第21話 風見の郷の人々に注目されました

 ヒカルが着替えを終えて緑の壁から出るとざわざわと騒がしい声が聞こえてきた。

 声のした方に目を向けると鎧を纏った衛兵と郷の者と思われる男たちが驚きの表情でヒカル達を見ていた。

「あの壁から出てきただと!」

「まさかあのおとぎ話は本当だったのか?」

 男たちの反応にどう対応すればよいかと思案してると、ふっと頭上に影が現れ周囲が薄暗くなる。

 見上げると巨大タコと格闘してた巨大島トカゲの頭があった。

「島主だ!」

「島主様が出たぞ!」

 どうやら巨大島トカゲは島の主という扱いのようだ。

 島主はすっと頭を垂れて、ヒカルに寄り添うように顔を近づける。

「えっと・・・・」

 ヒカルは戸惑いながらもなんとなくでその頭を撫でてみた。

 そうするとすーっと目を細め、気持ちよさそうに寛ぐ。

「お、おい、島主が人間に頭を垂れるなんて始めてみたぞ」

「やっぱり本当にあのおとぎ話の通りなのか」

 外野の騒ぎを余所に島主を撫でていると幾つもの傷が目に入った。

 酸で爛れたり、噛じられて皮膚が抉れたりなど体の大きさを考えれば大したことないと思えるがそれでも十分痛々しい。

「怪我してるのね」

 ヒカルの言葉とともに島主が淡い光に包まれる。

「おい、一体何がおきてるんだ?」

「あ、あれを見ろ! 島主さまの怪我が!」

 光が収まると島主の体の傷ははすっかり消えていた。

 島主は自身に起きた変化を確認すると体をのけぞらせ頭を天に向けた。

「くっくぐぎゅるぅ!」

 そして犬の遠吠えの様に声を周囲に響かせる。

「な、なんだ! 何が起ころうとしてるんだ!」

「お、おい、島トカゲが集まってるぞ」

 辺り一帯の島トカゲが集結してヒカル達を取り囲む。

 集まった島トカゲは大小様々な傷を負っており、なかには仲間に担がれて来るほど酷いものも居た。

「・・・・。みんな、この島を守るために頑張ってたんだね。

 数が多いから一気に行くよ!」

 ヒカルはマジカルステッキを頭上に掲げる。

「大浄化の奇跡!」


 ぱあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 光の波紋の広がりと共に島トカゲたちの傷も消えていく。

 それと共に戦いの残滓として再び立ち昇り始めた毒霧とその源泉となる毒の水溜まりも消えていく。

 光が収まり島が平穏を取り戻した状況下でヒカルは平伏する男たちを見てどうしようと悩むのだった。


            ◇ ◇ ◇ ◇


 その後、平伏する男たちをなんとか立ち上がらせてヒカルたちは郷に戻ってきた。

 異変の収束と伝説の聖女の登場により郷はお祭り騒ぎとなった。

 宴会場として提供された広い食堂には大きなタペストリーがあり、そこには郷に昔から伝わる伝承をモチーフにした刺繍が施されている。

『世乱れし時、異なることわり纏いし蒼き衣の聖女現れ、人と神々をつなぐであろう』

 それが郷に伝わる伝承であり、郷の人間は子供の頃から伝承を肉付けしたおとぎ話を聞いて育つのだという。

 そして島に来た男たちはおとぎ話そのままの光景を見せられ、思わず平伏してしまったそうだ。


「このスープ、ちょっと懐かしい味がする」

 出された村の名物である干物のほぐし身のスープを口にして、思わずつぶやく。

 野菜とほぐし身が浮かぶ薄茶色のスープは醤油系の味だ。ここには醤油があるのか、醤油があれば味噌も! と期待して聞いてみたが、使われてる調味料は魚醤という返答が返って来て少しガッカリした。

 そして一緒に出されたデザート?を見て少し戸惑う。

「焼いたミカン?」

 風見の郷の名物の果実を焼き目が付く程度に焼いた物だそうだ。

「あ、甘い。あとなんか焼き芋っぽい」

 念の為に聞いた所、名物の果実は間違いなくミカンであった。

 なお、この間ユキはスープも果実も一心不乱食べていた。


            ◇ ◇ ◇ ◇


 宴もお開きとなり、静かになった所でヒカルは郷長の元を訪れていた。

「聖女様、この老いぼれになにか御用でしょうか?」

 ヒカルは異次元ポケットから取り出した水晶を郷長に見せる。

「おや、これは?」

「風の神様の依代の一部です」

「なんと!」

「これを郷に祀れば島まで来なくても郷の人々の声が届くようになるから郷の者に渡してほしいと風の神様から託されました」

「それはまた・・・・」

「風の神様に郷の人々の声が届くだけでなく、風の神様も力を郷に届けられるようになるから今回のようなことが起きても被害を抑えられるそうです」

「風の島では何が起きていたのでしょうか? 里の者が島に着いたときにはすでに全て終わっていて、聖女様が島トカゲの傷を癒やしていたとしか知りません」

「えーと、まず島に凶暴な大ダコが現れて、島トカゲはそれと戦ってました」

「大ダコ、ですか・・・・」

「はい、人間も襲うぐらいの大きいのが何匹も居たし、一番大きいのは島主と張り合うぐらい大きかったです。

 その大ダコがたちの悪い事に体内に強酸を含んでるから島トカゲは噛みつきや引っ掻きみたいな傷つける攻撃はできず、火酒や毒を吐きかけるしかできませんでした。

 郷を襲った毒霧はこれが原因です」

「なんと、毒霧は島トカゲが原因だったのですか!」

「うん、まあ島トカゲとしては他に手段がなかったからそのことを責めるのは酷な話だと思いますよ」

「わかりました、この事はわたくしの心の内に仕舞っておきましょう」

「はい、それでお願いします。

 で、わたしが風の神様に力をもらって大ダコを倒して、そのまま海に捨てたました」

「もしかして、あの水柱は・・・・」

「ええ、一番大きいのを他の大ダコや岩と一緒に固めて海に捨てた時のものですね」

「ところで、力をもらうとは?」

「わたしの持っている力はまだ不完全なもので、各地の神様にあって完全な物にする必要があります。

 風の島で風の神様と会うことで以前よりも強力で精密な風を操れるようになると同時に雷も扱えるようになりました」

「各地の神々ということはすぐに出立してしまわれるのですか?」

「ええ、まあ明日には出発しますね」

「そうですか、できればゆっくりしていって頂きたかったのですが・・・・」

「すみません、あまりのんびりしてる訳にもいかなくて

 それではそろそろ失礼します、おやすみなさいませ」

「いえいえ、いろいろとありがとうございます聖女様。では、おやすみなさいませ」


            ◇ ◇ ◇ ◇


 次の日、ヒカルは郷の食堂で朝食を摂りながら呟いた。

「ご飯が恋しくなってきたな・・・・」

 比較的和食に近い味付けな郷の食事にヒカルは日本での食事を思い出していた。

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