと同時に切り落とされた触手が燃えながらその場にぼとぼとと落ちる。
残った側の触手は敵わぬと悟ったのか氷の壁の中へと下がっていく。
「逃さないよ!」
ヒカルがマジカルステッキを上段に構えると刃の姿を保てない程に炎が激しさを増す。
「
じゅわっぁぁぁぁぁぁぁ!
炎の波が氷の壁を一瞬にして融解蒸発させながら突き進む。
「届かないか・・・・」
炎の波は氷の壁を大きく抉ったものの、触手に追いつき焼き尽くす前に消滅してしまった。
「行くしかないか」
ヒカルは抉られた氷の壁の穴へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇ ◇
「わうぅぅ・・・・」
ユキは困った表情で氷の壁を掻いていた。
ヒカルが入っていった氷の壁の穴はすぐに収縮を始め、もうすでにユキが通るには小さすぎるサイズとなっていた。。
高い透明度と時折放たれる炎の光でヒカルの姿は追えるが、その後に続く事はできない。
「ユキ様、ヒカル様の後を追いたいのですね」
「わうぅ・・・・」
「微力ですが、お力になれるかもしれません」
「わうぅ?」
「とりあえず私の家に来てください」
「わうっ!」
◇ ◇ ◇ ◇
触手の後を追ってどれ位進んだのだろうか?
地面には触手が捉えた獲物を引き摺った後があり、それは紅蓮の洞窟の横を通り過ぎてその上への山道へと続いていた。
しばらく山を登っていくと氷の壁は途切れ、おぞましい光景が広がる広場へと出た。
「これは・・・・」
おびただしい量の人間の頭髪や動物の毛皮など犠牲者の残骸が散乱し、その中央にそれらを喰ったと思われるものが蠢いていた。
大量の触手が生えた巨大な雪玉、他に適した表現の言葉が見つからない
─── スノーテンタクルス?
─── ちから:200 ─── はやさ:7 ───
─── 増強の悪食 ー 冷気操作 ───
正体を探るべく『
二つの能力のうち『冷気操作』は氷の壁を作ったり雪崩を起こすなど字面通りの能力、もう一つの能力はおそらく食う事で力を増す能力だろうと判断する。
前方の気配に注意しつつ、背後の氷の壁を振り返ると穴が塞がりかけていた。
「やるしかないか・・・・」
負ければ悪食の餌食、勝つしか帰る道はないと覚悟を決めるとヒカルはマジカルステッキに炎の刃を宿らせた。
「
振り下ろされたマジカルステッキから炎の波が疾走する。
ごぉう! じゅわっぁぁぁぁぁぁぁ!
だがスノーテンタクルスは氷の盾を生成してそれを炎と相殺させる。
「これなら!
ぶぼわぁぁぁぁぁ!
吹き上がる炎が数十メートルの炎の刃となってスノーテンタクルスの頭上から振り下ろされる。
じゅわわわっぁぁぁぁぁ!
だがそれも氷の盾に殆ど相殺され、数本の触手を焼き切る程度に留まる。
「まずいなぁ」
ヒカルは氷の壁に炎でトンネルを掘って来た為に、ここにたどり着いた時点で少し力を消耗していた。
そしてそれなりに威力のある技を二つ繰り出したが、どちらも防がれて殆どダメージを与えられていない。
これ以上の大技となればそうそう放てるものではない。
「こうなったら・・・・」
ヒカルは炎の刃を下段に構えて駆け出す。
近接戦に持ち込み、氷の盾の生成の隙きを与えない戦い方にシフトする事にしたのだ。
どがしゃん!
「ぐっ!」
透明度の高い氷の壁に気付かず激突し、スピードが落ちる。
どがっ!
さっきよりも厚みと強度のある氷の壁にぶつかり、足が止まる。
「ああっ! もうっ!」
ぶぼわぁぁぁぁぁ!
苛立って伸ばした炎の刃で周囲を薙ぎ払う。
じゅわっぁ! じゅわっぁ! じゅわっぁ! じゅわっぁ!
多数の氷の壁が蒸発し、炎の刃が相殺される。
「そんなに近付かせたくないのか・・・・それなら!」
ごぅぉわっ!
ヒカルの身体が炎上し、そのまま炎を纏って駆け出した。
じゅわっぁ! じゅわっぁ! じゅわっぁ! じゅわっぁ!
進路上にある氷の壁を蒸発させながらヒカルは駆ける。
「くらえ!」
スノーテンタクルスの間近に迫り、マジカルステッキを突き出す。
「
ごおおぅわあぁん! じゅわじゅわじゅわっぁぁぁぁぁぁぁん!
巨大な火の鳥が展開された冷気の盾を蒸発させながらスノーテンタクルスに襲いかかる。
凄まじい水蒸気が上がり、視界が真っ白に埋め尽くされる。
「ちっ!」
水蒸気の範囲から逃れるためにヒカルは後ろに飛び退った。
「やっ・・・・た? はっ!」
びしゅぅっ!
水蒸気の中からの攻撃を紙一重でかわし、バックステップで追撃から逃れる。
「まだ・・・・・もう少しかな?」
水蒸気が晴れて現れたその姿は無残なものであった。
雪玉は元の半分以下の大きさとなり、触手もほとんどが焼け落ちて産毛のような短い触手が雪玉を覆っているだけであった。
だが、その無残な姿もほんの少しの間の出来事だった。
「そ、そんな・・・・」
産毛のように短い触手がニュルッと伸びて、最初より一回り小さい程度までにその姿を再生させていた。さらに追い打ちをかけるように氷の壁が何枚も形成されていく。
「・・・・・」
同じ事をもう一度することは出来ない。
消耗の大きい大技だけでなく、氷の壁を突破するための炎も必要だが両方を行うだけの力は残っていない。
(撤退・・・・できるか?)
背後の氷の壁にもう一度トンネルを掘って村まで帰れるか・・・・そう考え始めていたその時だった。
じゅわっぁぁぁ! ごぉぉぉぉぉぉぉ!
「ヒカル様ー!」
背後の氷の壁が蒸発する音と炎が渦巻く音、そして自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「ユキ! イコさん!」
振り返ると背中にイコを乗せたユキが居た。
「ヒカル様! これを!」
イコが松明のようなものを投げ、パシッとそれはヒカルの手に収まる。
「これは・・・・」
「我が家に伝わる炎の神様の秘宝です!」
受け取った瞬間、ヒカルはそれの特性と使い方を理解していた。
まるで長年愛用した道具のように手にしっくりと馴染み、全ての情報が自分の中に浮かんできた。
─── 永遠のトーチ ───
─── 決して消えることのない火を灯し続ける松明 ───
─── 体力精神力生命力など様々な力を媒介として炎を操る事ができる ───
「これなら!」
永遠のトーチとマジカルステッキを交差させるように構える。
スノーテンタクルスはそれを阻もうと触手を伸ばすが、全て不可視の炎に阻まれ焼け落ちる。
ヒカルの全ての力を集結したトーチとステッキの交点に炎が収束し、青白い光球へ変わっていく。
「まだ! 全てをこれに賭ける!」
体力精神力生命力に加え、異形の鎧を形成する聖石の力が光球へ注ぎ込まれる。
ぴしっ!
力を奪われた異形の鎧に亀裂が走る。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!
じゅぅわぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!
青白い光球が白と黄金と紅蓮の入り混じった炎の竜となってスノーテンタクルスを喰らい尽くす。
間にあった氷の壁は瞬時に蒸発し、氷の盾も形成されること無く一瞬にしてスノーテンタクルスは業火に包まれ灰すら残さずに焼き尽くされた。
「やった・・・・」
スノーテンタクルスの完全消滅を見届けヒカルは脱力する。
ぴきぴきぴき! ぱきん!
熱で背後の氷の壁に亀裂が入り、砕け散ると同時にヒカルの鎧も砕け散った。
だが、ヒカルは裸身を晒す事を恥じる気力もなく、ゆらりと倒れ込む。
「おっと! ・・・・・」
イコがとっさにその身体を受け止める。
「わうっ!」
ユキが背中を向けて屈み込む。
「ユキ様の背中に乗せればよいのですか?」
「わうっ!」
返答を肯定と判断してヒカルの身体をコの字で引っ掛けるように背中に乗せる。
ヒカルが乗せられるとユキは立ち上がり、落とさないようにゆっくりと歩き出した。
イコはその姿を見守りながら自分の胸元に視線を落としてボソリと呟く。
「胸囲の格差・・・・」
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