第23話 お米を炊きました

「とりあえずヒカル殿が教えてくれた調理法を実行して反応を見てみることにする。

 ついでに言うと『白米』も気になるのだが・・・・」

「えーと、初歩的な手段として『容器に米を入れて太い棒でひたすら突く』という方法があるみたいです。

 ただ、これはかなり時間がかかると・・・・

 まあ、それなりに手間がかかるから昔は贅沢品扱いだったんだろうけど」

「ほう、それなら簡単に出来ますね。

 早速手配するのでお願いしてよろしいでしょうか?」

「んー、まあ必要なものを用意していただけるのなら」

「ええ、すぐに手配しますのでぜひお願いします」 


          ◇ ◇ ◇ ◇


「うーん、そう簡単には白米にはならないか・・・・」

 壺の中の米を手にとってヒカルはつぶやく。

 壺と棒を借りて手動精米を行っているが四半刻程度では全然変わった様子がない。

「さすがにこれはユキには頼めないし、もう少し楽な方法ないかな・・・・」

 左手で手動精米を行いつつ、右手でテーブルに置いた『叡智インテリジェンス水晶板タブレット』の操作を行う。

「わうっ!」

「ん、どうしたのユキ?」

 ユキは右前足を『叡智インテリジェンス水晶板タブレット』に置く。

「ユキのその手じゃ無理だって」

 水晶板タブレットの起動はヒカルにしか出来ないが、操作自体はヒカル以外でも可能である。

 だが、ユキの大きな犬の前足では無理があると思われた。

「わ、わうぅ!」

 それでもなんとか爪を一本だけ出してプルプルと震えながら水晶板タブレットに触れる。

「ん? 精米機? 仕組み?」

「わふぅ」

 器用に入力を行い、調べる言葉を入力した所で力尽きる。

「そうだね、精米機そのものは作れなくても、仕組みがわかれば今のこれよりは幾らか楽な道具は作れるかもね」

 精米を行いつつ、検索も行う。


 精米を行いながら精米機の仕組みについての記述を一通り読み込んだ。

「これぐらいならこっちでも十分再現できそうだし、明日話してみよう。あとは・・・」

 精米の手を止め、米を少し取り出すと軽く息を吹きかけて糠を飛ばす。

「こっちも、白米とまでは行かなくてもそれなりに糠は取れてきたかな」

「わうっ!」

 ユキがざると壺を運んでくる。

「そうだね、一回糠と分けようか」


 ざざざぁーっ!


 壺の上に笊を置き、精米壺の中身を笊にあける。

「ふしゅっん!」

 糠の粉末が舞い散り、ユキがくしゃみをする。

「さらに散るから離れてたほうが良いよ」

 ヒカルが言うまでもなく、ユキはさっさと部屋の隅に避難していた。

 笊を振るうと糠が落ちていき、壺の底に溜まっていく。

「もう少し頑張ってみようかな」

 黄色味が残る米を壺に戻す。

「あとこの糠の使い途も考えないと・・・・

 真っ先に思いつくのは漬物だけど、それだと時間が掛かり過ぎるし・・・・」

 精米作業と検索はそのまま寝る寸前まで続けられた。 


          ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日の朝。

「ん、きょうは見た目重視か」

「またあの半生かよ・・・」

「でも、あの物体Xよりはましだろ」

 兵士たちが不満を口にしながら炊かれた米を取り皿に盛っていく。

 そして、さっさと片付けようと口に運んだとたんに兵士たちの反応が変わる。

「あれ? 芯がないぞ!」

「溶けてないのに生じゃないぞ?」

「おいおい、最初からこういうのを出してくれよ」

「これなら常食で出されても大丈夫だな」

 途端に評価が好転する。


「好評のようですな」

 兵士たちの反応を見て満足そうに頷くトリスタン。

「で、そちらが例の『白米』ですか・・・・おや、そちらは?」

 ヒカルとユキの取り皿には白いご飯だけでなく玄米とは違った薄茶色のご飯が盛られていた。

「干物を使った炊き込みご飯です」

 焼いた干物や魚醤を加えて炊き込み、食べる寸前でほぐし身にして混ぜ込んだご飯である。

「少し分けて頂いてよろしいですかな?」

「あ、どうぞ」

 ヒカルは白いご飯と炊き込みご飯の鍋を差し出す。

「それでは・・・・」

 取り分け用の木の大匙を使って自分の取り皿に盛っていく。

「はあ~、やっぱりお米のご飯は美味しい」

 久しぶりのお米に頬を緩ませるヒカル。

 なぜかユキもいつも以上に上機嫌で激しく尻尾を振っている。

「ほおぅ、たしかにこれは美味い・・・・

 そしてこちらは・・・」

 炊き込みご飯を口にした途端にトリスタンはカッっと目を見開いた。

「美味い! これが米という物なのか・・・・」


「ちょっと! 隊長だけなんで違うもの食ってるんすか! しかも可愛い女の子まで侍らせて」

 隊長の言葉を聞きつけた兵士の一人が声をかけてくる。

「いやいや、待て。この方は今回の調理のアドバイザーだ。それに・・・・」

「へー、で、なんで隊長だけなんで違うもの食ってるんすか? しかもわざわざ美味いって口に出して言うようなものを」

「あー、こっちは特別な仕込みが必要で量が作れない試験的な物だ」

「へー」

 そういう兵士の視線はどこか冷たい。

「あー、他の連中には内緒だぞ」

 そう言って彼の持っていた皿にほんの少しだけ炊き込みご飯を乗せる。

「ん~、どうしようかなー、あ、この白いのは少し柔らかいっすね。

 で、こっちのなんか混ざってる方は・・・・」

 炊き込みご飯を口に含んで少しの間固まる。

 ご飯を咀嚼し飲み込むとヒカルをじっと見つめる。

「ん?」

 視線に気付いて振り向くヒカルの元に駆け寄り跪くと開口一番───

「結婚してください!」

「はぁ!?」

 突然の出来事に驚きを隠せず戸惑うヒカル。

「おい! その方は・・・・」

「こんな美味い物作れる上に美人とか最高じゃないっすか! 是非お付き合いを!」

「ごめんなさい!」

 速攻振られて崩れ落ちる兵士。

「国王陛下から紋章を賜った御方だから無礼は・・・・って聞いてないな」


          ◇ ◇ ◇ ◇


「簡易精米装置?」

 ヒカルは精米機の仕組みを説明し、これなら制作可能ではないかという話をしていた。

「円筒形の容器の中央に回転翼を設置して撹拌か・・・・

 それならバターチャーンが使えるのでは?」

「バターチャーン?」

「知らないのかね? バターを作るためにクリームを撹拌する装置だが、ヒカル殿が言った精米装置にかなり近い構造をしている」


 実物を見せてもらうとたしかに近いというかほぼそのままの形をしていた。

 桶の上にハンドルの付いた蓋が乗っており、その蓋を持ち上げると撹拌翼のついた棒がハンドルに繋がっている。

「確かにこれなら・・・・」

「このバターチャーンは使ってないから試してみますか?」

「そうですね」


 米とクリームでは明らかに抵抗の大きさが違うので分量は少なくして回してみる。

「うーん、さすがに重いね」

 撹拌翼やハンドルが耐えられるか少し不安になるが、とりあえず無心でハンドルを回す。

 しばらく回し続けた後、蓋を開けて米を一握り出してみる。

「少し色が変わってますね」

「棒で突いた時より取れてるかな」

「ならば使えそうですな」

「でも、一回の量はもう少し減らした方がいいかな。ハンドルが何時折れるかって怖いし」


 しばらく無心で回し続け、再び米を確認する。

「うん、やっぱり棒で突くよりは取れるね」

「そうですか」

「あ、一回糠を出した方が良いかも」

「『糠』?」

「あ、削れた表面の粉のことです。いろいろ利用法があるので捨てたら勿体無いですよ」

 蓋を開けるとそのまま用意した笊に米をあける。

「これをどの様に使うのですか?」

 笊を振るいながらトリスタンが質問する。

「私の故郷だと『糠漬け』っていう漬け物がありますけど、これは時間がかかるんですよね・・・・

 それ以外の利用法だと食器洗剤、食品の洗剤、洗顔料、煮汁を濾せば肌の潤いを保つ保湿液、肥料、あと火を通せば食用にも・・・・」

「ずいぶんと万能なのですね」

「はい、わたしも調べたらあまりの用途の多さにビックリでしたよ」

「その辺りもご教示して頂けますか?」

「ええ、もちろんです。ただ、漬け物は時間がかかりすぎるので手順だけになりますが」

「いえいえ、それで十分です」

 この後漬け物以外は一通り実践し、その効能にはヒカル自身も驚くこととなった。


          ◇ ◇ ◇ ◇


「たくさんのお米をありがとうございます」

「いえいえ、こちらも多くの知恵をいただき本当に助かりました」

 出立に際し、ヒカルは大量の米と小さめのバターチャーンを貰っていた。

「お米の普及と利用の研究頑張ってくださいね」

「我々もヒカル殿の旅の無事を祈っています」


 多くの兵士たちがヒカルを見送りながら、その姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 ヒカルが立ち寄ったことで食事事情が大幅に改善したことに多くの兵士たちが感謝し、密かにこう称していた───『飯の聖女』と。

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