第16話 盗賊団は消滅しました

「と、とりあえず落ち着いて!」

 テレーズは反射的にヒカルを宥めようとしていた。

「今果たすべき任務はこの被害者たちを無事外まで送り届けること。

 どこにどう仕舞ったのかは分からんが、助からなかった者達の遺体もそのままにはできないだろう。

 優先順位を間違えるな」

「・・・・・・、そうだね」

 メディアが冷静に諭し、ヒカルもそれに応じて平静を取り戻す。

 そんな状況に空気を読まずに踏み込む愚か者が居た。

「テメエら何してやが・・・・」


 ごしゃっ!


 言い終わる間も与えらず、ヒカルは間合いを詰めてマジカルステッキを振り下ろした。

「おいっ! 何が・・・・」

「なんだ! 何が・・・・」


 ぐしゃっ! ぼごしゃっ!


 後に続いていた二人にも無言でマジカルステッキを振り下ろす。

「急いだほうが良さそうね」

 血が付くのを防ぐために纏わせた水を振り落としながらヒカルは振り返る。

 皆がドン引きする中、メディアはヒカルの下に歩み寄る。

「人は頭を潰せばすぐ死ぬ、腹は潰してもすぐには死なない」

 ヒカルは一瞬何のことを言われてるのか理解できずに戸惑ったが、少し考えて意図を理解すると黒い笑顔で応えた。

「ありがとう、これからはそうする」


            ◇ ◇ ◇ ◇


「くそっ! どうなってやがる・・・・」

 盗賊団の頭領は追い詰められていた。

 爆ぜ球という強力な武器得て怖いものはないと思っていた。

 爆ぜ球の威力で周辺の盗賊団を取り込み勢力を拡大した。

 爆ぜ球提供者のおぞましい依頼をこなし、憂さ晴らしに子爵だか男爵だか知らんが貴族の下っ端の領主を襲い、娘をさらってやった。

 貴族の領地に居た衛兵たちも爆ぜ球には手も足も出ず、一方的な虐殺だった。

 貴族の娘は最高だった。

 最初は強気に振る舞っていたが助けが来ないと理解すると絶望して泣き喚きながら許しを乞いてきた。

 だが、それを一蹴し白磁の肌を蹂躙した時の感覚を思い出すと追い詰められているこんな状況でも顔が緩みそうになる。

 貴族の娘に手出ししたことで騎士団が動き出した。

 しかも余所から援軍を呼んでまでの大規模討伐隊を結成するという念の入れ様だ。

 それでも爆ぜ球があれば逆に蹂躙できると思っていた。爆発音と部下の報告を聞くまでは・・・・


 騎士団が爆ぜ球に的確に対応してきた。

 投げた爆ぜ球には水をかけて無力化させ、こちらの貯蔵には火を放たれ全てを吹き飛ばされた。

「火薬への対応方法を知ってる奴なんて殆ど居ないはずじゃなかったのか!」

 ならば攫った娘達を盾にして逃げようかと部下を向かわせれば誰も帰ってこない。そして、自ら出向けばもぬけの殻となった尋問部屋と転がる部下の死体。

 全ての手札が封じられ完全に追い詰められていた。


 最後の手段が詰まった瓶を手に取り考える。

 爆ぜ球提供者が爆ぜ球と共に渡してきた最後の手段。

『これを使えば騎士団どころか国を敵に回しても一方的に滅ぼせる程の化物が現れるでしょう。

 あなたの人としての生は終わることになりますけどね』

 瓶の中で蠢くおぞましい赤いブヨブヨを見てると抵抗感ばかりが募っていく。

 使えば人でなくなるし、何よりもの使い方は・・・・

「お頭! 騎士団の連中が迫ってます!」

「お頭! もうダメだ! 逃げ場がありやせん!」

 部下たちの情けない声を聞いて全てが吹っ切れた。

「こうなったら化物でもなんでもなってやらぁ!」

 便のフタを開けると、迷うこと無く赤いブヨブヨを飲み下した。


            ◇ ◇ ◇ ◇


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ひぃぃ! 助けてくれ!」

 地下室の階段前に近づくと盗賊たちの悲鳴が聞こえてきた。

「降伏でも何でもする! だから助けてくれ!」

 地下室から飛び出してきた盗賊は騎士達を見るなり懇願してきた。

「おい、地下で何があった?」

「お、お頭が溶けて化物に・・・・って、早くここから離れせてくれ! そのうち・・・・」

 必死に訴える盗賊の足元に血溜まりが現れ・・・・

「い、嫌だ! 喰われるのは嫌だぁぁぁぁぁ!」

 血溜まりは地表に薄く広がってるだけのはずなのに盗賊は底なし沼に飲まれていくかのように沈んでいく。

「死にたくねえぇぇぇぇ!」

 若い騎士がはっとして、慌てて盗賊の手を掴むがその手応えは異常に軽かった。

「ひぃぃぃぃ!」

 そして自分が掴んだものを見て驚き、腰を抜かす。

 手首だけで後は何も残っていなかった。盗賊は言葉通り血溜まりに喰われていたのだ。

「おい、死にたくなかったらすぐに下がれ!」

 若い騎士は慌てて立ち上がり、よろけながらも逃げさった。

「全く・・・・誰が敵前逃亡しろと言った。だがまあ、実際問題、逃げるしか手はなさそうだな」

 指揮を取っていた中年騎士は血溜まりに警戒しながら振り返り、声を張り上げた。

「総員退避! 一刻も早くここを離れろ! 血溜まりを見つけても近づくな!」


            ◇ ◇ ◇ ◇


「任務は半分成功で半分失敗だな」

 攫われた娘達の救出と盗賊団の壊滅という目標は達成できた。だが、そのバックにいたであろう存在への手掛かりは全くつかめなかった。

 僅かばかりの下っ端が投降しただけで大半は討ち取ってしまった。

 とくに傭兵団にいた少女が鬼神の如き戦いぶりで降伏の間も与えずに次々と仕留めていく様には敵でなくてよかったと心底思った。

 それでも頭領を押さえるか手紙や証文などの資料の押収ができればいいと高を括っていたが、その頭領は溶けて人食い血溜まりになってしまったらしい。

 資料を押さえるにも人食い血溜まりがいる砦内の捜索は無理だし、布や革も食っていた事を考えると資料も喰われて失われてる可能性が高い。

「しかし、あんなのどうすりゃいんだ? 燃やすか?」

 人食い血溜まりが砦の外に出ようものならそれこそ盗賊団以上の大惨事だ。

 しかし剣が効くとは思えないし、直接対峙はあまりにもリスクが大きすぎる。そうなると火を放つぐらいしかないが、石造りの砦に火を行き渡らせるのは難儀しそうだ。

 そんな事を考えていると突如砦が崩壊し始め、目の前に信じがたい光景が現れた。


 瓦礫の中から絶望が現れた。赤黒い巨大な人型の人食い血溜まりという絶望が・・・・


「お、終わりだ・・・この地が、国が、いや・・・・世界が・・・・」

 逃げ遅れた者や死体を食ってあれほど巨大になった。そう考えれば絶望しか無かった。

 討ち取ろうと兵を差し向けてもおそらく何も出来ずに一方的に喰われるだけだろう。そして巨大さを増して更に犠牲者を増やし、さらに強大さを増して尚更手に負えなくなっていくだけのまさに絶望そのモノでしかない化物。

 人食いの様相を見ていなくて、その恐ろしさを知らない者たちもその巨大さに圧倒されその場に居た全ての者が立ち竦んでいた。

 ただ一人を除いては・・・・

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