第18話 サーブルク伯に会いました
ヒカルと騎士団長はサーブルク伯の屋敷を訪れていた。
盗賊団殲滅作戦の後、ヒカルは騎士団長からサーブルク伯に会って欲しいという申し出を受けた。
ヒカルが順番は前後してしまったがもともとそのつもりだったと紹介状を見せると、申し訳なくなるぐらい恐縮されて逆に困るなどというトラブルもあった。
そして、ヒカルが時間的に辿り着くのが遅くなるから明日にしたほうが良いのではないかと言ったら、サーブルク伯の性格上一刻でも早く会わせた方が良いし、駐屯地よりも快適な宿泊場所を提供できるからと説得されて今に至る。
サーブルク伯の屋敷前につく頃には日も沈んですっかり暗くなっていたが特に入場拒否などもなくスムーズにたどり着けた。
屋敷の人間がヒカル達一行を見た途端大慌てで動き出したのは少し気になったが・・・・
ヒカル達は大広間に通された。
慌てて片付けたのかテーブルが壁際に寄せられていた。
「ヒカル殿、サーブルク伯についてだが、その・・・・なんというか・・・・
あの御方は無類の動物好きな愛犬家でもふもふした動物に目がないのだ。
ユキ殿を見て多少、おかしな姿を見せるかもしれないが・・・・」
騎士団長が少し言い辛そうサーブルク伯の事を話しているとドタドタと扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
足音が停まって少し間を置いてから扉が開いた。
そして顔に深く皺が刻まれた白髪の老紳士と白い長毛で細身の大型犬が入ってきた。
「私がここの主、ルードルフ・フォン・サーブルク、そしてこの子はナーテだ。
先の殲滅戦で最も活躍したとされる者がこのような美しいお嬢さんとは驚いた」
ヒカルのことを褒めるが視線がチラチラとユキの方に向いてしまって、どうも落ち着かない様子だ。
「お初にお目にかかります、ヒカル・アオゾラです。そしてこの子はムーンライトハウンドのユキです。
それから陛下からの紹介状がここに」
「なんと、陛下からの紹介状とな」
蝋封から本物であることを確認し、驚きを隠せないサーブルク伯。
開封し、内容を読んでさらに驚きの表情を見せる。
「まさか陛下の御恩人とは・・・貴女には驚かされてばかりですな。
ところで、申し訳ないが、その・・・・少しユキ殿に触れさて頂いてよろしいだろうか?」
どうやら我慢の限界がきたらしい。
「ユキ」
「わうっ!」
ユキは一歩前へ進み出るとちょこんと座り込み、撫でやすいようにと頭を下げる。
「おおおおおおおおおお!」
もうすでにその動作だけでテンションが上がるサーブルク伯。
彼は恐る恐る手を伸ばし、そっと触れる。
「おおおおおおお! なんという手触り!
大型獣とは思えないほど柔らかで滑らかな極上の手触り!
これはまさにモフリストが生涯を掛けて夢見るというに値する最高のモフモフ!
私は今! 伝説に触れている!」
最初の恐恐とした手付きとは打って変わって、興奮のあまりハイテンションになって遠慮なく全身でモフモフを堪能するサーブルク伯。
そんな彼に愛犬ナーテが近づき、前足でちょんちょんとサーブルク伯の背中を叩く。
「ん? ナーテ?」
サーブルク伯が振り返るとナーテは悲しげな表情をしていた。
「ごめんよぉぉぉぉぉ! 君が一番大好きだよぉぉぉぉ!」
全力でナーテを抱きしめ撫でまくるサーブルク伯。その後、ナーテとサーブルク伯が治まるまで四半刻ほどヒカル達は待たされることとなった。
「ああ、お見苦しい所をお見せして申し訳ない。
紹介状によると盗賊団討伐に参加して盗賊団の背後に居る存在についての情報を得たいとのことだったがどういうことだろうか?」
「順番が前後して先に盗賊団討伐に参加してしまいましたが、今回の盗賊団騒動は盗賊団に技術提供をした者が居るのは確かです」
「たしかにフォルスト男爵の屋敷が襲撃を受けて御令嬢が攫われた件では盗賊団は謎の爆発物を使っていたという報告は受けているが・・・・」
「その件を受けて討伐予定を早めましたが、ヒカル殿の情報のおかげで被害をまぬがれ逆に自爆させることに成功しましたが、あの威力が我が隊に降り掛かっていたかと思うと背筋が凍る思いです。
そして、追い詰めてから行われた最後の反撃はヒカル殿が居なければ確実に我々の全滅で終わっていたでしょう。
盗賊団の持っていた技術は無法者の寄せ集め集団ですら国軍を凌駕する程の驚異となりうるシロモノでした。それほどの技術を盗賊団が自発的に開発したとは考えられませんし、提供者が背後に居ると考えるのが自然です」
「なるほど、それは詳細な調査が必要な事案だな」
「首領を捕らえることができればよかったのですが実際に捕らえたのは下位の者が数名程度、首領どころか多くの証拠も消滅したと思われる状況で我々の力不足を恥じ入るばかりです・・・・」
「いやいや、囚われていた者を救助し、助からなかった者の亡骸まで回収し、味方側に犠牲者が居ないのならば十分な戦果だ」
「そのお言葉、痛み入ります」
「さて、ヒカル殿。詳細な検分は無理にしても2~3日あれば捕らえた物への尋問と裏とりぐらいはできると思う。なので数日程度でもこの屋敷に滞在して頂けぬだろうか?」
「・・・・・。まあ、そういう事でしたらお言葉に甘えさせて頂きます」
「うむ、では屋敷の者に準備をさせよう」
ヒカルは滞在中、日本で見聞きした犬にまつわる話をしてサーブルク伯を大いに喜ばせた。
特にこの世界に合わせて多少のアレンジを加えた忠犬ハチ公の物語には滂沱の涙を流し、犬の十戒を話したときは号泣しながら『額に入れて掲げ・・・・いや、石に刻んで永久に語り継がねばならない』と大騒ぎだった。
後に石碑が作られ、この地が『愛犬家の聖地』ととして多くの人が訪れる観光地となるのだがそれはまた別の話。
◇ ◇ ◇ ◇
ヒカルが滞在して三日目、捕らえた盗賊の証言と裏とりの報告がもたらされた。
捕らえた盗賊に吐けばいくらか減刑もありえるという旨を伝えたらあっさりと全てを話したそうだ。
盗賊団の大規模化は化物になったあの頭領が爆ぜ球による威圧で他の盗賊団の吸収を繰り返してあの規模になったらしい。
それは割とどうでも良い情報だったが、その次の証言は尋問官達を戦慄させた。
フォルスト男爵襲撃の数日前、爆ぜ球提供者の依頼で街道から外れて人の出入りが殆ど無い寒村を襲撃したという。
その依頼内容はあまりにもおぞましい物で──
・若い女と妊婦と赤子を拐ってそれ以外は全て殺す事
・妊婦と赤子はそのまま引き渡し、若い女は好きにして良いが妊娠したら引き渡す事
・死体を洞窟に運び込み、念入りにとどめを刺してそこに糞尿をぶちまける事
そのおぞましい依頼を実行させられた事への八つ当たりからフォルスト男爵襲撃に及んだらしい。
騎士団が証言のあった場所に向かうと破壊し尽くされた村があり、異臭漂う洞窟があったという。
「現時点ではこの程度の情報しか得られていないが役に立っただろうか?」
「う~ん、黒幕はとんでもなく気分の悪い連中というぐらいのことしかわかりませんね・・・・
とりあえずその洞窟は念入りに洗い流して村人も弔うべきですね。なんらかの呪詛の儀式の可能性が高いですし、そのままにするのはよくないですね」
「やはりヒカル殿もそう思うか。騎士団と傭兵団に処理を指示しておこう」
本当は別の目的の可能性を考えたが、ヒカルはあえてそれは言わなかった。
日本に居たときに読んだ漫画にあった火薬の材料を作る場面そのままの内容だったからだ。
この世界では火薬の製造知識は軍事バランスを崩すには十分すぎるほど危険なものだ。それゆえにヒカルは曖昧なものであっても一切出さないように気をつけている。
「サーブルク伯、わたし達はそろそろ出発しようと思います」
「もう行ってしまうのかね?」
「ええ、わたしの使命にはどれだけの時間が残されているのか分かりません。
だからこれ以上の滞在を続けて情報を待つよりは、先に進もうと思います」
「そうか・・・・
ヒカル殿は老い先短いこの人生に素晴らしい宝物を幾つも与えてくれた、そのことには感謝してもしきれぬ。ゆえに少しでも返したかったが引き止めるのはよくないな。
この地でナーテとともにそなたらの旅の安全の祈るとしよう」
「サーブルク伯、おせわになりました」
「ヒカル殿、もしすべての使命が終わったらもうもう一度この地を訪れて旅の話を聞かせてはくれぬだろうか?」
「はい、全てが終わりましたらその時は・・・・」
全てが終われば日本に帰る。守れない約束に心を痛めながらヒカルは次の目的地へと出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます