第25話 温泉に入ったら罠でした
宿屋は簡素だがしっかりした造りで余裕のある構造の建物だった。
ユキが傍らにいても不自由の無い広さと高さの廊下に頑丈そうな扉と宿屋というよりも堅牢な城塞を思わせる。
「ウチは貴族様の別荘の払い下げなんだが、その貴族様がガチガチの武人でいざという時は戦闘拠点としても使えるようにって設計したそうだ。だからこんなに武骨な訳さ」
「そうなんですか」
しばらく廊下を進んだ所でマクシムスが振り返った。
「おおっと! すまねえ! でっかいお連れサンも歓迎の大部屋は今掃除中だった。
見たところ部屋に置かなきゃならねえ荷物もねえみたいだし、先にウチの自慢の温泉にでも浸かっててくれ。
あがるまでには終わらせるからよ」
「え?」
「ホンットすまねえ! タオルなどの必要なものは脱衣場前に用意してあるから温泉はいつでも入れる状態なんだ。だからそれで部屋の準備が整うまで待ってくれねえか」
「うーん、でもユキが・・・・」
「前の持ち主様が愛馬と一緒に入れるようにと設計した大浴場だ、心配は要らねえぜ」
「ユキも一緒に入る?」
「わうっ!」
ユキは普通の犬と違いシャワーや入浴は嫌いではない。
「ここが温泉だ。この扉を通った奥の部屋が脱衣場と温泉だ。ゆっくり温まってきてくれ」
扉を開けると短い廊下があり、その奥にも簡素な造りの扉がある。
「あ、そうだ!」
マクシムスは懐をごそごそと探ると何かを取りだしてユキに向かって放り投げた。
反射的にそれを泊っと咥えるユキ。
「この宿自慢の団子さ。どうだ、うまいだろ」
「わうっ!」
「よかったね、ユキ」
「じゃ、これで失礼するぜ」
「はい」
「うわー! すっごーいぃぃ!」
ヒカルは目の前に広がる光景に歓声をあげた。
屋根があり露天ではないが一面の壁が取り払われ、巨大な渓谷を眼下に一望できるようになっている。
浴槽も広く、ユキと一緒に入っても余裕がある。
「こんないい温泉が貸し切り状態だなんてすごいね」
「わうっ!」
◇ ◇ ◇ ◇
脱衣場前の壁が開き、隠し扉から屈強な男達がぞろぞろと現れる。
「今日の獲物が入ったか」
「ああ、かなりの上玉だ」
「なにやら巨大な獣を連れていたようだが?」
「あんな馬鹿犬、今ごろ猛毒団子の効果での泡吹いて倒れてるだろ」
「そうか、それなら問題ないな」
「では仕込みに行くとするか」
◇ ◇ ◇ ◇
「気持ちいいね、ユキ」
「わうっ!」
ムーンライトハウンドは極めて強い毒耐性を持っているが、その希少性故にその事を知る者は殆ど居ない。
というよりも犬に似た大型獣であって犬ではないということすら殆ど知られていない。
なお、その耐毒性は死の天使と呼ばれるドクツルタケや猛毒の魚として知られる河豚を山盛り食べても平然としている程である。
ざぱぁっ!
突然ユキは立ち上がり、浴槽から飛び出すと脱衣場の扉に向かって唸り始めた。
「どうしたの! ユキ!」
ユキはヒカルの方を振り返ると後ろ足で立ち上がり、右前足を天に向かって上げる。
そして右前足を下げるのと入れ代わりで左前足を天に向かって突き上げる。
その様はかなり滑稽であったが、ユキの表情が真剣だったのでヒカルは必死に笑いを堪えながら思案する。
「もしかして変身しておけって事?」
「わうっ!」
ユキがコクコクと何度も頷くように顔を上下させる。
「変身! アクアフォーム!」
かっ! ざばぁ!
閃光が迸り、エネルギーの奔流が周りの湯を弾き飛ばす!
「太陽の使徒! サンブレイバー見参!」
青い異形の鎧に身を包み構えるヒカル。
光が治まり、弾け飛んだ湯が落ちるタイミングで脱衣所の扉が乱暴に蹴り開けられ、男達が浴室に雪崩れ込んでくる。
「なんだこりゃ!」
想像とあまりにも違う風景に驚きの声を上げる。
泡を吹いて倒れている白い獣も居なければ全裸の美女も居ない。
出迎えたのは警戒心を露にして威嚇する壮健な獣と異形の鎧の戦士。
「おい、どうなってるんだ! 聞いた話と違うぞ!」
「毒団子を食わせたんじゃなかったのかよ!」
「というか女はどこに行った!」
驚き戸惑う男達にイラついたヒカルが問いかけた。
「乙女の入浴中に押し掛けるとはどういう了見かしら?」
だが、それを聞いた男達は問い掛けに答える事なく盛り上がった。
「女は変な格好をしてるだけだ! ひん剥いちまえ!」
「犬も毒で弱ってるはずだ、気にせず仕止めろ!」
盛り上がる男達の反応にヒカルはため息を吐く。
「容赦する必要はなさそうね」
ヒカルが右手を前に差し出すと水の触手が男の一人を捕らえる。
「な、なんだ・・・・うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
水の触手が収縮して男を引き寄せ、そのままヒカルが腕を振るうと男は断末魔の叫びと共に渓谷の闇へと消えていった。
「テメェ・・・・ひっ! ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
目の前の出来事に怯まず逆上して挑みかかろうとした男が続いて渓谷の闇へと消えていった。
前方の異形の戦士の背後に広がる渓谷は落ちれば生存は絶望的、奇跡的に生存しても生還は不可能な場所。
そんな地獄へと仲間が二人も引きずり込まれたという現実に男達は取り乱す。
「化け物だ! 逃げろ!」
脱衣所への扉に駆け込もうとするが立ちはだかるは白き獣。
「こんのぉ獣風情が! そこを・・・・」
だごぉん!
言い終わる前に壁に叩きつけられる男の体。
男は事切れてゆっくりと崩れ落ちる。
「ひぃぃぃ! どうなっていやがるんだ!」
「話を聞くだけならば一人いれば十分だね」
「ひぃぃ! 助けてくれ!」
「話す! 何でも話すから命だけは!」
「そうだったんだ」
尋問の結果得られた情報は
・ここは非合法の人身売買組織の所有物件であること
・男達は捕らえた女性を犯しなぶることで心を壊して性奴隷に仕立てあげる仕込み部隊だということ
・キドラントも全て承知の上でヒカル達を連れてきたということ
「組織に狙われることも覚悟で全て話したんだ、見逃してくれるんだろ?」
「あなたは今までに助けを懇願する相手に手を差し伸べた事はあるの?」
「え? いや、そんなこと出来るわけが・・・・うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「服が無くなってる」
脱衣所に戻ると事前に準備したタオルやバスローブだけでなく、脱いだ服までなくなっていた」
「ユキ、ニオイを辿れる?」
「わうっ!」
ユキは一吠えすると地面のニオイを嗅ぎながら歩きだした。
「あ、ちょっと待ってね」
ヒカルは変身を解除して異次元ポケットから取り出した服に着替えるとユキの後を追った。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅむ、見たこと無いほど緻密な縫製だ。
それにこの布地の質もかなり上等なものだ」
マクシムスは盗み出した衣服を鑑定しながら呟いた。
王公貴族でもこれほどまでに精密で緻密な縫製で作られた服を纏うことなど無い。というよりも、現物を目の当たりにしなければその存在を信じられない程高度な技術で作られている。
「これを市場に出せばどれ程の価値がつくか・・・・
上納の前に製造者の情報を聞き出すべきだな」
工業製品の概念がないこの世界においてヒカルの衣服は驚異の技術の産物であった。
マクシムスは目の前の白布を手に取り呟く。
「しかし、なんとも面積の少なく扇情的な下着だ・・・・」
「何しとんじゃい! キサマー!」
自分のぱんつを手に取り、引き伸ばして眺めている様を目の当たりにしてヒカルはキャラ崩壊で叫んでいた。
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