第20話 風の島を開放しました
岩肌だらけな風の島に足を踏み入れると島のあちこちでタコと島トカゲの小競り合いが起きていた。
直接攻撃を加えれば強酸の血の洗礼を受けるために毒と火酒による牽制しかできない島トカゲと、絡みつかなければ何もできないタコで硬直状態の小競り合いが幾つも見られた。
何らかの理由で睨み合いではなく絡み合いになったと思われる場所では凄惨な光景が広がっていた。
千切れた大ダコの足の周囲には強酸に溶かされたと思われる島トカゲの死体が無数に転がり、島トカゲの死体だけでなく足の持ち主と思われる大ダコの死体までにもタコが群がりその肉を食っていた。
一匹の大ダコが島トカゲと違い毒や火酒を出さないヒカルとユキを獲物と見なしてにじり寄る。
「
ひゅごおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
強烈な突風に吹かれ、大ダコは飛ばされないように吸盤を地面に吸い付けて踏ん張るがそれでもいくらか体が浮かび上がる。
「
浮かび上がって僅かに見えた口から強烈に空気を送り込み、大ダコの体を風船のように膨らませる。
突然の膨張のショックにより吸着が緩み、大ダコは風に飛ばされて遠くの霧の中に消えていった。
島の中央、風の神の依代があると思われる場所付近は濃霧に覆われて何も見えなかった。
「ここに一体、何が・・・・」
何かを感じ取ったのか、ユキは臨戦態勢で構えて霧を睨みつける。
「とにかく、霧をなんとかしないと始まらないわね」
ヒカルは胸の前で拳をぐっと握りしめる。
「
ひゅおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
ヒカルが握りしめた拳を突き出し広げると同時に強風が吹き付け、霧を吹き飛ばす。
「なっ! なにこれ!」
霧の中は島トカゲと大ダコの決戦地となっていた。
風の神の依代があると思われる緑の壁に取り付く大ダコ軍団、それと対峙し大量の毒と火酒を吐き出す島トカゲ軍団。
だが何よりもヒカルを驚かせたのは双方の大将格と思われる個体の巨大さだ。
大昔の伝承絵巻に見られる帆船に絡みつく巨大イカそのままのサイズの巨大タコとそれに負けない大きさの巨大島トカゲが睨み合っているのだ。
対象的なのはその布陣だった。巨大島トカゲは仲間を守るよう自らが最前線に出ているのに対し、巨大タコは小さい個体を前面に展開させて自らを守らせている。
「厄介ね、これは・・・・」
状況を見据えてヒカルはつぶやく。
大ダコ軍団は斬りつければ強酸を撒き散らす。そして周囲には火酒が散乱し、火気厳禁。
さらに毒も撒き散らされ、いつ浄化の力の自動発動が起きるかわからない状態。
うかつに手出しできない上に、居るだけで島トカゲ軍団を不利にしかねない状況。だけど目的地を目の前に引くわけにもいかない。
「新しい力に賭けるしか無いかな。
ユキはしばらく逃げに徹して待ってて、危ないようだったら郷まで戻ってもいいから」
風の神に会えば風の力が強化される。それで得られる能力に賭けることにして強行突破を決意した。
「
ひゅごごごごおぉぉぉぉぉぉぉ!
毒と火酒を含んだ凄まじい突風がヒカルの前方から左右に割れるように吹き付ける。
それによって大ダコ軍団も左右に割れる様に吹き飛ばされる。
「今だ!」
風によって出来上がった道をヒカルは駆け抜ける。
巨大タコの触手が風に逆らって迫るが動きが緩慢すぎてヒカルを捕らえることはできない。
そしてヒカルが緑の壁の中に消えると風も静まり、元のような硬直した睨み合い状態に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
水神の郷の時と同様に壁の中は静寂が支配し、その中央には水晶柱が佇んでいる。
「これが風の神様の依代ね」
ヒカルは水晶柱に近付き手を触れる。
さあぁぁぁっ!
水晶柱は光の粒子となって広がり、周囲の空間を別のものへと塗り替えていく。
「待っていましたよ」
水晶柱のあった場所に女性のシルエットが現れる。
「風の神様ですね、外が片付いてないのですみませんが急いでお願いします」
「なかなか厄介な相手のようですね。ですが、真の風の力をもってすれば蹴散らすのは容易い事」
ヒカルは失礼な物言いではないかと内心ビクビクしていたが風の神が気を悪くした様子が無いことに安堵する。
「ならば、貴女にも相応の準備をして来てもらいたかったのですけどね」
風の神がヒカルの手を触れるとスーっと変身が解けて裸体が現れる。
「!!」
気恥ずかしくなって体を隠そうとするが体が動かない。
「急ぎなので負担とかは考えずに行きますよ」
「え、待って! 負担ってどういう事!?」
「大丈夫、別に痛いとか苦しいとかってなるわけじゃないから。ちょっと刺激が強くなるだけで」
シルエットで表情などは見えないはずだが、なんとなく風の神がニヤリと笑ったように見えた。
「え、ちょっとまって! そこはやっぱり手加減を・・・・うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
水神の郷の時よりも激しいヒカルの嬌声が静寂の空間に響いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「た・・・・太陽の使徒・・・・サンブレイバー・・・・見参!」
ヒカルは少しの休憩を挟んで再び変身し、壁の外に現れた。
力の開放の余韻と疲労が抜けきらず、名乗りが少し不安定になってしまう。
そんなヒカルをユキは心配そうに見つめる。
「体力的には消耗したけど、神力の充填は十分!」
少しふらつきながらもマジカルステッキを構える。
「
ばごぅ! がごぅ! ずぶぅびゃぁぁぁぁぁ!
巌も砕くほど激しい風が吹付け、巨大な竜巻となって巨大タコを含めた大ダコ軍団を岩肌諸共巻き上げる。
「
ばじっ! ぼぅわ!
電撃が竜巻に向かって放たれ、火花が散って竜巻は炎の嵐へと姿を変える。
周囲の火酒もその蒸気も全て竜巻に吸い取られて炎は竜巻の中だけに留まっていた。
「
ずどどどどおぉぉぉぉん!
幾つもの巨大な雷が竜巻に吸い込まれていき、大ダコ軍団を次々と破裂させる。
強酸も肉片も炎も、竜巻は全てを閉じ込めて逃がすことはなかった。
「
ヒカルの掛け声と共に竜巻は内包物を一塊に固め、海に向かって放り出した。
ばっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁん!
巨大な塊が着水し、遠くからでも分かるほど巨大な水柱が立ち昇る。
「殲滅完了! っていきたいところだけど、まだ残ってるはずなんだよね・・・・」
ここに辿り着くまでの状況を思い出しヒカルはため息を吐いた。
◇ ◇ ◇ ◇
残りの殲滅は地味なものだった。
島を駆け巡って残った大ダコを探し、周囲に火が燃え広がらないように風で囲んで雷撃で仕留めて海に放り投げる、ただそれをひたすら繰り返しながら何度も島中を駆け巡った。
「もう終わったかな」
島中を何度も駆け巡り、残った大ダコが居ないことを確認して一息つく。
「変身の維持もそろそろ限界が近いかな・・・・えっ!」
橋の方に何人かの人影が見えてヒカルは慌てる。
毒霧の消失に巨大竜巻に集中的落雷からの巨大水柱と立て続けに起きた出来事に驚いた里の人々が島を確認に来たのだ。
なお、風の島は冒頭で触れたように岩肌だらけで木などの隠れられるような障害物は殆ど無い。
「ユキ! 島の中央に行くよ!」
「わうっ!」
ヒカルはマントを羽織ると島の中央にある風の神の依代に向かって走り出した。依代を囲う緑の壁の中に逃げ込むために。
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