第24話 山で人助けをしました

 米を手に入れて出立した翌日、ヒカル達の進行は遅くなっていた。

 次の目的地は火の神の依代がある煉獄の洞窟。そこをに辿り着くには山岳地帯を通らなければいけない。

 今までの平野の道は馬車が通るための村や街を繋ぐ線でしかなく、村や街に用がなければ無視して目的地まで最短ルートで駆け抜けることが出来た。だが、山岳地帯の道ではそうもいかない。

 山岳地帯の道はそこしか通れる場所がなく、無理に最短ルートを通ろうとすれば消耗が激しく却って時間がかかってしまう。

 そのため、遠回りであっても必然的に道を通るしかない。

 道が村や街を繋ぐ線ならばそこを行き交う人々は金や物の運び手であり、金や物が流れればそれを狙う連中も現れる。そして山岳地帯は道以外に通れる場所はない。

 そうなれば必然的にエンカウント率は跳ね上がるのだ。

「へっへっへっ、痛い目を見たくなかったらおとなしくするんだな」

 下卑た笑いを浮かべながら男達は立ちはだかった。

 荷物らしい荷物もなく金目の物を持ってるようには見えなくても女という時点で彼らにとっては獲物であったが、それが上等な毛皮まで引き連れてた身なりの良い美人ともなれば男達のテンションは鰻登りだ。

「また出たか・・・・」

 盛り上がる男達とは対象的にヒカルはため息を吐いた。ユキも面倒臭さそうに欠伸をしている。


 山岳地帯の道に逃げ道は少ない。

 左右は急勾配の山か崖であり、前が塞がれていれば自分達の来た道を引き返すしかない。

 だが強さも速さも相手が圧倒的で、かつ相手に逃がす気がなければ逃げ道は事実上存在しなくなる。

「ひぃぃぃぃ! 助けてくれ!」

 一瞬の出来事であった。

 毛皮は凄まじい跳躍で男達の背後に回ると近くに居た者を引き倒して胸部を踏み潰した。

 女はおもちゃのような武器を眼の前に居た男の脇腹に叩き込み、人としてありえない形に変形させた。

 そして真ん中に居た男は腰を抜かしてへたり込んでいた。

「そうやって懇願されて見逃したことはあるの?」

 ヒカルは男を見下ろし、冷たく吐き捨てた。


「本当に面倒だなぁ・・・・」

 ヒカルは男達の死体を前にぼやく。

 人や馬車が通る場所である以上、死体を放置するわけにもいかず邪魔にならないように片付ける必要がある。

 道の片側だけでも崖になっていればそのまま投棄で済むが、山に挟まれた場所ではそうもいかない。

 死体ならば異次元ポケットに仕舞って運ぶ事も可能だけど盗賊団の哀れな犠牲者を弔うためならともかく、なんの同情の余地もない連中ゴミを捨てるために収納するのは生理的に嫌だ。

 となると穴を掘って埋めるか崖のある所まで引き摺るかのどちらかだ。

 で、ヒカルは前者を選んだ。周囲を汚さないために出血の少ない方法で仕留めたのに引き摺ったらその意味が薄れるからだ。

「さてと・・・・」

 ヒカルはマジカルステッキを構えると、大地の力を込めて山の斜面に突き立てる。


 ぼっごうぅ!


 瞬時に大人数人を収容できそうな大穴が口を開ける。

 そして穴に死体を放り込み、再びマジカルステッキで地面に干渉して穴を塞ぐ。

「もう出くわさないといいけど・・・・」


          ◇ ◇ ◇ ◇


 幾度かの盗賊の襲来を退け順調に進み始めたかと思った矢先、ユキが突然立ち止まった。

「どうしたのユキ?」

「わうっ!」

 こっちと言わんばかりに道の脇の崖下に顔を向けるユキ。

「なにかあるの?」

 ヒカルも崖下を覗き込む。

 比較的浅い崖下には壊れた馬車、そして倒れている一人の男と馬。

 馬は首がありえない方向に折れ曲がってて明らかに死んでいる。

「うっ、ううぅ・・・・」

 男が呻きながら僅かに動く。

「まだ生きてる!」


「ん・・・・あれ? 痛みがない・・・・あんたが助けてくれたのか」 

「ええ、この子が倒れてる貴方を見つけて・・・・」

「わうぅ!」

「そうか・・・・ありがとう。

 俺はキドラント、旅の商人だ」

「私はヒカル、そしてこのこはユキ」

「しかし、どうしたものか・・・・」

 キドラントは壊れた馬車を見てため息をつく。

 馬車は車軸が折れて使い物になりそうにない。

「盗賊に襲われて落ちた所までは覚えてるんだが、積荷は全部持ってかれたみたいだな。

 残ったのはこんな場所で身一つか・・・・」

 キドラントは自虐的に笑う。

「とりあえず上に戻りますか」

「え? どうやって?」

「ユキ、お願いね」


「ふう、大したものだなこの犬も君も・・・・」

 道に戻ってキドラントは一息ついた。

 ユキが彼を背に乗せて崖を駆け上り、ヒカルも自力で駆け上がった。

「これからどうするんですか?」

「んー、この先に身内の経営する宿があるからそこに行こうと思う。

 お礼もしたいし、出来れば一緒に来てくれないかな」

「ええ、いいですよ。そっちの方角ならこれから向かう方ですし」

「そうか、それは良かった。逆方向だから行けないなんて言われたらどうしようかと思ったよ」

「いえいえ、別にそこまで気遣っていただかなくても」

 背を向けたキドラントはニヤリと怪しい笑みを浮かべていたが、ヒカルたちがそれに気付くことはなかった。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 しばらく進んだ後、本道から少し外れた細い道に入って行くと大きな石造りの建物が見えた。

 建物の前で掃除をしていた従業員らしき人物が一行を見つけて駆け寄ってくる。

「おいおい、キドラント、そんなにボロボロになって一体何があった?」

「いやー、ちょっとな・・・・」

 キドラントは従業員を連れてヒカル達から離れるとボソボソと何かを話し込む。

 しばらく話し込んだ後、従業員だけが戻ってきた。

「ヒカルさん、キドラントを助けてくれて本当にありがとな。

 俺はマクシムス、この宿の経営者だ。

 よかったら泊まって行ってくれないか、恩人のあんたならお代は要らないぜ」

「うーん、でもユキも居るし、他のお客さんとかに迷惑なんじゃ・・・・」

「ああ、大丈夫だ。今は宿泊客は居ないし、でっかいお連れさんも歓迎するぜ。温泉が自慢の隠れ家的宿屋だ、泊まっていかないと損だぜ」

 温泉という言葉にヒカルの眉がピクっと動く。

「それならば・・・・」

「わうっ!」

「よし、それじゃ部屋に案内するぜ」

 先導するマクシムスとそれを見届けるキドラント、二人が揃って怪しい笑みを浮かべていることにヒカル達は気付いてはいなかった。

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