第31話 壁にぶつかりました
村人の包囲から開放された一行は神官の家に向かう。
(このまま真っ直ぐ行った先にある大きな家・・・・)
イコの囁く案内で神官の家はすぐに分かった。
他の民家とは明らかに大きさも造りも違う建物が前方に見えたからだ。
「お待ちしていました、御使い様、聖女様」
神官の家に付くと背の高い中年男性が出迎えた。
その顔は浅黒くどことなくイコと似ている気がした。
「え? ユキのことはともかく、わたしの事まで?」
ヒカルが自ら聖女と名乗ることはないし、ユキの移動速度は早馬よりも速くて情報伝達速度よりもヒカル達の移動速度の方が速いぐらいである。
「昨夜、御神託がありました。途切れ途切れの断片的な御神託でしたがその中に御使い様を示す御言葉と『聖女』という御言葉がありました。
そして、今その御使い様に跨る女性が現れたとなれば聖女様と判断するのは当然のことでしょう」
「なるほど・・・・」
「ところで、その後ろに居るのは・・・・」
ヒカルの背中に隠れていたイコが顔を出す。
「・・・・ただいま、お父さん」
「イコ! 戻ってきてたのか!」
「娘を助けていただき、本当にありがとうございます」
イコの父は深々と頭を下げた。
一行は客間に通され、そしてここを訪れた経緯を話した。
そしてこの感謝を受けることとなった。
「それにしてもずいぶんと大きなお屋敷ですね」
ヒカルは屋敷の外観や通ってきた廊下の事を思い出し、なんとなく切り出してみた。
「かつては神の御使い様と共に住まう場所だったので全てが御使い様に合わせたサイズとなっています」
「だからあんなに廊下とかも広かったんですね」
玄関、廊下、客間とその入り口、どこにしても人どころかユキが対象であっても広すぎるぐらいの大きさであったことに納得した。
ユキは人間から見れば大きな獣だが、ムーンライトハウンドとしてはまだ子供でまだ小さいぐらいだ。
大人のムーンライトハウンドに合わせればこれぐらい大きくなるのは必然であろう。
「もし、よろしければ私の母に会ってはいただけないでしょうか?」
「え、お祖母ちゃんになにかあったの?」
父の申し出にイコは不安のヒョ城を浮かべる。
「ああ、部屋から出なくなってしまったんだ。
寒さのせいもあるが、それ以上にこの大雪で墓地への道が閉ざされて御使い様の墓参りが出来ない事がショックらしい」
「それで、神の御使いと同族のユキに会わせようと?」
「そうすれば少しは立ち直ってくれるのではと・・・・
母は子供の頃、御使い様と共に暮らしていました。なので御使い様の再来とも言えるユキ様に触れさせていただきたい」
イコの父はテーブルに両手を着き、最初の感謝の時以上に深々と頭を下げて頼み込んできた。
「大丈夫ですから! 断ったりしませんから頭を上げてください!」
◇ ◇ ◇ ◇
「お祖母ちゃん、今いいかな?」
イコはドアをノックしながら問いかける。
「その声はイコかい? 帰ってきたんだね。いいよ、入ってきな」
「うん」
イコがドアを開け、そのいあとにヒカルとユキが続く。
「ただいま、お祖母ちゃん」
「・・・・」
帰郷した孫よりもその後に続く者に驚いて言葉を失う祖母。
「神の御使様のユキ様と聖女のヒカル様だよ」
「わうっ!」
「うーん、聖女なんて名乗ったこと無いんだけどなぁ・・・・」
「・・・・。ああぁ、あの子と同じ・・・・まるであの子が帰ってきたようだ・・・・」
イコの祖母は歓喜に震えていた。
「わうぅ」
そんなイコの祖母にスッと近づき顔を寄せるユキ。
「ああ、もう一度この毛並みに触れられるなんて・・・・」
感極まって涙を流しながらユキを撫でる祖母。その様子を見ながらヒカルはそっとイコに話しかけた。
(ねえ、イコさん)
(どうしましたか、ヒカル様)
ヒカルに合わせて小声で答えるイコ。
(墓地への道に案内してもらっていいかな? もしかしたらお祖母さんが行けるようにできるかもしれないし)
(わかりました。案内します)
「ユキ、しばらくお祖母さんの相手しててね」
「わうぅ?」
ユキを残して二人は退出した。
◇ ◇ ◇ ◇
「ここが墓地への道?」
ヒカル達は入ってきた村の出入り口と反対側にある出入り口に来ていた。
「この道を真っ直ぐ行くと紅蓮の洞窟に、途中の横道に入ると墓地に出ます」
ヒカルは前方に視線を向けるが出入り口の雪が避けられているだけで道らしいものは全く見えない。
「とにかく道を開けよう」
ヒカルはマジカルステッキを前方に構え、風のイメージと力を送り込む。
ぶわあぁぁぁぁぁぁぁっ!
ヒカルの前方で風が左右に広がるように吹き、積雪が割れて道が作られていく。
ヒカルが走り出すと風も進み道が伸びていき、慌ててイコもその後を追うがすぐに止まることとなる。
がきぃっん!
風が何か硬いものに当たって遮られた。
前方には何もない。そう
そこにあるはずの積雪も舞い散る雪もなく、洞窟と墓地へ続く道が見えている。
「一体どうなって・・・・ん?」
積雪と何もない場所の境界線近くに来てヒカルは気付いた。
極めて透明度の高い氷だ。
何もないと錯覚するほど異様に透明度の高い氷が行先を遮っていた。
見通せる範囲からして紅蓮の洞窟を含めたかなり広い範囲が氷漬けになっている。
「乗り越えるのも無理か・・・・」
上を見ても縁が見えないほど高く続いている。
「とにかくいろいろやってみるしかないか」
ヒカルはマジカルステッキを握ると炎のイメージと力を送り込み、先端に小さな炎を灯らせる。
「普通に溶けるね。でもこの大きさは・・・・」
炎を近づけた場所は溶けて凹みとなるが通り道の確保には程遠い。
「透明なだけで氷自体は普通の氷なのかな?」
がっ!
マジカルステッキを叩きつけると欠けて白く濁る。
「うーん、紅蓮鳳凰翼で溶かすか、金剛振剣で切り開いて行くか・・・・」
ヒカルは腕組みして対処法を考え込んだ。
ごごごごごごごごごごっ!
「ん? なにこの音?」
「ヒカル様! 前!」
「え! どういう事!」
氷の中を雪崩が突き進んでいた。
氷漬けで雪が流れるはずのない空間を雪崩が突き進んでくる。
「とにかく逃げて!」
二人はその場を離れようとするが地表に残った雪に足を取られて思うように走れない。
「イコさん!」
ヒカルは手を伸ばし、イコの襟首を掴むとそのままその身体を放り投げた。
ぼさぁ!
イコは離れた所の積雪に落ちて傷一つ無く安全圏へと逃れる。
「ヒカル様ー!」
「わうぅ!」
白い風が駆け抜けた。
何処からともなく飛び出してきたユキがヒカルの元に駆けつける。
「ユキ!」
どどどどどどおおおぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!
間一髪、ユキはヒカルの襟首を咥えて離脱する。
「ありがとう、ユキ」
襟首を咥えられてぶら下がったままヒカルは礼を言う。
「あと、お腹冷えそうだから下ろして」
ユキは頭を下げて咥えていた襟を離す。
眼の前の氷の壁と雪崩の跡を前にヒカルは呟いた。
「今回のは今まで以上に厄介そうね」
「わうぅ!」
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